札幌柏葉会病院 院長 中山若樹先生
脳の手術は、直接は見えない脳の奥深くの病変を対象に行われるため、執刀医の豊富な経験と技術が求められてきた。しかし、その見えない部分を新しいデジタル技術で「見える」化し、手術の精度と安全性を高めようとする取り組みがある。
従来のハイブリッド手術室の概念を超え、複数の画像診断装置やAR技術を統合したこの環境は、「医療機器」と「デジタル情報技術」、そして「人(医師・医療チーム)の繊細な技術や経験」という3つの要素を融合させる試みでもある。
手術を受ける患者さんだけでなく、医療チーム全体、さらには若手医師の教育のあり方にも変化をもたらしている新しい手術室、「smart OR」を導入した札幌柏葉会病院(札幌市豊平区)の院長である中山 若樹(なかやま なおき)先生に、その真価について伺った。
我々が導入したsmart ORは、一言でいうと「未来型手術室」です。新しいデジタル技術を駆使して手術を「見える」化する劇場、という言い方ができるかと思います。
なぜ手術室の「見える」化が必要なのでしょうか。脳の病気の多くは、脳のしわの奥深くや、頭蓋骨(ずがいこつ)の奥にある大切な神経や血管の近くに存在します。しかし脳は透明ではないので、脳の奥に何があるかはそこに到達するまで直接見ることができません。
そのような病気を治療するにあたり、我々はこれまで、過去の膨大な解剖学の知見や、先人たちの成功と失敗の積み重ねから、「ここはこうなっている」と理解し、そこに自らの経験を重ね合わせて治療にあたってきました。
しかし、人間の体は千差万別で、教科書どおりとは限りません。どんなに経験を積んだ医師でも、想定していない状況は当たり前のように存在します。それが脳外科手術における不確定要素になっていたのです。
この不確定な部分を、推測ではなく、確かな情報として「見える」ようにできれば、手術はより正確になります。smart ORは、その「見える」を実現するための手術室です。
「見える化」が進んだ手術室 第1手術室(札幌柏葉会病院ご提供)
「手術の質をより高いものにしたい、どうすれば安全かつ確実に実現できるか」というのは、私にとって長年のテーマでした。そのためには、「見える」化が重要です。これまで日本には、2つの「見える」化の技術がありました。
1つはハイブリッド手術室です。これは15年ほど前から普及が始まった、手術台と画像診断装置が組み合わさった手術室のことで、脳外科の手術に大きな進歩をもたらしました。
しかし従来のハイブリッド手術室は、血管造影装置かCTかMRIか、どれか1つの装置とだけの組み合わせでした。実際の脳外科の手術では、血管の状態も知りたいし、CTで骨や病変の断層写真も見たい。手術の種類や疾患に応じて使い分けたいのが本音でした。
もう1つが、10年ほど前から普及した「ARナビゲーション」です。これは、手術前に撮影した画像を3次元の設計図にして、手術用の顕微鏡のレンズの中に投影する技術です。拡張現実(AR)で、実際に見えている脳の奥に何があるのか、重ねて見ることができます。
ただ、これにも課題がありました。ARはあくまでバーチャルなものです。ARの画像は手術前の状態で作成されたものですが、脳のしわを分けながら手術が進んでいくと、刻々と形が変わっていきます。そうすると、手術の最初にはピッタリ合っていたARの設計図が、いよいよ肝心な深いところに来たときにはズレてしまっていることがしばしば起こるのです。
だからこそ、血管造影もCTもARナビゲーションも全てがそろっていて、かつ連携できる全部入りの手術室が必要だと考えていました。
幸運にも、当院が新築移転する際に新しい手術室について構想・設計段階から関わらせていただき、このsmart ORが実現しました。smart OR はメインの2つの手術室にまたがって双方向に移動できるCTと、一方の部屋には血管造影装置も兼ね備えて、複数の部屋で複数の画像診断装置を備えた環境です。血管の病気、脳腫瘍(のうしゅよう)、脳卒中や外傷の緊急手術など、さまざまな手術を同時に、どちらも高い精度で行えるようになっています。
ちなみにMRIは、金属製の手術器具が使えない不便さは軽視できません。当院では脳血管外科手術が主体ですので、むしろ頭蓋骨との位置関係や動脈瘤クリップなどの金属と血管の様子を判断できるCTこそ必要性が高いので、組み合わせる断層画像装置はMRIではなく、CTを選びました。
smart ORの優れたところは、さまざまな「見える」要素を統合したうえで、手術中に最新の画像でナビゲーションを更新できる点です。
手術の重要な局面で、今の脳の状態や血管の状態を造影CTや血管造影装置で撮影し、その場で新しい3次元画像(設計図)を作り直す。そして、それを即座にARナビゲーションに反映させることができます。まさに動的に更新されるナビゲーションで、手術の最後まで今までにない正確性を担保できます。
smart ORは、手術で使う顕微鏡の能力も、これまで以上に引き出せるようになりました。
手術用の顕微鏡には、もともと蛍光造影といって、特殊な光を当ててリアルタイムで血流を確認できる機能が備わっています。従来、この機能を使う際は、腕の「静脈」から蛍光造影剤を注射するのが一般的でした。
ただ、静脈から入れた造影剤は、一度心臓に戻り、そこから全身の血液と一緒に脳へ送られます。そうすると、脳全体の血管がほんのりと光るような映り方になるため、本当に見たい特定の細い血管だけをシャープに判断するのが難しいという事情がありました。
しかし、smart ORではカテーテル治療(血管内治療)で使う血管造影装置がドッキングしています。このおかげで、腕の静脈から注射するのではなく、カテーテルを使って、確認したい血管の根本である「動脈」まで直接アプローチできるのです。そしてそこから微量の造影剤を流せば、造影剤が全身に拡散する前に見たい血管だけをクッキリと鮮明に映し出すことができます。
これにより、手術の最中に「血管の血流がどうなっているか」を、より正確に、しかも繰り返し頻回に評価できるようになりました。
この「手術室で画像が撮れる」ことは、患者さんにとってもとても大きなメリットがあります。
従来の手術では、術後はまず麻酔を覚まします。そして、手術室とは違うフロアにあるCT室やMRI室まで移動して、出血などが起きていないかを検査していました。
ですが、脳の手術の直後、麻酔が覚めかけるタイミングというのは、患者さんにとっては頭が痛かったり、吐き気がしたり、一番つらい時間でもあります。血圧が上がってしまったり、安静を保てなくなったりすることもあり、その状態で移動すること自体が負担になりますし、移動する負担が術後出血を招くこともあるかもしれません。
smart ORの場合は、患者さんがまだ麻酔で眠っていらっしゃる安静な状態で、手術台を動かさずにその場でCT撮影が完了します。私たちはそこで出血などの異変がないことを確認したうえで、患者さんにゆっくりと麻酔を覚ましていただいてから病室にお連れできます。患者さんはつらい思いをせずに済みますし、身体的な負担もぐっと減らせるわけです。
また、従来は「術後の無事の確認」だったものが、「閉頭前の(理想的な結果の)確認」になったことで、私たち術者にとっても大きな安心感につながっています。脳出血や脳腫瘍がきちんと完全に摘出できているか、脳動脈瘤が完全な形でクリップで消失できているか、処置が理想的に完全な状態であることを確認してから、閉頭することができます。
smart ORは、若い世代の育成や、脳外科のチーム医療の強化にも役立っています。
脳外科の手術は、非常に繊細な作業の連続です。一般外科の手術ドラマだと、医師が「メス!」と言うと、看護師さんが「パン!」と強く手渡すイメージがあるかもしれません。でも脳外科は逆です。私たちは直径1mm未満の血管の摩擦や、クモの糸のような膜のつっぱる感覚を感じ取りながら作業しています。そこに「パン!」と渡されると、その感覚が全部狂ってしまう。タイミングも重要です。手を伸ばしかけたときに適切なタイミングで渡してもらえることも重要なのです。
私たちのチームの看護師さんは、絶妙なリズム感で、まるで刷毛で撫でられるように「ふわっ」と器具を渡してくれます。そのおかげで、私たちは集中力を切らさずに作業を続けられます。これは看護師さんたちの日頃のたゆまぬ努力と工夫の賜物なのですが、それをより効率よく学習できる環境を、smart ORに組み込みました。
smart ORの手術室内には、情報を映す画面が壁や天井から吊り下げられたものも含めて9つあり、術者、助手、麻酔科の先生、機械出しの看護師さんなど、それぞれの立場のスタッフが、自分に必要な情報をリアルタイムで見られるようになっています。そして、看護師さんは、自分の担当がないときも手術映像を見て、どのタイミングでどの道具が必要か、どの角度で渡すべきかを熱心に学んでくれています。
また、若手医師の指導も変わりました。彼らの手術のとき、私は手術に直接手を出せるようにするための手洗い(滅菌操作)をせず、あえて手術室の外や少し離れた場所から画面を見て口だけ出すようにしています。
というのも、脳外科の手術は先ほども述べたように非常に繊細で、指導者である私が横から手を入れてしまうと、手術をしている本人が感じ取っている微妙な感覚が分からなくなってしまうのです。
したがって、「右手をこう入れて、刃の向きをこう変えて」と、全部言葉で理論的に指導します。手術の映像は全て録画され、院内のネットワークでどこからでも見られるので、後から本人も客観的に振り返りができる。この環境が、学びの近道になっていると感じます。
私はこの先、AI技術との融合も見据えています。
今、当院の研究センターでは手術の動作解析に取り組んでいるところです。先ほどお話しした「ふわっ」といった感覚的な動きや、滑らかな手の運びは、言葉で教えるのがとても難しいものです。そこで、手術映像からAIにピンセットなどの器具の先端の動きを追跡させて、その座標を解析しているのです。
ロボット工学の世界では、「躍度(やくど)」、英語で「ジャーク」という、動きの滑らかさを示す指標があります。この躍度の数値が低いほど、滑らかで静かな動きとされています。私たちの手術の動きをこの躍度で数値化できれば、熟練した医師の動きと若手の動きの違いが「見える」化できるはずです。
また将来的には、AIが術野の映像そのものを解析し、「次にここを処置すべきだ」と手術の手順をアドバイスしてくれるようになるかもしれません。それがロボット技術と融合すれば、より精密な操作の支援も現実的になってくるでしょう。
脳の病気は、ご本人にとってもご家族にとっても、本当に大きな不安を伴うものです。
smart ORのような環境が整ったことで、私たちが提供できる治療の安全性や確実性は、さらに高まったと自負しています。しかし、どれだけ技術が進化しても、医療の中心にいるのは「人」であり、患者さんの人生を支えるのが私たちの使命です。
我々はこのあたらしい手術室、smart ORに「LuminaBridge(ルミナブリッジ)」という名前を付けました。ルミナは光、ブリッジは橋です。患者さんが病気という困難を乗り越えて、明るい未来、希望の光へと渡っていくための「懸け橋」でありたい、という願いを込めました。
その思いを実現するために、これからもチーム一丸となって全力で取り組んでいきます。
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