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近年、医療技術の進歩は目覚ましく、特に消化管(口から肛門(こうもん)まで続く、消化に関するはたらきを持つ器官)の病気の治療では「内視鏡」がその中心的な役割を担っている。
自覚症状がなくてもがんを早期に発見し、体への負担を最小限に抑えながら治療できる内視鏡は、私たちの健康を守るうえで欠かせない存在だ。
慶應義塾大学病院 内視鏡センター長の加藤 元彦(かとう もとひこ)先生に、内視鏡による検査と治療の最前線について伺った。

慶應義塾大学病院 内視鏡センター長 加藤 元彦先生
「検診で異常が見つかったらどうしよう」「内視鏡検査は苦しいって聞くけど……」。そうした不安から、内視鏡の検査をためらってしまう方もいらっしゃることでしょう。しかし、消化管の病気の早期発見には、内視鏡による検査が欠かせません。特に、消化管のがんを早期に見つけることに関して、内視鏡はさまざまな面で優れています。
そもそも消化管の初期がんは、組織の表面の粘膜のわずかな色の違いや凹凸といった、まるで皮膚のシミのような変化として現れます。内視鏡はこのようなごく初期の変化を直接観察して見つけ出すことができるのです。一方で、CTやPETといった全身を調べる検査では、ある程度進行したがんでないと見つけることが難しい場合があります。
また、早期のがんはほとんどの場合、粘膜の一番表面にとどまっており、この段階であれば内視鏡によって病変を切除するだけで9割以上の方が治癒できます。
完治が望める段階でがんを見つけられるだけでなく、切除までできることが内視鏡のメリットでしょう。その結果、内視鏡は日本の医療現場へ急速に普及することとなりました。
近年ではこれまで内視鏡では見ることができなかった肝臓、胆道、膵臓(すいぞう)も、十二指腸にある乳頭部という穴から器具を通してアプローチすることが可能になり、内視鏡による検査と治療ができるようになりました。さらには呼吸器である肺へも、空気の通り道へ専用の内視鏡(気管支鏡)を通して検査と治療ができるようになっています。
内視鏡技術は日本が発展させ、世界に広めてきました。現在でも日本は世界の中でも際立った存在になっており、オリンピックで例えるなら柔道や野球のように日本が世界を牽引(けんいん)している種目だといえます。
その背景には、日本がかつて胃がん大国だったという歴史があります。その胃がんを克服するため、第二次世界大戦の終戦後に、飛行機を製造していた技術者などが中心となり内視鏡の開発に尽力しました。それに加え、国が検診制度を整備し、検査を受けやすい仕組みを作りました。
その結果、民間企業が機器を製造し、多くの国民が検査を受け、その際に医師が診断技術を磨く――この官民学一体のサイクルが続けられた結果が、現在の高い技術力につながっています。
技術だけでなく、内視鏡の使い方でも日本は進んでいます。実は、アメリカやヨーロッパでは内視鏡は進行がんの検査と診断補助として使われることが多い状況です。これに対し日本では、内視鏡で早期がんを発見したらその場で治療に進むことができます。早期治療の観点で、日本のやり方が優れているのは明らかでしょう。
日本でも、当初は内視鏡は検査のみで用いられていました。その後、診断を目的として内視鏡を使い、その場で消化管の組織の一部を採取することができるようになり、これが発展して病変部の切除まで行うようになりました。
画期となったのは、輪投げの輪のようなワイヤーをかけて病変を切除するEMR(内視鏡的粘膜切除術)という方法が日本で開発されたことです。ただ、EMRは簡便であるものの、ワイヤーのサイズに制限があるため、大きな病変をきれいに切除しきれないことがありました。
そこで1995年ごろから日本で開発が始まったのがESD(内視鏡的粘膜下層剥離術<ないしきょうてきねんまくかそうはくりじゅつ>)です。ESDではワイヤーは使いません。電気メスを使って病変部の周りの粘膜を切り開き、その下の層を少しずつ剥がしていくことで、病変を1つの塊としてきれいに切除します。この方法により、2~3cmといった大きな病変でも内視鏡で切除できるようになりました。EMRが小さな病変に適しているのに対し、ESDは大きな病変や胃の入口・出口といった狭い部位にも対応できる点が優れているといえます。
ただし、ESDには術者に高い技術が求められます。治療を行う消化管の壁は非常に薄いため、ESDよる数百回に及ぶ通電で一度でもミスをすると穴が開いてしまうリスクがあるのです。したがって、ESDによる治療を受ける際は経験が豊かな医師や医療機関を選ぶべきでしょう。
内視鏡治療の最大のメリットは、体の表面に傷をつけずに治療できることです。たとえ3cmの病変を切除しても、口から取り出すため、体の表面に傷は残りません。
また、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ということわざがあるように、食道より下の消化管粘膜には知覚神経がないため、切除しても痛みを感じることはほとんどありません。臓器の一部を切除することもないので、消化機能への影響や、手術後の合併症(ダンピング症候群など)も起きにくいというメリットもあります。
内視鏡治療は、体への負担が非常に少ないことが最大の特長といえるでしょう。
とはいえ、注意点もあります。がんは進行するとリンパ節や他の臓器に転移することがあります。内視鏡治療の対象は、こうした転移がほとんどない「早期がん」に限られます。万が一転移が見られる場合は、リンパ節を含めて広範囲を切除する外科手術が選択されることになります。
内視鏡治療で切除した病変は、必ず病理検査に回されます。この病理検査では、切除した病変が本当にがんだったのか、周囲にがん細胞が残っていないかなどを顕微鏡で詳細に確認します。この検査結果によっては内視鏡治療では取りきれなかったと判断され、追加の外科手術が必要となる場合もあります。
病理検査で完全に一括切除できていると確認できれば、たとえば大腸ESDでは局所再発は約1%にとどまると報告されています。内視鏡は精密な検査ができるとともに、有効な治療でもあるのです。
大学病院には、内視鏡も新しいものが導入されていることが多いです。たとえば、4Kを超える高解像度の内視鏡や、特殊な光を用いて粘膜表面を詳細に観察できる内視鏡などがあり、リアルタイムで顕微鏡のように拡大して見ることも可能です。
また、十二指腸腫瘍(じゅうにしちょうしゅよう)や再発したがんなど、対応が非常に難しい内視鏡治療を行うこともできます。全国から多くの患者さんをご紹介いただくのは、そのような特別な技術やノウハウが求められる治療に対応できる体制があるからでしょう。
大学病院では、治療だけでなく研究や新しい医療の開発も行います。当院では最近、AI(人工知能)を活用した内視鏡検査の研究開発と、それを使った検査を進めています。人間は集中力が続かなかったり、疲労で見落としをしてしまったりすることがありますが、AIは常に一定の精度で画像を分析します。ポリープなどの病変を見つけ出すうえで、AIは医師の診断を補助する心強い相棒のような存在になっています。
一方で、AIは偽陽性(実際には病気ではないもの)を指摘してしまうことがあり、現段階では不必要な切除につながる可能性もあるため、そこは人の目で見極めています。しかしながらAIの精度は日々向上しているので、今後さらに有用なツールになることが期待されています。
内視鏡検査は、早期がんの発見と治療に直結します。喉から大腸まで、多くの消化管がんは内視鏡で治療可能であり、早期であれば命に関わることはほとんどありません。
病気が見つかることを過度に恐れる必要はありません。適切に治療すれば完治が見込め、痛みや後遺症も少なく済みます。ぜひ定期的な受診で健康を守っていただきたいと思います。
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