2025年03月12日
2025年03月12日
更新履歴年齢が進むにつれて発症する人が多くなり、80歳以上のほぼ全員がかかる目の病気、「白内障」。濁った水晶体を人工のレンズに入れ替える手術が広く行われており、高齢化の加速と日帰り手術の手軽さも相まって、今や実施件数は年間180万件に迫る。すでに十分な安全性と信頼性の確立された手術だといえるだろう。
だが、この分野で豊富な診療実績を持つ新長田眼科病院(神戸市長田区)院長の椋野洋和(むくのひろかず)先生によれば、白内障にはたとえ自覚症状がなくても、早めに手術を検討するべきタイミングがあるという。人生の後半を楽しむために、白内障にどう対処すればよいのかを椋野先生に伺った。
新長田眼科病院院長 椋野洋和先生
白内障という目の病気は、よくカメラに例えて、被写体に向けるレンズが濁るようなものと説明されます。このような状態では視界がぼやけてしまい、よくない状態だとすぐに分かるでしょう。
実際、私たちの目にもレンズがあります。詳しくいえば、正面から見た眼球の中央に位置する角膜と、その奥に備わった水晶体の2つのレンズです。このうちの水晶体が灰白色に濁ってくることを、一般に白内障と呼んでいます。
白内障とは
水晶体はカメラでいうところの凸レンズに相当し、目に入ってくる光にピントを合わせ、眼球の奥にある網膜上に像(私たちが見ていると感じる色や形)を結ばせるはたらきがあります。その役割をきちんと果たすには、大きく分けて2つの条件をクリアしなければなりません。1つは、外からの光を通すために、透明であること。もう1つは、網膜にきれいな像が結ばれるように、光を屈折させることです。白内障の進行によって水晶体が濁ってくると、1つ目の「光を通す」という目の大切な機能が失われていきます。そこで、水晶体を人工のものに置き換えることで、レンズ本来のはたらきを回復させようとするのが白内障の手術です。
白内障になる原因は、1つではありません。おそらく、皆さんがもっとも思い当たるのは加齢ではないでしょうか。ですが、加齢のほかに、糖尿病やアトピー性皮膚炎、外傷によっても白内障を併発する場合があります。また、もともと近視が強い方、ステロイド薬を長期に使用している方は白内障が進行しやすいことが知られており、さらに紫外線によっても白内障が引き起こされます。
このように、たくさんの要因が私たちを取り巻いているので、ある程度の年齢になれば、白内障はほぼ全員に起こる病気と考えたほうが分かりやすいでしょう。程度の差はあれ、老眼が始まる頃には白内障も多少は出ているとみてよく、年を重ねると白髪が増えてくるのと同じだという認識で構わないと思います。
ここからは白内障の治療についてお話しします。冒頭で手術に少し触れましたが、薬では治せないのかと疑問に思った人がいるかもしれません。目にメスを入れるのは誰だって不安でしょうから、できればほかの手段でと思うのは当然といえます。しかし、はっきり申し上げて、白内障の方に点眼などを行っても焼け石に水、根本から治すことは不可能です。
水晶体の濁りはタンパク質の変成によって起こるのですが、一度変成したタンパク質は、今の技術は元に戻すことができません。よい例えではないかもしれませんが、生肉をいったん焼いた後、再び生肉に戻すのが不可能であるのと同じです。したがって、白内障は外科的な治療(手術)でしか治せないということになります。
今日、白内障の手術は飛躍的な進歩を遂げました。年間約180万件の手術が行われており、切開による傷口が小さいことや、専用の手術機器による効率性の高さにおいて、ほぼ完成されているといってよいと思います。
医療技術が進むのは大変喜ばしいことです。しかし一方で、日帰り手術の普及も相まってか、簡単な手術なのだろうというイメージが広がっていないかと危惧しています。実際、たやすい手術などありません。難易度は患者さんが10人いれば10とおり全て異なるからです。
たとえば、視力が急に落ちた場合には白内障が進んでいることが考えられ、手術の難易度も上がります。視力の低下だけが白内障の症状ではありませんが、病気の進行度を測るうえでは、やはり視力の変化に注意が必要です。難しいのは、視力が急に下がるといったサインがなく、本人は気付かないけれど、実は早く手術したほうがよい症例もあることです。そのように、白内障手術に適したタイミングがしばしば隠れていることを、ここ最近とても実感しています。
たとえば、加齢に伴って増えてくる前立腺肥大症の治療を受けている方は注意が必要です。この病気の薬を飲んでいる方の中には、瞳孔が広がりにくくなったり、手術中に瞳孔や虹彩(水晶体の前面にある薄い膜)に異常が生じたりして、手術の難易度が上がるケースがあります。そのため、これから前立腺肥大症の治療を始める方は、先に白内障手術を済ませておいたほうが安全かもしれません。これは泌尿器科の医師の間で認知が広まってきていることではありますが、まだ十分に共有されているとは限らないので、患者さんにもぜひ知っておいていただきたいです。
ほかにも、角膜の後ろと虹彩(水晶体の前面にある薄い膜)の間にある前房というレンズ形の空間が浅い(狭い)「浅前房(狭偶角)」の方や、瞳孔の縁や水晶体の前面などに白いフケ状の物質が沈着している「落屑症候群」の方は、白内障以外のリスクがあることや手術が難しくなることから、早めに医師に相談したようがよいでしょう。
目の部位
最後に、白内障手術のもう1つの側面である屈折矯正について触れておきましょう。手術で濁った水晶体の代わりに入れる人工レンズ(眼内レンズ)には、よく知られているように、単焦点のものと多焦点のものがあります。
単焦点レンズの場合は、遠くにピントが合うようにして、本や新聞を読むときは老眼鏡をかけるか、逆にピントを近くに合わせて、読書などは裸眼で行う代わりに普段は近視用の眼鏡をかけるか、患者さん一人ひとりのライフスタイルに適したレンズを選ぶことになります。
一方、多焦点レンズは、その名のとおり複数の距離にピントを合わせられるレンズです。遠方と中距離の2焦点や、遠方・中距離・近方の3焦点など、性能が異なるレンズの中から選択でき、眼鏡なしでの生活も可能になります。
単純に比較すると多焦点レンズのほうが優れているように思えますが、今もなお単焦点レンズが使われているのは、単に多焦点レンズよりも費用が安いからだけではありません。多焦点レンズを入れた方の中には、ごく少数ながら、気分が悪くなったり見え方が合わなくなったりといった不調を訴えるケースがあるのです。このため、再度手術をして、単焦点レンズに入れ替えることもあります。
いずれにせよ、ここで強調したいのは、適切な時期に白内障の治療を行うことがより安全な屈折矯正のためにも重要である、ということです。単焦点レンズか多焦点レンズかで迷う前に、早めに眼科を受診して、ご自分の目の今の状態を調べてもらってください。
白内障の手術はより安全で適切な時期に行うことが大切という話をしてきましたが、前立腺肥大症や浅前房の方、落屑症候群などの方も含め、患者さんが手術を受けるには、まず眼科を受診してもらわないことには始まりません。
目がどのように見えるかは、今後の生活の質に大きく影響します。それだけでなく、高齢期の転倒や骨折のリスクを増やさない、認知症の進行を早めないためにも、目を健やかに保つことは重要です。ある程度の年齢に達したら、一度受診されることを強くおすすめします。年齢の線引きは難しく、私はなるべく早いほうがよいと思いますが、遅くとも65歳からは定期的に診てもらってください。
普段、外来で患者さんに「早めに手術をしたほうがよいですよ」とすすめても、患者さんからすれば病院側の営業トークにしか聞こえないのではないかと思うと歯がゆくてたまりません。だからこそ、この場を借りて繰り返し呼びかけたいと思います。眼科に足を運んで、早い時期に白内障の診断を受けましょう。
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