少子高齢化の進行に伴い、地域ごとの人口構成の格差が広がる中で、全国の医療機関は持続可能な地域医療の在り方を模索している。特に、国民の2人に1人が診断されるともいわれるがんに関して、治療施設の地域偏在は喫緊の課題だ。
この問題に病院はどう取り組むべきか。神奈川県立がんセンター(神奈川県横浜市旭区)の病院長、酒井リカ(さかいりか)先生にお話を伺った。
神奈川県のがん医療の課題を3点あげさせていただきます。1点目は医療資源の不足や地域間格差、2点目は患者さんの立場に立った医療体制の整備、3点目は高齢者や15~39歳までのAYA世代と呼ばれるがん患者さんへの対応強化です。
まず、医療資源の不足についてですが、神奈川県は全国で2番目に多い922万人の人口を抱えていますが、2022年時点で人口10万人あたりの医師数は223人と全国40位で平均を大きく下回っています。病床数や看護師数といった他の医療資源も不足しています。さらに、がん医療を担う施設は横浜市や川崎市といった都心部に集中しており、地域によっては、必要ながん医療を受けにくい状況におかれています。特に、都市部以外にお住まいの患者さんにとって、がん専門病院へのアクセスが課題です。
こうした問題を解決するには、医療機関同士の連携が不可欠です。神奈川県内では、国指定のがん診療連携拠点病院と県指定の神奈川県がん診療連携指定病院、計32の施設が地域のがん診療の中心として連携・役割分担を進め、地域全体で患者さんを支える体制強化に取り組んでいます。
そのなかで当センターは、拠点病院の中心的役割を担う都道府県がん診療連携拠点病院として、がん診療の質の向上、均てん化、協力体制の構築を図っています。国内に7施設しかない重粒子線治療施設も備えており、稀少がんや難治がんを含む幅広い治療を提供し、神奈川県のがん医療に貢献しています。
当センター最先端のがん診療を学んでいただくために、多くの医療機関から医師、看護師、学生の研修を受け入れています。また、長期的視点で将来の医療の担い手を増やす取り組みとして、地域の中高生を対象に、模擬的な手術や検査を体験できる「ブラック・ジャックセミナー」や「かながわサイエンスサマー」などの医療体験イベントを開催しています。
2つ目の課題は、患者さんやご家族が必要な医療情報を確実に得られる体制の整備です。特に稀少がんや難治がんでは治療可能な施設が限られるため、適切な医療機関を選べる情報提供が重要です。がん診療連携拠点病院には、「がん相談支援センター」が配置されていますので、是非、ご活用ください。他の病院に通院している患者さんやご家族からの相談も受け付けています。
また、多くのがん治療施設で外来診療の混雑や長い待ち時間が共通の課題となっています。当センターでも抗がん剤治療を受ける患者さんの増加に伴い、長時間お待ちいただく状況が発生しています。これに対して、曜日や時間帯による混雑状況の情報を共有し、待ち時間の平準化を図る取り組みを行っています。
当センターは、地域のかかりつけの先生と当センターのがん治療専門医が連携する「2人主治医制」を導入しています。これは、日常的な健康管理や定期的なお薬の処方等はかかりつけ医が担当し、専門的ながん治療はがん専門医が行う制度です。これにより、患者さんの通院負担を軽減しつつ、それぞれの医療機関が役割を分担して必要な医療を適切に提供しています。
3つ目に挙げた高齢者やAYA世代の患者さんへの対応強化も、注力していくべき課題です。高齢患者さんでは、がん以外の持病や、内臓機能の低下、認知機能の衰え、さらには社会的サポートの不足など、複雑な問題を抱えるケースが多くみられます。
当センターでは高齢者総合機能評価(高齢者の身体的・心理的・社会的な状態を総合的に評価する検査)を実施し、個々の状況に応じた早期のサポートを行っています。一方、AYA世代のがん患者さんからは、就学や就労、結婚や子供を持つことなど、ライフイベントに関連する様々な悩みが聞かれます。医師、看護師、医療ソーシャルワーカーなど多職種からなるAYA支援チームを結成し、治療だけではなく、患者さんの生活全般に寄り添った支援に努めています。
これからのがん医療には、持続可能な体制構築のために、地域全体の力を結集することが求められています。
当センターでは、高度ながん医療を提供するだけでなく、患者さんの生活環境や精神面、経済的な課題等にも目を向けた総合的な支援の提供を目指しています。今後も、地域の医療機関の先生方との連携を強化し、患者さんの目線に立ったがん医療を提供していきたいと考えています。
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