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脳腫瘍の新たな治療選択肢、開頭しない手術とは? 神経内視鏡手術の特徴を解説

公開日

2025年06月12日

更新日

2025年06月12日

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2025年06月12日

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帝京大学医学部附属病院 脳神経外科 辛正廣先生

脳腫瘍は、発生する場所や予想される悪性度などによって治療の選択肢が変わるのが特徴である。たとえば良性腫瘍の場合には、手術が治療の中心になる。脳腫瘍の分野では、従来の手術法に加えて近年「神経内視鏡手術」という手術法が広がりつつあるという。この新たな選択肢には、どのような特徴があるのだろうか。帝京大学医学部附属病院 脳神経外科の辛 正廣(しん まさひろ)先生に、脳腫瘍の特徴や治療法についてお話を伺った。

脳腫瘍はどのように治療される?

脳腫瘍には、脳そのものに生じる脳実質内腫瘍と、脳の周辺(脳や神経を包む髄膜、神経鞘等)に発生する脳実質外腫瘍があります。脳実質内腫瘍は悪性であることが多く、手術とともに抗がん剤による化学療法や放射線治療を中心とした治療を行うのが一般的です。一方、脳実質外腫瘍は良性であることが多いです。そのため化学療法などはほぼ効果が期待できず、治療の中心は手術による腫瘍の摘出になります。

以前は、良性腫瘍が見つかったら、即手術を行うような時代もありましたが、最近の研究では良性腫瘍は必ずしも大きくならないことが分かってきました。特に高齢者では、腫瘍細胞の増殖が停止して、大きくならないケースも少なくありません。このような場合には、手術を受ける必要はなく、経過観察が適している場合もよくあります。特に、症状のない場合には、手術の実施については慎重に判断する必要があります。

良性腫瘍では手術が必要ない例も

脳腫瘍が生じると、腫瘍が周囲の神経を圧迫することで、視力が落ちたり視野が狭くなったり、物が二重に見えたりすることがあります。また、脳が腫瘍に押されることでふらつきなどが現れることもあるでしょう。当院では、このような症状をきっかけに腫瘍が見つかり、受診されるケースが多いです。

良性腫瘍の中でも頻度が高いものは、髄膜腫*や下垂体腫瘍です。髄膜腫では、神経や血管に近いところに腫瘍が生じると周辺の神経や血管とくっついてしまうことがあります。このため、腫瘍がすでに神経や血管を巻き込みはじめているケースでは、さらに大きくなると神経や血管を傷つけることなく、腫瘍を剥がすことが難しくなるため、早めに手術をおすすめすることもあります。

下垂体腫瘍**の場合は、周辺とは、うすい膜で隔てられているため、腫瘍のサイズがある程度大きくなってからでも、神経や血管から容易に剥がすことができます。そのため、症状がみられない方では、手術の必要性について、慎重に様子を見ながら検討するようおすすめすることが多いです。

*髄膜腫:脳を包む髄膜に生じる腫瘍であり、ほとんどが良性という特徴がある。
**下垂体腫瘍:脳の中央の底部にある下垂体(ホルモンを分泌する器官)に生じる良性の腫瘍。

体の負担が少ない「神経内視鏡手術」の特徴

これまで、脳腫瘍では、開頭して顕微鏡で術野(手術時に見えている部分)を拡大しながら腫瘍を摘出する顕微鏡下手術が一般的でした。近年、下垂体腫瘍などに対する手術では、こうした従来の手術法に代わり、内視鏡を用いた、鼻腔を経由した手術(神経内視鏡手術)が行われるようになってきています。神経内視鏡手術では、頭蓋骨の底面からの脳内の病変に到達することができるため、従来の開頭手術で確認しづらいような脳の深い部分に発生する髄膜腫や神経鞘腫などの頭蓋底腫瘍で有効です。欧米では、こうした腫瘍の手術は、開頭での顕微鏡手術から神経内視鏡手術に移行しつつあります。少しずつではありますが、神経内視鏡手術は、日本でも確実に増えているといっていいでしょう。

このように近年、我が国でも神経内視鏡手術が普及してきているのは、より患者さんの体に負担が少なく、安全に配慮した手術であるからだと考えています。また、こうしたディスプレーモニターを見ながら行う手術については、我々の世代の医師より、若い医師たちで圧倒的に修得が早いことも影響していると思っています。顕微鏡下手術の習熟には、一定の経験が必要です。私自身、顕微鏡で限られた術野を拡大して観察しながら手術を行うには、修得するのに数年かかったように思います。その一方で神経内視鏡手術では、広い術野を観察でき、若い医師の中には、数回の手術経験で、手術操作を修得してしまう人もいます。

顕微鏡下手術と神経内視鏡手術の違い

顕微鏡下手術には、限られた視野の中で手術を行うため、医師の手先の感覚やそれまでの経験などに基づく熟練した技術が必要だと考えています。術野を外から拡大して見ることができますが、腫瘍が深いところにある場合、手前にある脳や神経、血管に妨げられ、視野が限られてくるという難点もあります。視野を広げるためには、腫瘍の手前にあるこうした重要な解剖構造を細心の注意のもとで引っ張るような操作が必要な場合もあります。

一方、神経内視鏡手術は、脳の深いところまで内視鏡を到達させることで、広い範囲を確認できるのが特徴です。動脈や神経に腫瘍がくっついている場合でも、内視鏡で状態全体が一目瞭然なので、確実に剥がせるものか、剥がそうとするとリスクがあるものか判断することができ、無理のない手術が可能です。従来の手術法では「腫瘍の状態を正確に把握できないから」という理由で摘出できなかった腫瘍を、神経内視鏡手術では、安全に摘出することができます。

また、神経内視鏡手術は、開頭を行う場合でも、小さな皮膚切開と限られた大きさの開頭で手術することが可能です。神経や脳を引っ張るような操作も必要ないので、患者さんにとって負担の少ない手術が可能になるといえるでしょう。

複数の診療科が連携している医療機関をおすすめする理由

神経内視鏡手術を実施する医療機関を選ぶ際には、脳神経外科の中に、対応できる神経内視鏡手術を専門とする医師が複数いるところをおすすめしたいです。体に負担の少ない手術であるものの、下垂体や脳神経など、脳の中でも最も繊細な部分の病変に対する腫瘍が適応となることが多く、術後の患者さんの状態に即した、きめ細やか対応が迫られることがあります。そのような場合に、担当の医師が不在では、対応が遅れてしまう可能性があるでしょう。たとえば当センターでは4人の脳神経外科医が神経内視鏡手術にあたっており、チームで情報共有し診療を行っているため、いつでも患者さんの変化に対応できるような体制を築いています。

また、複数の診療科の医師が連携しているようなところであれば、より安心して治療を受けられると思います。たとえば当院の下垂体・内視鏡手術センターでは、下垂体の内分泌機能を熟知した専門の内分泌内科医や、術後の鼻の状態をケアを担当してくれる耳鼻科医、その他、眼科や小児科、放射線科など、複数の診療科の医師が連携しながら下垂体腫瘍や頭蓋底腫瘍の治療に取り組んでいます。実際の手術のみならず、術前から術後、退院後も、安心して治療を受けていただけるように取り組んでいます。

納得して治療を受けるために大切なこと

髄膜腫や下垂体腫瘍など脳腫瘍の診断を受けたら、治療の選択肢をきちんと説明してくれる医療機関を選ぶことが大切だと思います。良性腫瘍の場合は、手術に限らず、経過観察や放射線治療などの選択肢についても説明を受けるとよいでしょう。これらを十分理解した上で、治療を受けることができれば、ご自身の治療について、より安心かつ納得した上で、治療に臨むことができると思います。このためには、セカンドオピニオンで、主治医の先生以外の医師の意見を聞いてみることもおすすめです。複数の先生に相談することで、より納得して治療を受けられると思います。

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