連載リーダーの視点 その病気の治療法とは

あなたの肩の痛み、四十肩ではないかも? レントゲンでも分かりにくい「腱板断裂」とは

公開日

2025年10月10日

更新日

2025年10月10日

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2025年10月10日

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イメージ:PIXTA

「年のせいだから」「四十肩だろう」。肩の痛みを、そう言って諦めてはいないだろうか。しかし、その痛みの裏には、肩のインナーマッスルが切れてしまう「腱板断裂」という病気が隠れているかもしれない。

肩関節を専門としている洛和会丸太町病院(京都市中京区)の古川 龍平(ふるかわ りゅうへい)先生に、肩腱板断裂について伺った。

肩腱板断裂とは?

肩腱板とは「肩のインナーマッスル」のことで、この筋肉は肩関節を安定させるために非常に重要な役割を担っています。この腱板が切れてしまうのが「腱板断裂」です。

ピクスタ
肩腱板の場所と断裂のイメージ(画像提供:PIXTA)


若い世代ではスポーツでのけががきっかけで肩腱板断裂になることが多いです。一方、50歳代から60歳代では加齢による質の低下に加え、無理な動作が重なって断裂に至るケースが見られ、力仕事の機会が多い男性によく見られます。また、年齢が上がると、特に大きなきっかけがなくても自然に断裂が進むこともあります。

なお、肩腱板断裂は50歳以上のおよそ4人に1人が罹患しているというデータがあります。また、歳を重ねるにつれて有病率は上昇します。

3人に2人が無症状、気付かずにいる人は多い

肩腱板断裂の特徴として、たとえ断裂が起きていたとしても痛みを感じる人が少ない、という点が挙げられます。ある調査では、肩腱板断裂が見つかった方の3人に2人が無症状でした。

したがって、肩腱板断裂を起こしていてもそのことに気付いていない方はかなりの数になると考えられます。そのまま放置していても、一度断裂した腱板は自然に治ることはなく、経過とともに断裂が拡大することで、可動域が狭まったり痛みが出たりすることがあります。

「腱板断裂」と「四十肩・五十肩」の違い

肩腱板断裂によく似た病気として「四十肩・五十肩(肩関節周囲炎)」が挙げられますが、この2つはまったく違います。肩腱板断裂は肩の腱板の断裂という原因がありますが、四十肩・五十肩は内科でいう「風邪」のようなもので、腱板も切れていない、骨の変形もない、リウマチのような内科的な病気もない。あらゆる原因が否定されたうえで、それでも肩に炎症が起きて痛む場合に、ようやくその診断名がつきます。

当院を受診される肩腱板断裂の患者さんも、多くはご自身を四十肩や五十肩だと思って来院されます。そこで実際に診察してみると、実際には肩腱板が断裂しているケースは少なくありません。

レントゲンに映らない――見逃されやすい肩腱板断裂

先ほど、この病気は無症状の方が多いという話をしました。ところが、痛みのような自覚症状がある方の場合でも、実は肩腱板断裂の診断は難しい面があります。

医療機関で整形外科を受診すると、まずはレントゲンを撮るのが一般的です。しかし、レントゲンで確認できるのは、骨折や脱臼、軟骨のすり減りなどで、肩腱板の断裂は分からないのです。

断裂が起きているかどうかを調べる方法としては、超音波(エコー)検査があります。エコーはレントゲンに写らない軟部組織の状態を詳細に把握でき、断裂も高い精度でチェックできます。また、強い磁力と電磁波によって体の断面を撮影するMRIは腱板断裂の診断率が非常に高く、より正確な診断に有用です。

ただ、エコーやMRIはクリニックに必ずある設備ではないので、受診の際にはエコーやMRIを備えているか確認するとスムーズな診断につながるでしょう。

「じっとしていても痛い」「夜間の痛みがつらい」といった強い炎症の症状が続く方は、単なる四十肩・五十肩だと自己判断せず、肩関節の症例数が多く、エコーやMRIを備えた医療機関へ相談してください。

治療の最前線――ガイドラインなき日本で、どう選択するべきか

次に、この病気の治療について説明しましょう。実は、日本には「腱板断裂の治療ガイドライン」が存在しません。この病気の治療をする際は、米国の整形外科学会が出しているガイドラインを参考にしつつ、最終的には患者さん一人ひとりと向き合い、治療方針を決めているのが現状です。

私の場合、最も大切にしているのは、「将来、その肩をどう使いたいか」という患者さんご自身の希望です。スポーツに復帰したいのか、あるいは日常生活に支障がなければそれでよいのか。その方の人生設計に合わせて、それぞれに適した治療法を一緒に選択していきます。

先ほども述べましたが、一度切れた腱は自然には治りません。治療の選択肢としては、関節鏡を使って骨に糸がついたビス(アンカー)を打ち込み、その糸を使って剥がれた腱を骨に縫い付ける手術があります。ただ、大きく断裂して縮んでしまっている場合などは、腱を無理やり引っ張って縫っても、また切れてしまうことがあります。

この課題を克服するため、近年は「筋前進術」という特殊な手技が登場しました。これは、縮んで固くなった筋肉自体を関節鏡下で丁寧に剥がして、無理なく断裂部まで引き出して縫合する技術です。当院でも多くはこの方法で手術を行っています。

上記の方法でも修復が難しい場合は、「リバース型人工肩関節置換術」という方法があります。この手術は海外で合併症の報告が多かったため、日本では他国より承認が遅れましたが、現在では厳しい基準をクリアして資格を持った医師しか執刀できない制度が整っており、安全性に配慮された手術になっています。

筋前進術の手術風景
筋前進術の手術風景(洛和会丸太町病院ご提供)

術後の明暗を分けるリハビリテーション

手術が無事に成功した後、重要になるのがリハビリテーションです。特に術後3か月は、縫い合わせた腱が再び断裂しないよう安静を守る必要があります。このリハビリテーションは、どの腱が、何本切れていたか、といった手術内容によってアプローチがまったく変わってくるため、専門的な知識を持った理学療法士がいる施設で受けることをおすすめします。

では、どうやって信頼できる施設を探せばよいのでしょうか。1つの方法として、病院ごとの手術実績データを調べてみることが挙げられます。肩関節の手術が多い病院には術後のリハビリテーションに詳しいスタッフがいるはずです。

今日からできる予防法

治療やリハビリテーションの説明をしてきましたが、そもそも大事なことは、肩腱板断裂を起こさないことです。
予防として一番大切なのは、「よい姿勢」を保つことです。猫背のように姿勢が悪いまま腕を上げると、肩の上側にある骨と関節が繰り返し衝突する「インピンジメント」という状態が起こりやすくなります。この衝突は肩のインナーマッスルである腱板に少しずつ傷がつく原因になります。

また、意外な盲点かもしれませんが、視力が悪いとパソコン作業などで無意識に前かがみになってしまうので、適切な眼鏡を使うといった視力矯正も、実は姿勢の改善、ひいては肩の健康につながります。

ご自宅で手軽にできる運動としては、「ラジオ体操」が非常に理にかなっています。自分の体重以上の無理な負荷がかかることなく、肩関節を満遍なく動かせますから、ぜひ続けてみてください。

生涯付き合う肩のために、今知っておくべきこと

私が医師になった20年ほど前は、肩関節は「治らない関節」というイメージがありました。しかしこの20年で診断技術も手術手技も飛躍的に進歩しました。かつては「今だけ痛みが取れればよい」という治療が中心でしたが、今は患者さんの肩を生涯にわたってどう支えていくかを考え、患者さんに合った治療法を選べる時代に変わってきています。

さらに、これからは「再生医療」という新しい選択肢も加わってきます。切れた腱をただ縫い合わせるだけでなく、補強材を使ったり、自家組織を用いたりして、腱そのものの質を高めていく。そういった治療が、今まさに学会で議論されています。

年のせいだと諦めていた痛みも、現在は医療で解決できるかもしれません。ぜひ一度、医療機関に相談してみてはいかがでしょうか。

監修医師プロフィール

古川龍平先生

古川 龍平(ふるかわ りゅうへい)先生
洛和会丸太町病院 副病院長代理 整形外科(運動器センター)兼 肩関節外科部長 兼 スポーツ肩関節センター長
専門分野は肩肘関節外科、スポーツ整形外科。日本整形外科学会整形外科専門医、日本スポーツ協会公認スポーツドクター、医学博士、臨床研修指導医。

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