恵佑会第2病院 小平 純一先生
がんは早期に見つけることで、治療時の体への負担を少なくでき、治療の選択肢も広がる。しかし「症状がないから大丈夫」「時間がない」と検診を後回しにしてしまう人も少なくない。とくに働き盛りの40歳代、50歳代は、自分の体と向き合う時間を持ちにくい。だが、胃がんや大腸がんは初期には自覚症状がほとんどなく、気付いたときには進行していることもある。
命を守るために、今一度検診の意義を見直したい。恵佑会第2病院(札幌市白石区)の内科主任部長である小平 純一(こだいら じゅんいち)先生に、がんと大腸がんの概要と、ためらわずに検診を受けるためのポイントを伺った。
胃がんの主な原因は乳幼児期に経口感染するピロリ菌で、免疫が未発達な時期に感染すると菌が胃に定着し、慢性的な炎症を引き起こします。これが長年にわたり続くことで、50歳代、60歳代になって胃がんを発症する可能性が高まります。
重要なのは、このピロリ菌が引き起こす「萎縮性胃炎」という慢性胃炎が、それ自体は自覚症状がほとんどないという点です。そのため、ご自身が気付かないうちにがんが進行するリスクがあるのです。
そしてもう1点重要なことは、「ピロリ菌がいなければ胃がんにならない」というわけではないことです。本邦では、2013年にピロリ菌陽性の萎縮性胃炎に対する除菌治療が保険適応になりました。しかし、除菌を行いピロリ菌が陰性化しても胃がんを発症する方が一定数存在します。また、まれではありますが、ピロリ菌未感染の方でも胃がんが発生することがあります。
ピロリ菌がいないという理由だけで胃がんにならないと安心するのは早計です。
大腸がんの場合、胃がんのように特定の目立った原因があるわけではなく、年齢、遺伝、肥満、食事内容、飲酒や喫煙といった複数の生活習慣が複合的に関与して発症すると考えられています。
大腸がんが増え始めるのは40歳頃からです。こちらも胃がんと同様に初期症状はほとんどなく、進行すると便に血が混じる、便が細くなるなどの症状が現れますが、症状が出たときには病気がある程度大きくなっていると考えるのが一般的です。
特に、がんができた場所によっては発見が遅れがちになることがあり、注意が必要です。大腸の始まりの部分である上行結腸は、まだ便がペースト状であるため、がんがあっても便と擦れて出血しにくく、かなり大きくならないと症状として現れにくい特徴があります。
逆に肛門(こうもん)に近くなるほど便が固形化するため、出血しやすくなります。
これを痔の出血と間違える方もいますが、肛門からの出血は鮮やかな血、大腸の奥からの出血は少しどす黒い血、といった色の違いがあります。しかし、いずれにせよご自身での判断は困難ですから、お尻から出血があった場合は一度、病院を受診されることをおすすめします。
胃がんも大腸がんも、症状が出たときにはかなりステージ(がんの進行度合のこと。0期からIV期まで5段階ある)が進行していると考えてください。だからこそ、症状がないうちに検診で発見することが何よりも重要です。
がんをステージ0からI期というごく早期に発見できれば、内視鏡(口や肛門から挿入して検査や病変部の切除が可能な医療機器)を使ってお腹を切らずに病変だけを摘出する治療が可能です。入院も数日から1週間程度で済み、身体的負担も少なく治療を終えられます。
しかし、発見が遅れてステージが進むと、外科手術や抗がん薬治療が必要になります。全身にがんが広がってしまったステージIVでは治療法は限られ、胃がんの場合の5年生存率(診断から5年後に生存している割合)は1割に届きません。
これだけ早期発見が重要であるにもかかわらず、日本の検診受診率は、残念ながら高いとはいえません。特に我々が医療を提供している北海道は、全国的に見ても低い水準です。これは私個人の見解ですが、北海道の方の「まあいいっしょ」(北海道弁で「まあ、いいか」の意)というおおらかな気質が、健康管理の面で油断につながっていると懸念しています。
特に検診を受けていただきたいのは、40歳代、50歳代の働く世代の方々です。社会や家庭で重要な役割を担う年代だからこそ、ご自身の健康を守るため、ぜひ検診を検討してください。
胃がんや大腸がん検診は、思い立ったら手軽に受けることが可能です。
自治体などが行う胃がん検診は50歳からが対象で、これまではバリウム検査が主体でした。かつてはバリウムの撮影や読影に長けた専門家が多くいましたが、近年は減少傾向にあります。バリウム検査には手軽さという利点はあるものの、専門家としては、今受けるならばより小さな病変を正確に発見できる胃カメラ(内視鏡)の検査をおすすめします。
胃カメラには「苦しい」というイメージがあるかもしれませんが、それは過去のものになりつつあります。この20年で、検査の苦痛を減らす方法が大きく進歩しました。
口から胃カメラを入れる場合は、点滴による鎮静薬を使うことで、吐き気を意識することなくリラックスした状態で検査を受けることができます。もちろん、検査中は呼吸などをモニターで監視し、安全性を確保したうえで行います。
近年増えているのは、鼻から胃カメラを入れる方法です。直径5~6mmほどの細いカメラを鼻から入れることで、口からの検査に比べて吐き気が少なく、また鎮静薬を使わないため検査の状況をリアルタイムで高精細な画像によって患者さんご自身が確認できます。
個人差はあるものの、現在では検査をためらうほどの苦痛を感じることは少ないでしょう。ぜひ積極的に胃がん検診を受けていただきたいと思っています。
大腸がん検診は40歳からが対象です。最初のステップは、ご自宅で便を採取して提出する「便潜血検査」(検便)になります。この検査は、大腸がんがある方のうちの約8割を検出できる感度があり、非常に有効な検査といえます。できれば毎年、この検便による検査だけでも受けていただくことを強くおすすめします。
この検査で陽性と判定されたら、精密検査として大腸カメラ(内視鏡)を受けることになります。肛門から内視鏡を入れるため、検査の前にお腹をきれいにする下剤を飲んでいただきますが、検査自体は早ければ10分から20分程度で終わります。
痛みについては個人差が大きく、腸の長さや過去の手術歴などによって痛みを感じやすい方もいますが、そうした方でも鎮静薬を使えば楽に受けられるかと思います。人によっては吐き気がない分、胃カメラより大腸カメラのほうが楽だった、という方もいます。なお、便潜血検査で陽性となっても、実際に大腸がんが見つかる確率は数%です。
バリウムの検査や便潜血検査を受けて陽性(要精密検査)となったとき、「大きな病院で受けるべきか、クリニックで受けるべきか」と迷う方もいるでしょう。
診断から治療まで一貫して対応できる大きな病院には安心感があります。ただし、大きな病院は予約が取りにくかったり、平日にしか受診できなかったり、という面もあります。
そこで選択肢となるのが内視鏡の専門クリニックです。近年は大都市を中心に、かつて大きな病院で診断や治療の腕を磨いた医師が開業しているクリニックが増えています。病院で予約が取れないからと先延ばしにするよりは、アクセスしやすいクリニックで早く検査を受け、もし何か見つかれば専門の病院を紹介してもらう、という流れが賢明な選択といえるでしょう。
最後に、皆さんに知っていただきたい事実があります。それは、日本の内視鏡を使った診断と治療の技術は、世界一と言っても過言ではありません。
たとえば、特殊な光で微細な血管や構造などを際立たせる「NBI」という画像処理技術は、日本で開発され、今や世界中で使われています。また、早期のがんを内視鏡の先から出す器具で綺麗に切除する「ESD」という治療法も、日本で生まれ、世界に普及しました。
日本は、それほどまでに優れた内視鏡の診断・治療技術を持っています。そして皆さんは、検診を受けさえすれば誰でも格安でそれを享受できます。これを「怖いから」「面倒だから」という理由で逃してしまうのは、非常にもったいないことです。
検診を受けることは、あなた自身と、あなたの大切な家族の未来を守るための、非常に効果的な投資です。ぜひこの素晴らしい日本の医療技術を信頼いただき、まずは一歩踏み出していただくことを強く願っています。
取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。