獅子目整形外科病院 院長 獅子目亨先生
体を支える大事な骨。その骨の質が悪くなり、骨折しやすくなるのが「骨粗しょう症」という病気だ。骨粗しょう症による骨折は寝たきりの原因になり、そこから認知症が進行することで死亡リスクも高まるという。日本の平均寿命は延びているが、せっかく寿命が延びても、骨折して寝たきりになるのは誰にとっても避けたいところだろう。
実際、骨粗しょう症患者は全国で約1590万人いるとされており、70代女性の3人に1人、80代女性では2人に1人がかかっているというから、決して他人事ではない。にもかかわらず、骨粗しょう症に気付いていない人は多く、骨粗しょう症の治療を途中でやめてしまうケースも少なくない。
獅子目整形外科病院(宮崎県宮崎市)の獅子目 亨(ししめ とおる)院長は、骨粗しょう症による骨折を少なくしようと日夜努力している。先生に骨粗しょう症の予防と治療で大切なことを伺った。
骨粗しょう症は骨がスカスカになったり、骨の質が悪くなったりして、骨がもろくなる病気です。骨粗しょう症になっても、痛みはありません。しかし、ちょっとした衝撃で骨折するようになってしまいます。
骨粗しょう症の原因は加齢とホルモンバランスの変化です。骨量(骨密度)は15~20歳ごろに最も多くなります。その後しばらくは、古い骨を壊すとともに新しい骨が作られ、骨量が維持されます。しかし、加齢や女性ホルモンの減少で壊される骨が増え、作られる骨が減ります。これにより、骨量が減ってしまうのです。
特に女性は、閉経後に女性ホルモン減少やカルシウム不足などで古い骨と新しい骨のバランスが崩れます。このため、骨粗しょう症は女性に多い病気です。
近年は高齢化に伴い、骨粗しょう症にかかる患者さんの割合が増えてきました。骨粗しょう症になって骨折すると、連鎖するように別の骨折が起きやすくなります。また、足の付け根の骨折(大腿部骨折<だいたいぶこっせつ>)は、寝たきりの原因となります。骨粗しょう症による骨折を防ぐためには、若いうちに骨をたくさん作ってためておくこと、骨折する前に骨粗しょう症を治療することが大切です。
しかし、骨粗しょう症治療にはたくさんの問題があります。特に「患者さんが気付いておらず、未治療の患者さんが多い」「治療が続かない」ことは大きな問題でしょう。順番に説明していきます。
日本では健康増進法に基づき、骨粗しょう症検診が行われています。しかし、受診率は低く、全国平均で5.5%にすぎません。これでは患者さんが骨粗しょう症であることに気付けません。骨折して初めて、骨粗しょう症が診断される患者さんが多いのです。中には骨折していても気付かず、骨粗しょう症と診断されていない場合もあります。
骨粗しょう症と診断され、治療が始まっても、途中でやめてしまう患者さんがいます。骨粗しょう症の薬は骨を強くして骨折を防ぐ効果はありますが、実感しづらいことが難点です。さらに骨粗しょう症は命に関わる病気ではないと思われがちで、患者さんに治療の重要性を認識してもらえません。骨粗しょう症で大腿部を骨折すれば、死亡する確率も高くなります。大腿部骨折をした患者さんのなんと半分以上が、その後の5年間で死亡しています。骨粗しょう症は、命に関わる病気ではないとはいえません。
骨粗しょう症に対する意識の低さは医療従事者でも同様です。骨粗しょう症患者さんは高齢者が多いので、内科など他の診療科を受診しています。これらの診療科でも、骨粗しょう症の疑いがある患者さんに整形外科の受診をすすめてほしいのですが、こうした連携はあまり行われていないのが現状です。
骨粗しょう症による骨折予防のキーワードに、「骨粗しょう症検診」「治療継続」「地域連携」の3つがあります。まずは、患者さんに骨粗しょう症であることを知ってもらわなくてはなりません。そのためには、検診が有効です。たとえば内科クリニックのかかりつけ医が、腰が曲がっている患者さんに「一度、骨粗しょう症検診を受けてみたらどうですか」などと声をかける取り組みが必要です。
もちろん市民への啓発も重要でしょう。当院でも公開講座や地域イベントなどで、骨粗しょう症検診の重要性を訴えてきました。骨粗しょう症検診を受ける人が増えて、その方が周りの方にも骨粗しょう症検診をすすめる。そんな流れができるとよいと考えています。
また、近年は若い女性の過剰なダイエットで、骨の蓄えが少なくなっています。将来の骨粗しょう症を防ぐため、若いうちから健康的な食生活と運動を心がけることも伝える必要があるでしょう。
骨粗しょう症と診断された患者さんには、なんとか治療を続けてもらわなくてはなりません。そのために、医療提供者側ができることは何でしょうか。
私が骨粗しょう症の患者さんを診察する際は、必ず骨密度や骨代謝マーカーといった検査データを示して、「変化は実感できないかもしれませんが、骨の細胞はがんばっています。10年後、20年後にはよいことがありますよ」と治療のメリットをお話ししています。
それでも、患者さんは治療の効果を実感できていないこともあります。そこで、看護師やリハビリテーションスタッフからも、同じような話をしてもらいます。患者さんと視線が近い看護師やリハビリテーションスタッフの話を聞いて納得される患者さんは、とても多いのです。
また、患者さんに適した薬をお出しすることも大切です。骨粗しょう症治療では骨の密度を上げる薬や、骨ができやすくする薬など多くの種類の薬を使います。
比較的若い患者さんで初めて骨折して骨粗しょう症だと診断された患者さんでは、次の骨折を防ぐための治療が必要です。しかし、ご高齢の方で歩行困難な患者さんの大腿部骨折では異なる治療が求められるでしょう。年代によって処方すべき薬が異なるのです。当院では専門知識を持った医師が、患者さんの年齢や健康状態を総合的に考えて、薬を選んでいます。
骨粗しょう症の患者さんは増え続けています。地域の整形外科だけでは診療しきれない状況ができつつあり、これからは患者さんがかかりつけにしている内科などのクリニックとの連携が重要になるでしょう。
たとえば当院の場合、骨粗しょう症の検査と診断を当院で行い、患者さんに合った薬を選択します。その後はかかりつけのクリニックで薬を継続して処方してもらい、当院には定期的に骨密度測定や経過のチェックに来てもらいます。
かかりつけのクリニックには、患者さんの状態や検査データ、当院で処方した薬で期待される効果など詳細な情報を提供します。これにより、内科の先生にも骨粗しょう症治療の必要性を認識してもらえます。また、骨粗しょう症が疑われる患者さんを早めにお知らせいただき、治療が始められるというメリットもあります。
当院がある宮崎市周辺でも高齢化が進んできました。このような取り組みを地道に続け、患者さんが適切な治療を受けられる環境を整備したいと考えています。今後は骨粗しょう症を専門に治療する拠点病院を設け、検査や治療のハブとして機能させることも必要でしょう。
現在、骨粗しょう症の治療薬はある程度出そろったといわれています。骨粗しょう症治療で医師が参考にするガイドラインにはそれぞれの薬の特徴が示されていますが、薬を使う順番は明確ではありません。薬の選択は、医師の裁量に委ねられているのです。骨粗しょう症患者さんの増加に対応するためには、今よりも多くの医師に骨粗しょう症を診療してもらう必要があります。そのために、薬の使い方の標準化が求められています。
さらに、地域全体で骨粗しょう症による骨折を防ぐ取り組みも重要です。たとえば、広島県呉市では、治療を中断した骨粗しょう症の患者さんに再受診を促し、骨折を防ぐプロジェクトを行いました。その結果、受診を再開した患者さんでは骨折した割合が減ったのです。
日本は世界有数の長寿国となりました。長生きしても、健康でなければ苦難のときを過ごすことになってしまいます。骨粗しょう症で骨折すると、人生を楽しめません。当院でも地域と共に骨粗しょう症治療を行い、骨折を減らしたいと考えています。
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