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日常生活で「手がふるえて字が書けない」「コップの水をこぼしてしまう」といった症状に悩まされている人は少なくない。こうしたふるえは「年のせいだから仕方ない」と放置されがちだが、実は治療によって改善できる可能性がある。
ふるえなどの治療を専門として長年診療を続けており、熊谷総合病院の機能神経外科で顧問を務める平 孝臣(たいら たかおみ)先生に、ふるえの原因や治療法などについてお話を伺った。

熊谷総合病院 機能神経外科顧問 平孝臣先生(熊谷総合病院ご提供)
寒いときや緊張したときに体がふるえるのは誰にでもあることです。これらは生理的振戦といわれるもので病気ではありません。
しかし、「コップを持った手がふるえて飲み物がこぼれる」、「ボタンがかけられない」など、ふるえが生活や仕事に支障をきたすような場合には、「本態性振戦」や「パーキンソン病」といった病気の可能性が考えられます。
本態性振戦とは、ふるえの症状があるものの明らかな原因がないものを指します。
高齢者に多くみられるといわれていますが、10~30歳代の若い方でも発症することがあります。また、家族や血縁者に本態性振戦がある方がいると発症しやすいといわれています。本態性振戦のふるえにはいくつか特徴があり、たとえば、手を宙に浮かせて静止しているとふるえ、膝の上に置くとふるえが止まるのもその1つです。お酒を飲むとふるえが落ち着くという特徴もあります。ふるえ以外に症状はなく、命に関わる病気ではありませんが、生活の質を大きく損なう病気といえるでしょう。
そのほかにもふるえを伴う病気として、指定難病のパーキンソン病や、甲状腺機能亢進症、アルコール依存症などがあります。また、字を書くときに手がこわばる書痙(しょけい)と呼ばれるものがあり、本態性振戦のふるえで字が書けない場合と混同されやすいですが、こちらは脳の機能異常であり、字を書いたり楽器を演奏したりといったある動作を行うときのみ手指がこわばるものです。
ふるえの治療は原因によっても異なりますが、本態性振戦の場合はまず薬物療法からスタートします。ただし、薬での治療はふるえを「治す」というよりは、血圧の薬と同じように症状を「コントロール」するイメージです。
実は、国際的な視点からみると日本での本態性振戦の薬物療法にはまだ課題があり、たとえば国際的に第一選択とされる治療薬が、日本では本態性振戦の治療薬として承認されていません。また、現在保険適用されている薬についても、薬価などの関係から製造中止が進んでおり、今後入手困難になる恐れがあります。
しかしながら、薬物療法以外の選択肢は複数あり、薬物療法で効果が不十分な場合やより根本的な改善を望む場合は、外科的な治療などの「介入治療」を検討します。介入治療には、大きく分けて次の3つの方法があります。
DBSは、脳に電極を埋め込み、体内に埋め込んだペースメーカーから電気刺激を送ってふるえを止める治療法です。ペースメーカーのスイッチを入れるとふるえが止まり、スイッチを切ると元に戻るという可逆性が特徴となります。しかし、脳に異物を入れるため、機器のトラブルや感染のリスクも考慮する必要があります。
FUSは、超音波を脳の一点に集めて熱を発生させ、ふるえの原因となる場所を焼灼する治療法です。頭を切らずに治療できるので、患者さんにとって負担の少ない治療といえます。ただ、頭蓋骨(ずがいこつ)の厚さや密度によっては超音波が通らないことがあり、中には治療ができない患者さんもいます。
また、治療後に脳に浮腫(むくみ)ができやすいため、一時的にふらつきや、ろれつが回りにくいなどの症状が出ることもあります。ほとんどの場合は治りますが、回復に時間がかかる場合もあります。さらに、FUSは保険適用が一度しか使えないという制約があります。そのため、両手にふるえが出ていたとしても保険適用での治療は片側のみとなります。
RFは、頭蓋骨に約1cmの小さな穴を開け、針を挿入して電気を流し、その熱でふるえの原因を焼く治療法です。FUSと同じくふるえのもとを焼く治療ですが、保険の制約はないので両側とも保険適用での治療が可能です。近年は、MRIやCT、コンピューター解析を用いた治療が可能となり、精度や安全性が上がっていることや、国産機器の販売が始まったことから、これまで治療を中止していた病院でも再開するところが増えています。
どの治療法を選ぶかは、症状の度合いだけでなく、患者さんの希望やライフスタイルによって異なります。たとえば、美容師や理髪師など手を使う職業に就いている方や、俳優、日本舞踊の先生など人前に出る職業の方など、ほんの少しのふるえでも困るような職業の方は、生活の質を大きく左右します。
一方、普段字を書くことなどがほとんどなく、特に困っていないという方であれば治療の必要性は感じられないかもしれません。また、「頭にメスを入れるのは絶対に嫌だ」という方もいれば、「両手とも治療したい」という方もおり、治療方法の希望についても個々人で異なります。
自分に合った治療法を選択するためには、複数の選択肢を提示できる病院で相談することが大切です。しかし、先ほど挙げた3つの治療法を全て行っている病院はそう多くはありません。そのため、ふるえで困っている方は、まず専門医に相談してみることが重要です。日本定位・機能神経外科学会のホームページでは、このような治療の専門医がいる病院のリストを公開しています。ぜひそちらを参考に、自分に合った治療法を見つけてください。
「ふるえは年齢のせいだから仕方ない」とあきらめている方も多いのではないかと思います。しかし、今は薬物治療から外科的治療まで多様な選択肢があるので、一度専門医に相談することで、自分に合った治療が見つかる可能性は十分にあります。あきらめずに、自分に合った治療を見つけてほしいと思います。
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