国保直営総合病院君津中央病院 病院長 柳澤真司先生
少子高齢化が進む日本では現在、さまざまな業種で「働き手が足りない」という問題が発生しているが、医療業界もその例外ではない。そして医療過疎が進んでいる地域においては、この問題がより深刻なものとなっており、地域住民を守るための救急医療などにも影響が出ている。
医師数が足りない県の1つとして知られる千葉県の中でも医療過疎が特に深刻な地域として挙げられることが多い君津医療圏が抱える問題について、国保直営総合病院君津中央病院で病院長を務める柳澤真司(やなぎさわしんじ)先生よりお話を伺った。
当院は木更津市・君津市・富津市・袖ケ浦市の4市で構成される君津医療圏において、三次救急機能(命に関わる重症な救急患者への医療)を有し、高度かつ専門的な医療を提供できる唯一の基幹的な病院(2025年2月現在)です。
千葉県は「人口10万人に対する医師数」が全国ワースト3位*という医療過疎県であり、その千葉県の中でも当院が所在する君津医療圏は、山武長生夷隅医療圏と並んで“医師少数区域”とされてしまっている地域**です。
全国的に少子高齢化問題が深刻化していますが、君津医療圏も例外ではなく、2020年時点で約32万人の人口は今後減少を続けていき、すでに30%を超えている高齢化率はますます高まると予想されています。
* 令和4(2022)年 医師・歯科医師・薬剤師統計の概況より(厚生労働省)
** 令和6年4月1日時点 医師少数区域等(医師少数区域、医師少数スポット)一覧(厚生労働省)
そして、この君津医療圏のように医療過疎かつ今後も高齢化の進行が進む地域においては、「人材不足」および「救急医療体制の崩壊危機」が深刻な問題となってきます。
君津医療圏の夜間・休日の救急対応は、軽症の方であればかかりつけの先生方もしくは一次救急医療機関が当番制で担当している夜間急病診療所での診療を受けていただき、入院や手術が必要となりそうな救急患者さんは二次救急医療機関が輪番制で対応、そして二次救急医療機関では対応できない重症・重篤な救急患者さんを当院が受け入れるという体制をとっています。
しかし、医療過疎と高齢化が進むこの地域では、この体制がすでに乱れつつあります。二次救急医療機関の医師が高齢になってきたというだけでなく、働き方改革によって、これまでのように当直アルバイトで不足人員をまかなうことも難しくなりました。そのため輪番制を担当できる医療機関の数自体が減少し、今では三次救急医療機関である当院もこの輪番制の一部をフォローせざるを得ない形となっており、負荷が増大しています。
そして先ほどもお話ししたように、君津医療圏はただでさえ医師数が大きく不足している医師少数区域であり、当院だけでなく地域の多くの医療機関は「各診療科に十分な医師数を配置できない」という事態に見舞われています。
大学に医師の派遣をお願いし、求人も積極的に行っていますが、それでも厳しい状況です。少子高齢化で現役世代がどんどん減っていくなか、今後の医師確保はより難しくなっていくことでしょう。
そして君津医療圏では、高度急性期治療や急性期治療を終えた患者さんが行くべき回復期病床も不足しています。当院でも「手術・処置を終えた患者さんの転院先がない」という事態に見舞われることが多々あり、本来なら回復期病院に転院すべき状態の患者さんがそのまま当院で入院し続けることで、病床が逼迫(ひっぱく)する形になってしまうこともあるのです。
この状態がさらに悪化し「行き場のない回復期患者さんがあふれて、重症・重篤な患者さんを受け入れられなくなる」といった状態になれば、地域の救急医療は本当に崩壊してしまいます。
このように、君津医療圏では人材不足と救急医療危機の問題が年々深刻化してきています。少しでも問題の深刻化を食い止め、改善につなげるために何らかの手を打たねばなりません。
深刻な医師不足問題を解決するためには医師をもっと雇用する、というのが理想的ではありますし、当院も人材確保のためのさまざまな努力を重ね、何とか少しずつ医師を増員してはいます。しかし、医療の複雑化や多様化の影響もあり、それだけでは対応が追い付かないのも事実です。
この状況を少しでも改善するためには、医師が抱えるタスクの一部をメディカルスタッフにシフトして、医師が診療以外の業務に時間を取られずにすむ、という状態にすることが望ましいでしょう。たとえば医師事務作業補助者に紹介状や診断書・処方箋(しょほうせん)の作成や電子カルテ入力などの部分をサポートしてもらう、というのがそれにあたります。
各医療機関においてこうした取り組みが進み、医師が診療に専念できる環境を整えられれば、当直アルバイトに頼らずとも、救急対応に医師を回せる余裕も出てくるかもしれません。もちろん人材不足というのはあらゆる業界で起こりつつありますから、メディカルスタッフの確保・増員も簡単なことではありませんが、当院は、まずはこの点でいっそうの努力をしていきたいと考えています。
「回復期病床が足りず、高度急性期や急性期の処置を終えた患者さんを転院させようにも転院先がない」という問題に対しては、当院は今のところ患者総合支援センターを通じて君津医療圏以外のエリアの病院もあたって転院先を探す、という対応をとっています。
しかし、この地域医療の未来を考えるのであれば、君津医療圏内だけで地域の全ての患者さんに対し全ての医療が完結できるようになることが理想です。
そのための策として当院は、地域の医療機関との連携強化を推進し「回復期病院の空き状況などの把握に努める」「かかりつけの先生にバトンタッチできる状態ならすぐ逆紹介する」といった対応をしています。
また、富津市には当院の分院である大佐和分院があり、現在、この分院の施設老朽化に伴う建替えの計画を進めております。分院建替えの際には、回復期への転院待ち患者であふれている本院の病床を分院へ移行する計画です。本院は高度急性期・急性期機能、分院は二次救急・回復期機能を担う役割を明確化します。この将来構想は、地域の回復期病床の不足を補うだけでなく、地域の救急医療体制、特に増加が見込まれる高齢者救急への対応を可能とするものです。また、本院と分院がそれぞれの医療機能に合った患者の受入れをすることで経営の安定化を図り、公立病院の使命として地域住民の医療を守るための持続可能な体制の構築を目指しています。
君津医療圏にお住まいの地域の皆さんには、医師不足などでご心配やご迷惑をおかけしている部分があるかと思いますが、我々医療従事者も、この状態を少しでも改善したいと考えて日々努力や工夫を続けておりますので、どうかご理解ください。
地域の皆さんに特にご理解をいただきたいのが「かかりつけの先生への逆紹介」です。当院はかかりつけの先生方から紹介された患者さんについて、当院ですべき検査や治療が終わればかかりつけの先生に再びお任せする逆紹介を積極的に行っておりますが、中には「逆紹介せずずっとここで治療を続けてほしい」と訴える患者さんもいらっしゃいます。
しかし、患者さんの日頃の健康状態や慢性疾患の状態などをもっともよく理解してくださっているのはかかりつけの先生です。当院はあくまで、高度かつ専門的な検査や治療が必要な部分を担当する病院であることをご理解いただければと思います。
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