倉敷成人病センター 安藤 正明理事長
近年ではフルタイム勤務をする女性が増え、平均的な出産年齢も以前より上がっている。そういったライフスタイルの変化は女性の体にどのような影響を与え、どのような対策が考えられるのか。婦人科疾患の経腟腹腔鏡下手術を考案するなど、婦人科の病気の低侵襲治療に実績を持つ倉敷成人病センターの理事長、安藤 正明(あんどう まさあき)先生に伺った。
今はフルタイム勤務をしている女性が非常に多くなりました。しかし、キャリアアップを目指す時期と出産の適齢期が重なっているため、どちらを優先させるべきか悩む人も多いことでしょう。仕事を優先すると結婚や出産の時期が遅くなり、生涯に産む子どもの数も少なくなります。中には結婚も出産もしないという人もいるでしょう。
女性は大体10歳代前半~50歳くらいまで約40年間は月経があり、その周期に伴って分泌される女性ホルモンの量が変化します。卵子が入っている袋である卵胞が卵子を放出する過程でエストロゲン(卵胞ホルモン)の分泌が増え、排卵後にはプロゲステロン(黄体ホルモン)が増えます。
エストロゲンは女性の生殖機能を維持する働きをもったホルモンですが、過剰に分泌されると、その刺激によって婦人科の病気、具体的には子宮体がん、卵巣がん、子宮筋腫、子宮内膜症などになるリスクが高くなります。また、乳腺外科の病気である乳がんのリスクも上がるといわれています。
現代の女性は妊娠や出産の回数が以前よりも減っているため、逆に月経の回数が増えました。昭和初期と比べると、その増え方は9~10倍ともいわれています。月経の回数が多くなれば分泌されるエストロゲンの総量も多くなり、婦人科の病気にかかるリスクが上がります。
また、エストロゲンの分泌量は年齢とともに変化し、20代から30代後半がピークとなります。妊娠する時期が遅くなるほど、エストロゲンの強い刺激を受ける期間が長くなるということです。
1980年頃までは、子宮がんの9割は子宮頸がんで、子宮体がんは約1割だといわれていました。ところが2020年のデータでは、子宮体がんの患者数が約18,000例に対して、子宮頸がんの患者数は約10,000例と、その数は完全に逆転しています。
子宮頸がんはヒトパピローマウイルス(HPV)によって起こる感染症のためエストロゲンの影響はさほど関係なく、ここ10年の患者数はほぼ横ばいの状態が続いています。一方で、子宮体がんに罹患される患者さんは事実、1980年ごろに比べ急速に増加しているのです。
婦人科の病気の増加には、ライフスタイルの変化も関係しています。脂肪やコレステロールの多い欧米化した食生活、糖尿病や高血圧もがんのリスクを高める要因です。また、たとえば乳がんや卵巣がんでは睡眠時間が6時間以下だと、がんになるリスクが上がります。
女性の社会進出が進むほどさまざまなストレスを受けやすくもなり、その結果十分な睡眠時間を確保できないケースもあるでしょう。そう考えると、今後ますます女性のがんが増える可能性もあります。
ここからは治療の話をしていきましょう。
女性ホルモンの分泌が発症にかかわる婦人科の病気には、子宮体がん、卵巣がん、子宮筋腫、子宮内膜症などがあります。どのような治療をするかは、症状、病気の位置、大きさなどによって変わってきます。
子宮体部にがん細胞が発生する子宮体がんは、子宮頸部にできる子宮頸がんとは発症の原因がまったく違います。子宮体がんの多くは、エストロゲンとプロゲステロンのバランスが崩れて子宮内膜の細胞が増え続けてしまう「子宮内膜増殖症」からがんに移行すると考えられています。一方、子宮頸がんのほとんどはヒトパピローマウイルス(HPV)の感染によって起こります。
子宮頸がんでは、かなり症状が進んでからでないと不正出血は見られません。しかし子宮体がんは、多くが初期段階から不正出血が起こるため、早期発見しやすいことが特徴です。
子宮体がんの治療は主に手術で、子宮、卵巣、卵管、場合によってはリンパ節を摘出することが一般的です。進行度合いにもよりますが、近年は保険診療内で腹腔鏡下手術やロボット支援下手術ができるようになりました。再発のリスクが考えられる場合は、手術後に抗がん剤による化学療法を行います。
また子宮体がんのごく一部には、悪性度が高く早期発見の難しいタイプも存在します。そのため、不正出血などの自覚症状があったら、すぐに婦人科の受診をおすすめします。
子宮頸がんはその進行の度合い(ステージ)や患者さんの状況によって、変わります。初期の場合は“円錐切除術”で切除することも可能ですが、進行した場合は子宮またはその周辺組織や卵巣も含めて広く切除する手術治療が必要です。手術が難しいケースでは放射線治療や抗がん薬・分子標的治療薬を用いた化学療法も行われます。
卵巣がんはその名のとおり、卵巣内にがん細胞ができてしまう病気です。いろいろな組織タイプがあり、子宮内膜症が卵巣で起こり、がん化してしまうこともあります。
卵巣がんの問題は、初期診断が非常に難しいことでしょう。初期はこれといった自覚症状がありません。進行して腹水が溜まるようになると、腹部膨満感や頻尿、下腹部の痛みといった症状が出てきますが、その頃にはがん細胞の転移が起こっていることがほとんどです。
卵巣がんの診断方法には、超音波検査、血液中の腫瘍マーカー測定、CT検査、MRI検査がありますが、卵巣がんでは血液マーカーの数値が上がらないことも少なくありません。CT検査やMRI検査を行っても、がん細胞が小さく断層撮影の隙間にあったために気付かれなかった、卵巣は正常な大きさなのに内部は全てがん細胞だった、ということもあります。
早期発見が難しいことから予後(生存率)も悪く、毎年約13,000人の女性が卵巣がんにかかり、約5,000人が亡くなっています。
子宮筋腫は子宮にできる良性の腫瘍で、エストロゲンやプロゲステロンの影響で大きくなることが分かっています。30歳以上の女性の場合、自覚症状はなくても約3人に1人は子宮筋腫があると考えられています。
良性腫瘍ではありますが、筋腫が大きくなると腹部違和感や月経過多、月経の長期化、不正出血などの症状を引き起こします。小豆大程度の小さい筋腫であっても、子宮内膜に飛び出していると月経過多などの症状を引き起こし、貧血になってしまうこともあります。悪性の肉腫と区別しにくいこともあるので、子宮筋腫が極端に大きい場合や、日常生活に支障がある場合は治療が必要でしょう。
治療方法としては、過多月経に対する止血剤や貧血に対する鉄剤投与などの対症療法、ホルモン治療、手術による筋腫あるいは子宮自体の除去があります。
ホルモン治療はエストロゲンの分泌を抑える薬ですが、子宮筋腫に対して長期的に使えるわけではありません。エストロゲンが分泌されなくなると動脈硬化や骨粗鬆症といった副作用が出てくるため、継続しての処方は6か月以内に限定されています。期間を過ぎて薬剤の投与を中止すると、筋腫がまた大きくなってしまうことも少なくありません。
子宮筋腫の手術には、筋腫だけを切除する筋腫核出術と、子宮全体を摘出する子宮全摘術があります。どちらを選ぶかは筋腫の大きさや個数だけでなく、患者さんの年齢、家族構成、ライフスタイル、体力などを総合的に判断して、患者さんと相談のうえで決めることになります。
手術の方法としては、腹部を切開する開腹術以外に、子宮鏡手術、腹腔鏡下手術、手術支援ロボットによる手術があります。腹腔鏡下手術やロボット支援下手術なら身体への負担も少なく、安静にするのは手術当日だけで、翌日には普通に食事ができて歩けるほど回復することがほとんどです。特に、腟から腹腔鏡を体腔に挿し入れるvNOTES(ヴイノーツ)なら、腹部に傷が残ることもなく、痛みをさらに軽減します。
子宮内膜症は、月経で剥がれ落ちるはずの子宮内膜組織が、子宮以外の場所に入った状態で増殖してしまう病気です。この病気はエストロゲンの影響により、月経を重ねるごとに悪化することが分かっています。よく知られているのは「チョコレート嚢胞」と呼ばれる卵巣の子宮内膜症性嚢胞で、卵巣がんに移行する可能性もあります。
子宮内膜症の患者さんの9割は、月経時の痛み(月経困難症)が見られます。月経でない時期にも下腹部や腰が痛む慢性骨盤痛、排便痛や性交痛を感じる人もいます。これらのほか、不妊症の原因やまれに内臓の変形で腸や尿管の狭窄なども起こり得ます。エストロゲンの分泌が少なくなって更年期を迎えると、症状が緩和することもあります。
子宮内膜症の治療法としては、ホルモン治療と手術があります。ホルモン治療で投与できる薬剤にはさまざまな種類があり、長期使用できるプロゲステロン(黄体ホルモン)製剤(ジエノゲストなど)、エストロゲンの働きを抑える製剤、また低用量ピルも効果的です。そのため、まずはホルモン治療を行い、経過を観察することが一般的です。
ただし黄体ホルモン製剤は、投与を止めると痛みがぶり返してしまうため、止められなくなってしまうことも少なくありません。長期的な薬剤投与は身体への負担がかかります。不妊症の原因と考えられる場合や悪性化が認められる場合には手術が必要となります。
これまで紹介した婦人科の病気の日常的な予防策としては、睡眠を十分とること、適度な運動をすること、肥満に気をつけることです。また、子宮頸がんなどワクチンがあるものに関しては予防接種を受けることも予防策となるでしょう。
しかし、そういった対策をとっていても完全に予防できるわけではありません。やはり婦人科の検診を定期的に受け、何らかの自覚症状がある場合にはすぐに受診することが重要です。
ただ、子宮体がんの一部や卵巣がんの場合、内診・超音波検査・子宮内膜細胞診・子宮内膜組織診などの検診を受けても発見できないことがあります。特に卵巣がんに対しては、家族に卵巣がんの患者さんがいるなら半年に一度の検診を受けることが推奨されていますが、有効性は証明されていません。
しかし、生理不順などでピルを長期的に服用している方は、卵巣がん発生リスクが半分程度に抑えられるというデータがあります。更年期にピルを服用すると血栓ができやすく、心筋梗塞や脳梗塞のリスクを高めてしまうので、飲み始めるなら若い年代のほうがよいでしょう。
どんな病気もそうですが、婦人科の病気も早期発見・早期治療が大切です。そのため、どんな小さなことでもすぐに相談できるかかりつけの婦人科を持つことをおすすめします。
現代のライフスタイルや社会的な環境は、女性の体にとって非常に過酷になっています。その事実を知っておくことで、ある程度の対策もできるのではないでしょうか。
「もしかしたら婦人科の病気にかかっているかもしれない」といった不安な状態が続くと大きなストレスになるため、気になることがあったらすぐに婦人科を受診しましょう。検査して何もなければ安心できますし、何かあれば治療を開始できます。
婦人科の病気は、月経に伴うホルモンの変化により短期間で急激に進行してしまうこともあります。対症療法やホルモン治療は、どこの医療機関でも内容にはほぼ差がありません。負担なく受診できる医療機関を選んで、受診することをおすすめします。
子宮体がんや卵巣がんで手術を受けることになった場合、医療機関によっては数か月も予約待ちになることがあります。しかし、手術を先送りにするのはおすすめできません。長期間待つよりも、なるべく早く手術を受けられ、また実績のある病院を探したほうがよいでしょう。婦人科の外科手術を多く行っている医療機関では手術支援ロボットを導入していたり、低侵襲手術の実績が豊富な施設があるので、ぜひお住まいの地域で探してみてください。過酷な環境を生きる現代女性の誰もが、不安や痛みのない毎日を送れることを祈っています。
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