連載地域医療の現在と未来

医療圏の限界を越えて地域を支える急性期病院。地域医療の課題解決に求められるものとは?

公開日

2025年06月19日

更新日

2025年06月19日

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2025年06月19日

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湘南鎌倉総合病院 院長 小林修三先生

日本では、地域の医療体制を整備するために各都道府県で医療圏が設定されており、それに基づいて医療を受けるエリアが「一次医療圏」「二次医療圏」「三次医療圏」と分けられている。

一次医療圏は日常的な医療を受けるエリアで、原則として市町村単位だ。三次医療圏は先進的な医療を受けるエリアで、北海道を除く都府県単位で設定されている。

一方、複数の市区町村で構成される二次医療圏は、救急医療を含む入院治療が地域の中で完結するように考えられている。しかし実際は医療圏外の患者さんの受け入れを行う医療機関もあり、そのことが医療現場の逼迫(ひっぱく)を招く場合があるという。

この傾向は他の医療圏との境界にあたる地域ほど顕著だが、各医療機関はどのように対応しているのだろうか? 急性期病院が直面する二次医療圏の課題について、横須賀・三浦二次医療圏に属する湘南鎌倉総合病院(神奈川県鎌倉市)の院長・小林 修三(こばやし しゅうぞう)先生に話を聞いた。

病床数不足の問題―設定された二次医療圏と現実の違い

日々当院が医療を提供するなかで、大きな地域の課題として考えているのは、「医療圏と現実の乖離」の問題です。

まず、医療圏についてお話しします。

当院が属する二次医療圏である横須賀・三浦医療圏は、横須賀市、鎌倉市、逗子市、三浦市、葉山町の4市1町からなり、ほぼ三浦半島全域が1つの医療圏になっています。鎌倉市にある当院は、この医療圏の西の端にあります。医療圏の構想から言えば、三浦半島の先端に暮らす方々を含めた人口約70万人に対して救急医療や高度医療を提供する役割があり、たとえば当院の669床という病床数はこの医療圏の人口から医療圏内で調整され、決められています。

しかし、実際にこの医療圏の範囲はあくまで行政的なものであり、医療圏の境界にあたる地域にある病院では、当然医療圏外の患者さんも多数受け入れている現実があります。

当院でいえば、所在地は鎌倉市ではあるものの、敷地の一部がお隣の藤沢市にまたがり、数kmほど北東へ行けば人口約370万人が暮らす横浜市であることから、患者さんは藤沢市にお住まいの方が4割近くにのぼり、横浜市栄区などからお越しになる方も少なくありません。また、当院は一次、二次のみでなく三次救急も担っており、24時間・365日体制で救急患者さんを受け入れる救命救急センター(湘南ER)を有していることから、三次医療圏を越えて東京都や千葉県からも患者さんを受け入れることがあります。

20~30分に1台の割合で救急車が入るため、当院では恒常的に病床数が足りない状況になっており、新たに救急患者さんを受け入れることや救急以外の分野の医療提供が難しくなるなど、さまざまな問題が生じています。

当院は、公立病院のない鎌倉市における市民病院としての役割も担っています。また、地域がん診療連携拠点病院としてさまざまながんのエキスパートをそろえ、手術支援ロボットを活用した手術や陽子線による治療を行う放射線治療など、がんに対する専門的な集学的医療を行っています。これらの医療のための病床も確保する必要があり、現在の病床不足はとても深刻です。

当院が直面している二次医療圏の設定と現実の乖離は、日本全国で起きていることだと考えられます。病床の必要数については地域の医療を守り、適切な医療提供につなげるためには、現実に即した医療圏の設定を行うことが必要ではないでしょうか。

なお、当院では病床数不足に対して現在、急性期を脱した患者さんに回復期や慢性期の医療を担う多くの他の病院へスムーズに移っていただくことにより、病床の確保に努めています。今後も引き続き地域の医療機関との連携を強化し、患者さんによりよい医療を提供していけるよう努めます。当院は、平均在院日数は9.5日でベッドは回っていますが、それでも病床は不足しています。

患者さんのための医療を行い、「選ばれる医療機関」を目指す

また、地域医療の課題としては「病院の赤字経営」も挙げられるでしょう。現在の医療制度では公的病院であれ民間病院であれ、赤字経営では存続できません。しかし、2023年度は一般病院の半数が赤字だったとのニュースがありました。地域医療を守り、持続可能な体制をつくるためには、この問題は早急に解決する必要があるでしょう。もう1つは、収益が上がっても高度な医療をやればやるほど利益率は低くなるのが現状です。これは、薬剤費や材料費にかなりの部分を持っていかれます。なんとかならないものかと苦しんでいます。

これを解決するためには、「選ばれる医療機関」になることが重要だと考えます。そのために必要なのは、「for the patientの医療提供」、つまり常に患者さんの目線で考え、患者さんにとって便利で快適な医療を提供することによって、患者さんの満足度を向上させることではないでしょうか。

当院ではこの視点を重要視し、その一例として「救急の患者さんを絶対に断らないこと」を実践しています。これは、当院が属する徳洲会グループ全体で行っていることでもあります。救急の受け入れを断られた患者さんやご家族は、大きな不安を感じられます。救急を断らないことは言うほど簡単ではありませんが、当院は信念を持って続けています。そこで、ER診療は1日3交代でやっています。オン・オフはっきりするので、先生たちにも人気です。

地域全体で患者さんの医療情報を共有し、医療への満足度を向上させる

赤字脱却に向けては、地域の全ての医療機関が患者さんの医療情報を共有できるようにすることも重要です。これによって、患者さんは初めての医療機関にかかる場合でも以前と同じ質問をされたり、同じ検査を受けたりする必要がなくなり、スムーズで快適な医療を受けられるようになります。引いては地域医療に対する患者さんの満足度向上、適切な受診機会の増加にもつながるでしょう。

この構想を横須賀・三浦地域で具体化したものが、地域医療連携システム「さくらネット」です。EHR(電子健康記録)を基盤にした「さくらネット」には現在、地域のクリニック、歯科医院、介護施設、薬局などが参加し、診療履歴や服薬情報などが参加施設に共有されています。そもそも、カルテは患者さんのものです。

これにより、患者さんは一貫した診療を受けられるだけでなく、一刻を争う救急の現場においても重要な役割を果たすことが期待されています。

さらにもう1点、私は「人」を重視した医療も重要だと考えています。

近年、さまざまな医療DXで医療の効率化を図り、手術支援ロボットなどを導入することで医療の質や安全性の向上を目指す取り組みが行われています。しかしシステムを使うのも、ロボットを使うのも、結局全ては「人」なのです。医師、看護師、検査技師、受付スタッフなど医療に関わる職員の資質が、患者さんの満足度を左右すると言っても過言ではありません。患者さんに「ここに来てよかった」と言っていただけるような医療機関になるためにも、職員のホスピタリティ教育を重視しています。

よりよく生きる(Well Being)のために 〜未病改善に積極的~

地域医療の課題としてもう1つ挙げるとすれば、「未病の段階からの医療介入の実現」だと考えています。少子高齢化の時代において、高齢者の増加はもちろん、医療の担い手が不足していくことも深刻な問題となるのは明白です。この問題は当地域に限ったことではありませんが、医療の需要と供給のバランスを崩さないためには、一人ひとりが健康寿命を延ばし、健康な状態で長く暮らせることが重要ではないかと考えます。

健康な状態から離れつつある状態のことを「未病」といいます。患者さんの目線で考えたとき、我々医療提供者は「未病」の段階から患者さんとお付き合いをし、病気にならないようフォローすることが望ましいでしょう。

当院は急性期の病院ではありますが、2021年に予防医学センターを開設し、人間ドック・健康診断を通じて病気の早期発見に努めています。その結果未病と判断された方には、栄養士や理学療法士による生活習慣改善指導、認知症予防プログラムなどを提供しています。まず病気を予防し、病気があってもWell-Beingになるような取り組みを当院のような急性期の病院が行うことで、その重要性を周知できたら幸いです。

なお、当院はこの取り組みを地域だけにとどまらず、アジア各国の発展途上国の方を対象にして行っていきたいと考えています。現在当院は神奈川県、米国オハイオ州立大学(ウェクスナー医療センター)、日本空港ビルデング株式会社との間で覚書を締結し、2027年中をめどに羽田空港旅客ターミナルビル内に予防医療も含めて米国人医師と日本人医師が共に働く外国人専用の医療施設を開設する予定です。
優秀な日本の医療により、よりよく生きる(Well-Being)ための医療を海外の方々に行うことも、価値あることといえるのではないでしょうか

取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。

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