八千代病院 院長 杢野泰司先生
排便時の出血。「どうせ痔だろう」と自己判断し、そのままにしていないだろうか。
しかし、その出血は、日本において女性の死亡原因第1位、男性でも第2位(2023年時点)となっている「大腸がん」のサインかもしれない。
大腸がんは初期症状がほとんどない一方、その多くは良性のポリープががん化するため、ポリープの段階で発見できれば予防も期待できるという。出血をどう捉え、どう行動すべきか、消化器・肛門外科(こうもんげか)を専門とする八千代病院 院長の杢野 泰司(もくの やすじ)先生にお話を伺った。
お尻から血が出ると、多くの方が「痔かな?」と思われるかもしれません。確かに、お尻からの出血の原因として痔はとても多い病気です。
大腸がんによる出血と痔による出血には、傾向としていくつかの違いがあります。大腸は口から続く消化管の最後の通り道で、約1.5~2mあります。食べ物が消化された液状のものが小腸から送られてきて、ここを通る間に水分が吸収されて便が作られます。もしこの大腸の奥のほう、つまり肛門から遠い場所で出血した場合、血は便と混じり合ったような形で出てくることが多くなります。
それに対して、肛門に一番近い「直腸」や、痔(痔核(じかく)や裂肛)のように出口のすぐ近くで出血すると、便の表面に血が付着したり、便とは別に真っ赤な血が出たりします。トイレの水が真っ赤に染まることもありますし、特に裂肛、いわゆる「切れ痔」の場合は、排便時に痛みを感じることも特徴です。
ですが、こうした違いだけで「これは痔だ」とご自身で判断するのは避けていただきたいと思います。
なぜなら、特に肛門に一番近い「直腸がん」の場合、痔の出血と症状が本当によく似ているため、ご自身の判断ではがんを見逃してしまう危険性があるからです。実際、私たち専門家でも見た目だけでは区別がつかないことがあるほどです。
現に、私が外科医として大腸がんの手術をする患者さんの中には、「以前から血は出ていたけれど、痔だと思ってそのままにしていた」という方が、残念ながらある程度の割合でいらっしゃいます。もし、最初に出血したときにすぐに検査を受けていたら、もっと早い段階で、あるいはポリープのうちに見つけられたかもしれないと思うことは少なくありません。
では、出血があったとき、消化器内科と肛門外科、どちらを受診すればよいのでしょうか。
私自身は肛門外科も専門にしていますが、まず受診していただきたいのは「消化器内科」です。大腸がんと痔という2つの病気の性質を考えると、痔が命に関わることは非常にまれです。しかし、大腸がんは放置すれば命に関わる病気です。ですから、まずはその出血が命に関わる病気のサインではないかを確認することが最優先です。もちろん、検査でがんなどの病気が見つからず、痔の症状でお困りの場合は、その後に肛門科で治療を受けていただくのがよい流れだと思います。
ところで、「出血」というと目で見て分かるもの(血便)を想像するかもしれませんが、実際には健康診断などで行われる「便潜血検査」(検便)も重要です。これは、目には見えない微量な血が便に混じっていないかを調べる検査です。
そして、この検査で「陽性」と結果が出ても、「どうせ痔だろう」と考えて精密検査である大腸内視鏡検査(大腸カメラ)を受けていない方が、実は結構いらっしゃいます。当院の総合健診センターのデータでも、陽性だった方のうち3割ほどが二次検診(精密検査)を受けていないという実態があります。
便潜血検査は、あくまで大腸がん検診の「入口」です。陽性という結果が出た場合は、大腸内視鏡検査を受けるところまでが「ワンセット」だとご理解ください。
大腸内視鏡検査について、「大変そう」「痛いのでは?」「恥ずかしい」といったイメージが先行して、どうしても腰が重くなってしまうお気持ちはよく分かります。しかし、現在は思ったよりもつらさが少ない検査になっています。
検査にあたっては、前日から消化のよい食事をとり、下剤を飲み、当日は朝から2Lほどの腸を洗浄する液体を数時間かけて飲んでいただく流れが一般的です。便が透明になったら、いよいよ検査が始まります。
検査自体の時間は、ポリープなどがなければ20~30分程度で終わります。恥ずかしさについては、たとえば当院ではお尻の部分だけにスリット(切れ込み)が入った専用の紙パンツを履いていただきますので、なるべく配慮された形になっています。
痛みに関しても、鎮静薬(眠くなる薬)を使って、うとうとと眠っている間に検査を終えることも可能です。これなら検査中の苦痛はほとんど感じません。
ちなみに私自身も、2年に1回この検査を受けています。私の場合、検査後に車で帰ったり、すぐ仕事をしたりしたいので鎮静薬なしで受けていますが、どちらかというと検査そのものより、前処置で飲む洗浄液のほうが少し大変かな、と感じています。
大腸がんの多くは、まず大腸の粘膜に良性のポリープができ、それがだんだん大きくなる過程でがん化し、さらに時間をかけて進行がんになる、というパターンをたどります。
つまり、がんになる前の「ポリープ」の段階で大腸内視鏡検査によって見つけ、その場で切除してしまえば、将来のがん化を防ぐことにつながるわけです。
検査と同時にポリープを切除した場合、たとえば当院では出血などのリスクを考えて一晩入院していただくこともありますが、手術を受ける必要がなくなるかもしれないのですから、これは非常に大きなメリットです。ぜひ多くの方に大腸内視鏡検査を受けていただきたいと思っています。
大腸がんは50歳以降で発症する方がほとんどですが、40歳未満、時には20歳代や30歳代で発生する方もまれにいらっしゃいます。
特に若い方だと、血が出ても「まさか自分ががんのはずがない、きっと痔だろう」と思ってしまいがちです。もちろん、その多くは痔であることも事実です。ですが、もし違った場合、その自己判断が早期発見のチャンスを逃すことになってしまいます。
お尻からの出血は、年齢にかかわらず、「一度、大腸の中を調べるサイン」だと捉えてください。痔は命に関わりませんが、大腸がんは命に関わります。出血をきっかけに検査を受けて、「何もなくてよかった」と安心する。その行動が何より重要です。
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