医療法人社団倫生会みどり病院 院長 足立和正先生
動悸や息切れを「年のせい」と見過ごしていないだろうか。
その裏には、脳梗塞(のうこうそく)や突然死につながる「不整脈」が隠れていることがある。
早期発見の重要性や、近年の治療を大きく変えた「パルスフィールドアブレーション」まで、不整脈治療の今を医療法人社団倫生会みどり病院(神戸市西区)の院長、足立 和正(あだち かずまさ)先生に伺った。
そもそも不整脈とは何か、というお話からしましょう。不整脈は脈が乱れる状態の総称で、大きく分けて脈が速くなる「頻脈性不整脈」、遅くなる「徐脈性不整脈」、脈が飛ぶ「期外収縮」があります。また、頻脈性不整脈のみでも積極的な治療が必要なものとして、心臓の上の部屋にあたる心房が非常に速く無秩序に震える「心房細動」や、下の部屋である心室が同じように震える「心室細動」などがあります。
自分の日々の生活に不整脈なんて関係ない、と思う方は多いのではないでしょうか。しかし、1日中心電図を記録すると、ほとんどの方に何らかの不整脈がみられます。我々にとって不整脈は、実は身近なものなのです。
そもそも不整脈は、心臓を動かす体内の電気信号の乱れから生じます。
心臓には脈を作る「洞結節」という発電所のような場所があり、そこで生じた電気信号が変電所である「房室結節」を通って心臓全体に張り巡らされた電線に伝わり心臓を動かしています。
この過程のどこかでトラブルが生じると不整脈が起こります。発電所の働きが弱ると徐脈になりますし、異常な電気回路ができて電気が空回りすると頻脈を引き起こします。
なお、脳梗塞や心不全の原因となる心房細動は、日本に80~100万人ほどの患者さんがいるといわれています。また心房細動は70歳代では有病率が約2%ですが、欧米では80歳以上になると10人に1人くらいが罹患しており、日本でも13人に1人程度がかかっているという報告があります。心房細動は非常に身近な病気といってよいでしょう。
不整脈は、ご自身ではなかなか気付きにくいものです。「同世代の方より歩くペースが遅い」、「夜にトイレに起きる回数が増えた」といったことは実は不整脈のサインかもしれません。思い当たる方は、ぜひかかりつけの医師に相談していただきたいと思います。
最近増えているのが、ご家庭の血圧計に「不整脈」と表示されたり、スマートウォッチに通知が出たりすることがきっかけで受診される方です。血圧計もスマートウォッチも心電図機能はかなり正確で、実際に心房細動が見つかる方もいらっしゃいます。
これらを使って心房細動の通知が出た場合は、その画面をスマートフォンなどで撮影してかかりつけの先生に見せていただくことをおすすめします。
そもそも不整脈はなぜ生じるのでしょうか。その原因は加齢や体質、ストレス、高血圧や糖尿病といった生活習慣病など、実にさまざまです。
特に近年、心房細動との深い関係が注目されているのが「睡眠時無呼吸症候群」です。
寝ている間に呼吸が止まってしまうと、体内の酸素濃度がぐっと下がります。すると、体は生命の危機を感じて、今度は慌てて呼吸をしようと過剰にはたらき、心拍数が急上昇します。この呼吸の停止と再開の繰り返しが自律神経に大きな乱れを生じさせ、心臓に異常な電気信号を送る引き金となってしまうのです。
したがって、現在では心房細動の治療を行う際、睡眠時無呼吸症候群がないかを必ず調べます。もし無呼吸症候群があれば、そちらの治療も並行して行わないと、せっかく不整脈を治療しても再発してしまう可能性が高くなるからです。
不整脈の治療には主に、薬で症状を抑える薬物治療と、根治を目指す非薬物治療があります。この中で、心房細動の根治治療の柱となるのが「カテーテルアブレーション」です。
心房細動の根治治療へのアプローチが始まったのは1998年でした。この年、頻脈や不整脈のきっかけとなる異常な電気活動の約90%が「肺静脈」という場所から発生していることが発見されたのです。それ以来、肺静脈の異常な電気をいかにして断ち切るか、という方向で治療法が進化してきました。
私がこの治療を始めた2004年頃は、X線の透視画像とカテーテルが記録する心臓内の電気信号だけを頼りに、手探りで治療を行っていました。その後、カーナビのように心臓の立体画像上でカテーテルの位置を正確に把握する「3Dマッピングシステム」が登場したことで、治療の精度と安全性が大きく向上し、現在に至ります。
また、電気を断ち切るための方法としては、当初は高周波電流で原因となる心筋を「焼く」方法が主流でしたが、これには課題もありました。心臓のすぐ隣には食道や神経があり、焼いた際の熱がそれらに影響を与えてしまう危険性があったのです。
そのリスクを劇的に下げたのが、近年登場した「パルスフィールドアブレーション」という新しい技術です。これは熱ではなく、特殊な電気パルスを用いて標的である心筋細胞だけにダメージを与える治療法です。周りの食道や神経などには基本的に影響を与えないため、これまでよりも安全な治療が実現しました。
もちろん、この新しい治療法にも弱点はあります。たとえば、心房細動の原因となっている場所が肺静脈ではなく別の場所にある方の場合、従来の治療も含め、その方にとって最もよいと考えられる方法を組み合わせて治療を行うことになります。
脈が遅くなる徐脈性不整脈の場合、治療の第一選択は「ペースメーカー」になります。従来は鎖骨の下の皮膚に本体を植え込み、そこからリードと呼ばれる電線を血管を通して心臓まで入れていました。しかしこの方法では、植え込んだ部分の感染リスクやリードが断線するリスクが常にありました。
そうした課題を解決したのが、カプセル型の「リードレスペースメーカー」です(下の写真参照)。これは、カテーテルを使って太ももの付け根から挿入し、心臓の内部に直接固定する小さな機器です。体内に完全に収まり、外から触っても分かりません。感染のリスクが低く、体を大きく動かすスポーツをしても断線の心配がないため、患者さんの生活の質を大きく向上させることができます。
これまでカテーテル治療やペースメーカーといった治療法についてお話ししましたが、それらが必要になる前に、ご自身の体のサインに気付くことが何よりも重要です。不整脈が原因で起こる症状はさまざまですが、その中でも最も注意が必要で、絶対に見逃してはいけないのが「意識を失う」こと、つまり失神です。
原因不明のまま失神を繰り返す場合、その裏には心臓の異常が隠れている可能性があります。特に心臓が原因の失神は、突然死につながる危険な不整脈の前触れであることもあるのです。
しかし、原因を特定するうえで鍵となるのは、意識を失ったまさにその瞬間の心電図を捉えることです。失神はいつ起こるか予測がつかないため、病院での短時間の検査中に都合よく発作が起きることはほとんどなく、原因の特定が難しいのが現状といえるでしょう。
そうした場合に有効なのが、「植込み型心臓モニタ」という小さな検査機器です。これを胸の皮膚の下に植え込むことで、最長数年間にわたって心電図を記録し続けることができ、失神が起きた瞬間の心臓の状態を捉え、正確な診断と適切な治療につなげることが可能になります。
不整脈と診断されても全てが不整脈といっても全てが危険なわけではありません。期外収縮のように治療が不要な場合もあります。
ただし突然死につながるタイプもあるため、「過度に恐れず、しかし侮らず」向き合うことが大切です。
「この程度の症状で病院に行ってよいのだろうか」とためらわれる方もいるかもしれません。ですが、その症状が大丈夫なものか、あるいは危険なものかを判断するのが私たち医師の仕事です。どんな些細なことでも構いません。何か気になることがあれば、どうぞためらわずに専門の医療機関を受診してください。
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