新古賀病院 川﨑 友裕院長(新古賀病院ご提供)
近年、急速な高齢化による病床のひっ迫や、医療制度に対する理解不足が、地域医療に影響を及ぼす例が増えている。
こうした状況のなかで、医療の質をどう維持し、地域完結型医療をどのように実現していくのか、福岡県久留米市で急性期医療を支える新古賀病院の院長である川﨑 友裕(かわさき ともひろ)先生に話を伺った。
当院がある久留米医療圏は福岡県南部に位置し、久留米市を中心に、小郡市、うきは市、大川市、大木町、大刀洗町を含む広域な地域です。このエリアの総人口はおよそ45万人程度ですが、少子高齢化の影響により、年々高齢者の割合が増加しています。久留米市単体でも、65歳以上の人口比率は2024年10月時点で28%を超えており、今後も上昇する見込みです。
高齢者の増加により、当医療圏では「病床のひっ迫」と「患者さんへの医療制度の周知不足」という2つの課題が生じていると考えています。
1つ目の課題は、高齢化による病床のひっ迫です。
当院では80歳代・90歳代の救急搬送が多く、100歳に近い方の受け入れも珍しくありません。ご高齢の患者さんは、肺炎や脳梗塞などの急性の病気をきっかけに入院されるケースが多いのですが、入院中に別の病気を発症されたり、足腰が弱くなったりして、すぐに退院できる状態ではなくなることもあります。これによって入院期間が長期化してしまうと、そのぶん一般病床が埋まってしまいベッドの回転が滞り、本来受け入れるべき救急患者さんを受け入れられないという状況が生じてしまいます。
さらに問題なのは、急性期治療が終わった後に移るべき後方支援の回復期・療養型病院もベッドが埋まっていることです。当院のグループ病院である「新古賀リハビリテーション病院 みらい」や「古賀病院21」ですら受け入れが難しく、患者さんに転院していただけない状況になることもあります。これは当院だけでなく、地域全体の大きな課題といえるでしょう。
こうした病床ひっ迫への対応として、当院では地域での「効率化」と「連携」をキーワードに、さまざまな取り組みを進めています。
たとえば、久留米市および近隣の医師会を中心に患者さんの医療情報を共有するために開発された情報共有ツール、「アザレアネット」に参加し、当院での急性期の治療の情報が、回復期、慢性期を担当する医療機関からも閲覧できるようにしています。この取り組みを行い他の医療機関との連携を高めることで、当院で治療を終えた患者さんの受け入れ先が増えることを期待しています。
また、後方支援病院や在宅医療へのスムーズな移行を実現するために「ケアブック」というICTツールを導入しています。このシステムにより、転院先の空き状況の一括照会や医療情報の共有が簡単にできるようになり、転院調整のスピードが大幅に改善されました。
さらに専任スタッフによる「地域連携室」が中心となり、患者さんの状態に応じた後方支援病院との調整を日々行っています。この体制により、救急病床の回転率を上げることができ、必要な患者さんがタイムリーに入院加療を受けられるようになっています。
2つ目の「医療制度の患者さんへの周知不足」も、すぐに解決に向けて取り組むべき課題です。
たとえば、近年、「軽症者による救急車利用の増加」が問題となっています。コロナ禍以降、救急車を呼ぶほどではないが念のため救急車を呼んだ、というケースが増えているのです。実際、当院に救急搬送される患者さんのうち、入院が必要だった方は56%にすぎず、4割以上の方がそのまま帰宅されています。こうした「念のための救急利用」が積み重なると、本当に必要な方への対応が遅れてしまう可能性があるでしょう。救急車を呼ぶべきか迷ったら、「♯7119」に電話する、という方法があることをもっと知っていただきたいと思います。
また、転院調整についても患者さんやご家族にもっと制度をご理解いただきたいと思っています。実は、急性期治療が終わり、すでに転院先が見つかっている状態であっても、「できれば自宅から近い病院がいい」「リハビリテーションの設備が新しい施設がいい」といった患者さんやご家族の希望があり、なかなか転院が進まないことがあります。
このような理由で“長期入院”の方が多くなると一般病床の回転が滞るためHCU、ICUといった急性期病床の空きが作れないことがあり、結果として新たに急性期の治療が必要な患者さんを受け入れられない場合があります。現在の医療制度では、医療機関はそれぞれ役割分担があり、当院は急性期病院として患者さんの急性期の治療を担当しています。急性期の治療を終えられた患者さんは、次の治療を担当する回復期や療養型の医療機関へ速やかに移っていただくことが、医療の効率化につながることをご理解いただければと思います。
同じような例として、急性期の治療を担当する病院の外来が混雑してしまう、という問題があります。急性期の治療が終わり病状が安定している方は、普段はかかりつけの先生に診ていただくのが現在の制度です。しかし、「大きな病院のほうが安心」と当院のような急性期の病院で外来を継続される方が多く、そのため初診の方や検査が必要な方の予約が取りづらくなっているのです。患者さんの状態を分かっているのは普段から診ていただいているかかりつけの先生です。ぜひ、病状が安定しているような方の通常の診察は、急性期の病院から逆紹介されたかかりつけの先生のところで診ていただくようお願いします。
なお、一般病床が200床以上ある「地域医療支援病院」「紹介受診重点医療機関」や特定機能病院にかかる場合、初診で紹介状なしの方は「選定療養費」という費用が発生するのですが、当院でもそれを知らずに来院され、「こんなに費用がかかるとは思わなかった」と驚かれる方が少なくありません。選定療養費は「初診はなるべくかかりつけ医が行う」という制度から設定された費用であり、かかりつけの先生に診ていただいたうえで紹介状を持って受診される場合は発生しません。この制度についても、多くの方に知っていただくことで医療の効率化につながるはずです。
ますます進行するであろう高齢化を前に、医療のあり方は今、病院1つで完結する「病院完結型医療」から、地域全体で支え合う「地域完結型医療」へと大きくシフトしています。この仕組みが広まれば、効率的に医療が受けられるようになり、たとえ患者さんが急増しても医療のリソースが不足しない体制ができるはずです。
当院としても急性期を担う役割を全うしつつ、患者さんの状態に合わせて適切な医療機関や在宅医療につなぐ「ハブ」としての機能を強化していき、誰もが安心して医療を受けられる体制構築の一端を担っていきたいと考えています。
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