新百合ヶ丘総合病院 仲野 雅幸先生、眞木 二葉先生
手がふるえて文字が書けない、食事でコップがうまく持てない――。そんな症状に悩まされながら、「年のせいだ」「緊張しやすい性格だから」と諦めてはいないだろうか。そのふるえは「本態性振戦」という治療可能な病気が原因かもしれない。
近年、薬物治療で改善しない場合の選択肢として、メスを使わずに超音波で脳の特定部位にアプローチする「FUS(集束超音波治療)」が登場し、新たな選択肢として広がりつつある。
ふるえは本当に治療できるのか。新百合ヶ丘総合病院(川崎市麻生区)で本態性振戦の治療に携わる仲野 雅幸(なかの まさゆき)先生と眞木 二葉(まき ふたば)先生に、本態性振戦という病気の概要と治療の選択肢について詳しく話を伺った。
「字が思うように書けない」「お茶を飲もうとすると、コップが揺れてしまう」。
当院の脳神経内科・脳神経外科にいらっしゃる方には、このように自分の意思とは関係なく、手や体が小刻みに動いてしまう「ふるえ」に悩む方が少なくありません。
もちろん、寒さを感じたときや、人前で緊張したときに手がふるえるのは、誰にでも起こる自然な反応です。しかし、そのような状況ではないにもかかわらず、動作をするたびにふるえが起きて生活に支障をきたしている場合、「本態性振戦」という病気の可能性があります。
本態性振戦のつらいところは、周囲から誤解されやすい点です。患者さんの中には、「気持ちの問題だろう」「もっとしっかりすれば治る」と言われて、精神的な弱さと結びつけられてしまい、長い間1人で悩み続けてきた方もいます。しかし、本態性振戦は決して心の病気ではありません。
さらにもう1つ、誤解を招きやすい特徴があります。一部の患者さんでは「お酒を飲むとふるえが一時的に和らぐ」ことがあるため、周囲からアルコール依存症を疑われてしまうことがある点です。なお、これはリラックス効果による一時的な変化にすぎず、飲みすぎた翌日にはふるえが強くなる「リバウンド」が起きることもあります。
ふるえの原因はさまざまです。私たちは診断の際、まずパーキンソン病や甲状腺の病気、薬の副作用など、ふるえの背景を入念に調べます。たとえば、本態性振戦は「何かをしようとしたとき」に出やすいのに対し、パーキンソン病によるふるえは「安静にしているとき」に強く現れるという違いがあります。こうした特徴を見極めながらふるえの原因を見極め、患者さん一人ひとりに合った治療法を検討します。
本態性振戦と診断された場合、まずは薬による治療を行います。
多くの場合、最初にβ遮断薬という薬を使用します。ただし、喘息や心不全といった持病がある方には使えないため、そのような場合には保険適用外となりますが抗てんかん薬を少量から始めるなど、患者さんの体の状態に合わせて薬を調整します。
薬で十分に症状を抑え、日常生活を大きく改善できることもありますが、薬だけでは思うようにコントロールできない方には外科的治療を検討します。
外科的治療と聞くと大がかりに感じられるかもしれませんが、現在は大きく分けて3つの方法があり、体にかかる負担の程度は異なります。
1つ目は「RF(高周波凝固術)」です。数十年以上の長い歴史がある治療で、脳に細い電極を挿入し、ふるえの原因となる部分を熱で凝固させます。
2つ目は「DBS(脳深部刺激療法)」です。RFと同様に電極を入れますが、熱ではなく電気の刺激を送って神経の活動を調整し、ふるえを抑えます。
3つ目は「FUS(集束超音波治療)」と呼ばれる方法で、メスを使わず、集めた収束させた超音波で、体の外から脳の特定の場所に熱を加えます。
それぞれの治療法に長所と注意点があります。どの方法を選ぶかは患者さんの症状や生活の状況を踏まえて、医師と一緒にじっくり検討することが大切です。
3つの治療法の中でも、FUSは体を切らずに行える新しいタイプの治療法です。
仕組みをイメージすると、虫眼鏡で太陽の光を一点に集めるようなものに近いでしょう。1,000本ほどの超音波を、頭蓋骨(ずがいこつ)を通して脳の特定の部位に集中させ、そこで発生する熱でふるえの症状を抑えます。皮膚を切る必要も、頭に穴を開ける必要もありません。頭にフレームを装着して位置を決めたり、MRIを撮影したりする準備の時間も含め、治療は3時間ほどで終わります。
治療中には超音波の熱によって痛みを感じることがあります。そのため、患者さんができるだけ楽に治療を受けられるように、当院では麻酔科の医師と協力しながら点滴で鎮静薬を使う体制を整えています。
ただし、FUSにはいくつかの注意点もあります。1つ目は、治療の際に髪の毛を全て剃る必要があることです。特に髪を長く伸ばしている方にとっては、とても悩ましい点でしょう。
2つ目は、誰でも受けられる治療ではないという点です。たまに超音波が通りにくい頭蓋骨の方がいらっしゃるのですが、そのような方にFUSは十分な効果が得られません。そのため、事前にCT検査で「頭蓋骨密度比」という数値を確認し、FUSが適しているかを判断する必要があります。
そして、3つ目が保険適用の制限がある点です。FUSは公的保険が適用されますが、現状では「生涯に一度きり」と定められています。将来、もしふるえが再発した場合でも、公的保険で再びFUSを受けることはできません。
RF、DBS、FUSの3つの治療法には、それぞれに特徴があり、一概にどれが1番よいとはいえません。大切なのは、ご自身の体の状態や生活のスタイルに合った方法を選ぶことです。
各治療法の特徴を表でまとめると、以下のようになります。

* 仲野先生による目安の数字です
** 改善度:本態性振戦などの症状評価スコア(CRST)を用い、治療前と治療後のスコアの変化から算出した「どれだけ症状が軽くなったか」の割合を示します。(Dallapiazza RF, Lee DJ, De vloo P, et al. J Neurol Neurosurg Psychiatry 90:474–482,2019)
効果の数字だけを見ると、RF治療の成績が最も高く、FUSはやや低くなっています。しかし、これはFUSが頭蓋骨の条件に左右されやすく、個人差が出やすいことが影響しており、適した条件を満たしている方には効果が期待できます。
また、治療を受ける年齢によっても選択肢は変わります。年を重ねると脳が萎縮したり脆弱となったりするため、RFやDBSのように脳に電極を入れる方法では、手術の精度が低下したり出血のリスクが高くなったりします。一方で、FUSには年齢制限が特にないため、これまで年齢を理由に手術を諦めてきた方にとって有力な選択肢となるでしょう。
ふるえは「気のせい」や「我慢すべきもの」ではなく、治療の対象となる症状です。かつては治らないと考えられていた時代もありましたが、現在はさまざまな治療の選択肢があります。
ふるえに悩んでいる方は、まずは身近なかかりつけの先生や脳神経内科に相談してみてください。必要に応じて、当院のように専門的な治療を行う病院が紹介されるでしょう。年齢や体の状態、症状の特徴によって選ぶ治療は変わるため、一人ひとりに合った方法を見極めることが何より大切です。
取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。