国立病院機構 福岡病院 院長 𠮷田 誠先生
「咳が長く続くけれど、風邪とは少し違う気がする」。そんな不安を抱えながら、医療機関を受診すべきか迷っている方も少なくないのではないか。そのような場合、背景に「喘息」が潜んでいる可能性があることを踏まえ、早めに受診すべきだろう。
近年、大きく進歩した喘息医療の中で、今どのような診断や治療が行われているのか。国立病院機構 福岡病院の院長である𠮷田 誠(よしだ まこと)先生に伺った。
喘息は、呼吸が苦しくなったり、咳が長く続いたりすることで、日常生活に支障をきたす病気です。たとえば夜中や明け方にゼーゼー・ヒューヒューという音を伴う息苦しさで目が覚めたり、人によっては会話や軽い運動すらつらくなることもあります。咳だけが続く「咳喘息」のように、一見風邪と見分けがつきにくい形で現れることもあるため、「いつもの風邪」と思って放置されがちですが、実は喘息が原因だったということも少なくありません。
このような症状の背景には、気道に慢性的な炎症が起きている状態があります。特に「二型炎症」と呼ばれる免疫反応が関与しており、好酸球やリンパ球などの細胞が中心になって炎症を引き起こします。この炎症を抱えた状態で、冷たい空気、気温の急な変化、花粉、タバコの煙、ウイルス感染(風邪)などの刺激が加わると、気道が一時的に狭くなり、呼吸困難や咳といった症状が現れるのです。
ご自身やご家族に、先に説明したような症状――長引く咳や夜間の息苦しさ、季節や気温の変化で咳が出るといった傾向――が見られる場合は、まずはお近くの医療機関を受診しましょう。喘息かどうかは、症状だけでははっきりと判断がつかないこともあります。そのため、医療機関ではいくつかの検査を組み合わせて診断を進めていきます。
代表的な検査の1つが「気道可逆性検査」で、呼吸器を標榜するクリニックで受けることができます。この検査では気管支拡張薬を吸入する前後で呼吸機能(とくに1秒量)を測定し、数値が一定以上改善すれば喘息の可能性が高いと判断されます。なお、気道に炎症があるかどうかを調べる「呼気一酸化窒素(NO)濃度測定」も重要な検査ですが、検査可能なクリニックは限られます。
これらの検査で診断がつきにくい場合には、呼吸器の病気を専門的に診る病院へ紹介の上、「気道過敏性検査」や「痰中の好酸球測定」といったより専門的な検査が行われることもあります。いずれも二型炎症の有無や気道の反応性をみるためのもので、当院でも必要に応じて実施しています。
一方で、喘息と似た症状を示す病気もあるため、正しい治療を行うためには事前に鑑別診断(かかっている病気を絞り込むための診断)が欠かせません。たとえばCOPD(慢性閉塞性肺疾患)は喫煙歴のある方に多く、動いたときに息苦しさを感じやすいという特徴があります。心不全では体を横にしたときに苦しくなることが多く、百日咳では長引く咳が主な症状となります。
これらの病気と喘息の違いは、症状の出るタイミングや状況にありますが、専門的な検査でなければ判別が難しいケースもあります。特に咳が3週間以上続いているような場合には、自己判断せず、医療機関での正確な診断を受けることが大切です。
一口に「喘息」といっても、実は小児喘息と成人喘息ではいくつかの違いがあります。たとえば、小児喘息ではアレルギーの関与がより強く現れやすく、成長とともに症状が自然に軽くなる、あるいは消えてしまう「アウトグロー」と呼ばれる、寛解といえる現象が見られることもあります。
一方で成人喘息ではそうした寛解は少なく、長期的に治療を続けていく必要があるケースが多くなります。また、小児では薬の使用に年齢制限があるものも多く、使える薬が限られていたり、用量に調整が必要だったりすることが特徴です。薬の基本的な考え方は共通していますが、年齢によって使える薬剤が異なるため、治療方針は個々に調整する必要があります。
なお、子どもの喘息治療を考えるときに重要になるのが、子どもから大人へと移行する「移行期」の医療です。我々の病院では15歳を目安に小児科と内科を分けていますが、患者さんやご家族は小さい頃から診てくれていた小児科の先生に引き続き診察してほしいという意向が強いため、なかなかスムーズに移行できないケースもあります。当院のように小児科と内科の両方が揃っている医療機関では比較的移行がしやすいのですが、小児科だけの医療機関で診療を継続している場合には、適切な時期に内科へ紹介するという流れが望ましいと考えています。
また、小児喘息がいったん治まったように見えても、大人になって再発することもあり、完治したかどうかは判断が難しいことがあります。そのため、移行期の段階で適切なタイミングで内科へつなげることが重要なのですが、現場では「親離れ」や「医療機関離れ」により、受診が途絶えてしまうこともあり、この点は今後解決しなければならない課題だと認識しています。
現在、喘息治療の基本は薬物療法で、「長期管理薬」と「発作治療薬(急性増悪治療薬)」の2本柱で構成されます。
長期管理薬の中心は「吸入ステロイド」で、気道の炎症を抑える重要な薬です。これに「長時間作用性気管支拡張薬(LABAやLAMA*)」を組み合わせた配合薬や、必要に応じて内服薬(ロイコトリエン受容体拮抗薬やテオフィリンなど)を加えていきます。
それでもコントロールが難しい場合は、「生物学的製剤」と呼ばれる注射薬を使用することもあります。これは主に重症や難治性の喘息に対して使われる薬で、抗体製剤として炎症伝達物質に直接作用し、効果が期待できます。
ここで1点、非常に大事なポイントとして認識していただきたいのが、解熱鎮痛薬、いわゆる熱さましや痛み止めです。これらが喘息悪化の誘因になる方は成人喘息の約5-10%ほどいるとされており、「アスピリン喘息」とも呼ばれています。風邪薬や痛み止めを服用した後に症状が急激に悪化するケースもあるため、服薬後に体調を崩した経験がある方はぜひ注意してください。
また、中には飲み薬ではなく湿布薬がきっかけで症状が悪化する方もいらっしゃいます。こうしたケースでは本人も誘因に気付いていないことが多いため、既往歴や使用歴を医師に伝えていただくことが、予防とより安全な治療につながるでしょう。
なお、喘息の患者さんが最終的に目指すべき治療のゴールは「臨床的寛解」です。これは、薬を使用しながらも症状が出ない状態を維持することです。もちろん、将来的には「無治療寛解」も目標としたいところですが、現状では限られたケースでしか実現していません。しかし、いつかは実現できると信じています。
*LABA:長時間作用性β2刺激薬 LAMA:長時間作用性抗コリン薬
喘息治療の進歩は目覚ましいものがありますが、一番大事なのは「服薬をきちんと続けること」です。症状が落ち着いていても、医師から処方された長期管理薬には意味があり、継続的に使用することで気道の炎症をコントロールできます。高血圧症と同じように、症状がなくても治療を継続しましょう。
なお、我々医療者は、患者さんにもっと気軽に相談していただきたいと思っています。何かおかしいなと感じたら、まずは受診していただく。それが病気の進行を防ぐ第一歩となるからです。
実際に、「悪くなってかなり症状がこじれてから来られる方」を診ることもあります。そうした経験からも、早期に受診していただくことの重要性を日々実感しています。ひどくなるまで我慢するのではなく、ぜひお気軽にご相談ください。
喘息は正しい診断と治療で十分にコントロール可能な病気です。自己判断せず、医療の力を頼っていただければ幸いです。
取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。