連載リーダーの視点 その病気の治療法とは

「沈黙の病」大動脈瘤――見えないリスクと向き合うためにできること

公開日

2025年10月06日

更新日

2025年10月06日

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2025年10月06日

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新東京病院 中尾 達也院長

胸やお腹の太い血管が瘤(こぶ)のように膨れ、ある日突然破裂して命を落とす。
そんな恐ろしい可能性を秘めながら、気付かぬうちに進行していく――それが大動脈瘤(だいどうみゃくりゅう)という病気だ。

無症状であるがゆえに見過ごされがちなこの病気に、医療はどう向き合い、どのように患者を支えているのか。30年以上にわたり大動脈疾患の治療に携わり、胸部大動脈へのオープンステントグラフト内挿術の世界への普及にも尽力してきた新東京病院(千葉県松戸市)の院長である中尾 達也(なかお たつや)先生に伺った。

声のかすれに潜むサイン――見過ごされがちな大動脈瘤

大動脈瘤は、全身に血液を送る大動脈の一部が「瘤」のように膨らんでしまう病気です。
大動脈は心臓から上に向かう「上行大動脈」、弓のように曲がる「弓部大動脈」、胸を下降する「下行大動脈」、そしてお腹にある「腹部大動脈」へと続きますが、これらのどの部分でも瘤が発生する可能性があります。

大動脈瘤ができる血管

この瘤のことを動脈瘤と呼びます。動脈瘤は血管を流れる血流の高い圧力に血管が対応することができなくなり、徐々に血管が広がって膨らんだものです。一般的には、健康な血管の1.5倍以上に膨らんだ状態を動脈瘤と呼びます。
胸の大動脈にできた場合は胸部大動脈瘤、腹部にできた場合は腹部大動脈瘤と呼ばれますが、いずれも破裂すれば命に関わる状態となります。特に若い人に動脈瘤ができた場合は注意が必要で、破裂すると進行がとても速く、治療が間に合わないことがあります。

大動脈瘤(提供:PIXTA)

動脈瘤がやっかいなのは、患者さん本人にほとんど自覚がないことです。胸の痛みや、腹部の違和感が起こるわけではなく、健康診断や人間ドックでたまたま見つかるケースがほとんどです。

胸部の大動脈瘤について言えば、健診など以外で見つかる例として「声がかすれた」という症状を訴える患者さんの例が挙げられます。これは反回神経という声帯に関係する神経の近くに瘤ができると、声がかすれてくることがあるためです。実際、「最近しゃがれ声が続いている」とおっしゃる方のCTを撮ってみると、胸の大動脈に瘤が見つかることは珍しくありません。

動脈瘤が大きくなってしまう生活習慣とは

動脈瘤ができる第一の原因は動脈硬化です。高血圧や脂質異常症、糖尿病などがあると、血管に負担がかかって瘤ができやすくなります。中でも喫煙は非常に大きなリスクです。

現在はたばこを吸っていない方でも、若い頃にはけっこう吸っていたという方は多いでしょう。過去の喫煙は、年齢を重ねた動脈に影響を及ぼします。すでに長い間喫煙していなくても、20歳代や30歳代での喫煙歴がある方は大動脈瘤に十分注意する必要があります。

また、マルファン症候群のような遺伝性の病気が背景にあるケースもあります。家族に大動脈瘤や大動脈解離を経験した方がいる場合は、自分自身にもリスクがある可能性を頭に入れておくとよいでしょう。

見つけたらすぐ手術? 瘤との“距離感”を見極める

診断において重要なのは、画像検査です。レントゲンだけでは見逃されることもあるので、造影CTで血管の内腔(内部)や壁の状態までしっかり確認します。特に側面からの画像は非常に重要で、正面からは見えなかった瘤がはっきりと映ることもあります。

なお、瘤が見つかったとしてもすぐに手術をするわけではありません。半年で5mm以上拡大しているか、瘤の形が不整かどうか、血管の壁が薄くなっていないかなど、複数の要素を慎重に見て、患者さんの年齢や体力、持病なども含めて治療のタイミングを探っていきます。瘤が大きくても投薬によって経過を見守ることがありますし、小さくても手術をおすすめすることはあります。

大動脈瘤が小さくてもリスクが高いと考えられる場合に、患者さんに手術を受けていただくことは、実は簡単ではありません。ご本人は元気に日常生活を送っていて、瘤があると言われても実感が湧かないうえに、まだ小さいのであれば手術が必要だと思えないのもよく分かります。
しかし、大動脈瘤は破裂してしまうと治療が難しくなることが多い病気です。ですから、たとえ小さくても破裂のリスクが高い場合は、早めに手術を検討することがとても重要です。

3つの治療法――それぞれの強みと適応

大動脈瘤の手術には、大きく3つの選択肢があります。どの術式を選ぶかは、瘤の場所や形、患者さんの年齢や体の状態によって異なります。

最も基本的なのが、胸やお腹を開けて大動脈瘤のある血管を人工血管に置き換える「人工血管置換術」です。人工血管置換術は確実性が高く、長い経験の積み重ねがある術式ですが、開胸・開腹が必要になるため、体への負担は大きくなります。また手術時間も長く、回復に時間がかかることが多いと言えるでしょう。

2つ目が、「ステントグラフト内挿術(TEVAR(胸部)/EVAR(腹部))」です。この方法では足の付け根などの血管からカテーテル(医療用の細い管)を使ってグラフト(人工血管)を縫いつけたステント(形状記憶合金でできた骨組み)を通し、大動脈瘤がある血管に留置することで瘤に血液が流入することを防ぎます。胸やお腹を切らずに済むため特に高齢の方や持病がある方に適しており、患者さんによっては手術翌日から歩けることもあります。ただ、血管の形が複雑な場合など、解剖学的に適応できないこともあるため、全ての症例に対応できるわけではありません。

ステントグラフト内挿術(提供:PIXTA)

そして3つ目の、私が積極的に取り組んでいる「オープンステントグラフト法』は、大動脈瘤を治療する低侵襲手術です。胸部を開き、大動脈を直視下で確認しながら国産医療器具「Frozenix」を留置するもので、人工血管と一体化したステントを展開することで、血流を健常な血管へ導き、瘤内への流入を遮断します。この方法は、動脈瘤のタイプを問わず幅広い胸部大動脈瘤に対応できる点が特長で、従来の人工血管置換術に比べて切開範囲が小さく体への負担が少ないこと、1回の手術で根治を図れる可能性が高く、破裂の危険を抑える効果もあることがメリットと言えます。また、TEVAR/EVARでは術中に血栓が剥がれて脳の血管に行って詰まってしまい、脳梗塞(のうこうそく)を起こすリスクがありますが、オープンステント内挿術ではそのリスクを減らすことができます。

さらに、大動脈瘤が反回神経(声帯の動きを司る神経)や気管、食道が近くにある場合、呼吸や嚥下(えんげ)、発声といった機能を損なわないよう、手術は非常に繊細な技量が必要となりますが、オープンステントグラフト内挿術ではそれらの部位に対する手技が少なくなることから、リスクを大きく減らすことができます。
これらを踏まえ、当院ではオープンステント内挿術を積極的に取り入れており、2024年は58例ほどの手術を行いました。

迷いの先にあった希望――手術を選んだ患者さんたち

手術を終えた患者さんの多くは、ほとんど症状がないもののいつ破裂するか分からない大動脈瘤というリスクがなくなったことから、大きな安心感を持たれるようです。以前、90歳代の女性に胸部大動脈瘤の手術をおすすめした際は、ご本人もご家族も最初は迷っておられましたが、「生きていきたい気持ちが強い」とおっしゃって手術に臨まれました。術後の経過も良好で、無事に退院されたときの晴れ晴れとしたお顔を見たときは、我々も心から嬉しく思いました。

もちろん、どんな手術にもリスクはあります。オープンステントグラフト内挿術であっても、脳梗塞や脊髄梗塞(せきずいこうそく)、腎機能の低下、感染症といった合併症が起こる可能性はゼロではありません。だからこそ術前にしっかりと説明し、納得して治療に臨んでもらうことを大切にしています。

予防の鍵は、日々の習慣と早期発見

大動脈瘤は自覚症状がないにもかかわらず、破裂すると命に関わる病気です。そのような状況に陥らないためには、予防が鍵となります。
大動脈瘤の予防で重要なのは、動脈硬化につながる生活習慣を避けることです。また、繰り返しとなりますが、喫煙は大きなリスクとなります。喫煙をやめることで血管へのダメージの進行を遅らせることができるので、まずは禁煙を心がけましょう。

もう1つ重要なポイントは、定期的な健診や人間ドックを受けて、早期発見につなげることです。家族に大動脈瘤や大動脈解離の既往がある方、過去の生活習慣や喫煙によって動脈硬化が進んでいると思われる方は、定期的に血管の状態を調べてみてください。

また、いざ手術が必要になったときには治療の選択肢が豊富にそろっている病院を選ぶことも大切です。術式の違いによって回復のスピードや体への負担が変わるので、自分に合った治療が受けられる病院をあらかじめ知っておくことが安心につながるはずです。

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