細木病院 院長 細木信吾先生(細木病院ご提供)
日本の高齢化に伴い、「心不全パンデミック」が静かに、しかし確実に社会問題化している。心臓が弱り、息切れやむくみを繰り返す心不全は、一度発症すると再発しやすい厄介な病気だ。その主な原因は、狭心症や心筋梗塞だけでなく、多くの人が抱える「高血圧」や「糖尿病」にもあるという。
高知県高知市で心臓病の治療や予防に精力的に取り組んでいる細木病院の院長、細木 信吾(ほそぎ しんご)先生に、私たちが知るべき心不全の真実と、未来の自分を守るための具体的な予防アクション、心不全を防ぐための地域の医療機関の取り組みの例などについて伺った。
最近、ご高齢の方で心不全患者さんが大幅に増えることを意味する「心不全パンデミック」という言葉をよく耳にするようになりました。心不全は、心臓のポンプ機能が弱ってしまい、うまく血液を全身に送り出せなくなった結果、息切れやむくみなどの症状が出る状態のことです。
心不全の原因は弁膜症、不整脈などさまざまですが、特に気を付けたいのは狭心症と心筋梗塞でしょう。
狭心症は心臓を養っている血管(冠動脈)が細くなって血流が不足し、胸の痛みや圧迫感を引き起こす病気です。一方、心筋梗塞は冠動脈が突然詰まり、心臓の筋肉に酸素と栄養が届かなくなる病気で、発症すると約20%の患者さんが命を落とします。
狭心症が続くと心筋梗塞に進展することもありますが、心筋梗塞の半数ほどの患者さんは狭心症の症状がなく、突然心筋梗塞を起こすとされています。
また、最近増えているのは、「HFpEF」と呼ばれる、心臓の動きが保たれているタイプの心不全です。一度かかると何度も再発しやすいのが特徴で、発症後はご本人もご家族も大変な思いをされることが少なくありません。当院でも、80歳代、90歳代の方々がこのタイプの心不全で入退院を繰り返されるケースが非常に増えています。
心不全にならないためのカギを握るのが「予防」です。心不全の予防には、そもそも心不全にならないための「一次予防」と、再発を防ぐための「二次予防」があり、どちらも心不全の恐怖から我々を守るために非常に重要な役割を果たしています。
一次予防のポイントは、高血圧の状態を放置しないようにすることです。そのために重要なのは、血圧を正常に管理するよう、生活習慣を改善して、それでも血圧が高いようなら薬をきちんと飲んでいただくことです。高血圧の薬を内服している患者さんから「この薬はいつまで飲むんですか?」とよく質問されますが、高血圧の治療は単に血圧の数字を下げることが目標ではなく、将来起こり得る心不全という命に関わる病気を予防している、という意識を持っていただきたいと思います。
血圧のコントロールのためには、まず、ご自身の血圧を正しく知ることが重要です。脳梗塞や心筋梗塞は、血圧が変動しやすい明け方に起こりやすく、その時間帯に血圧が下がらない人はリスクが高まります。私は患者さんに毎日必ず朝の血圧を測るようお願いしています。測るタイミングにも少しコツがあって、朝起きて1時間以内、トイレを済ませて、朝食やお薬を飲む前に測るのがよいでしょう。
最近の家庭用血圧計はとても便利で、測定中に不規則な脈を検知すると知らせてくれるものもあります。それがきっかけで「心房細動」という不整脈が見つかる方もいらっしゃいます。また、血圧計には、手首で測るタイプ、肘で測るタイプ(上腕式)がありますが、正確さから上腕式が推奨されています。まだ血圧計をお持ちでない方は、ぜひ、上腕式血圧計を購入することをおすすめします。
「一次予防」で血圧のコントロールと並んで重要なのが、年に一度の健康診断です。当院へ心筋梗塞で救急搬送された患者さんには、実は高血圧がずっと放置されていた、というケースが本当に少なくありません。健診を受けていればもっと早く介入できたかもしれないのに、と悔しい思いをすることもあります。「自分は大丈夫」という思い込みを捨て、ぜひ毎年健康診断を受けていただきたいです。
前述したように、心不全は繰り返す方が多い病気です。ここで大事になるのが、再発を防ぐための「二次予防」です。
二次予防の柱は、外科手術やカテーテル治療が終わった直後から始まる「心臓リハビリテーション(心リハ)」です。これは単なる運動だけではなく、食事や服薬の管理、心のケアまで含めた総合的なプログラムで、社会復帰と再発防止を目指します。たとえば当院が提供する心リハでは、専属の医師、看護師、理学療法士、薬剤師、管理栄養士まで多職種が連携して患者さんの再発予防にあたっています。
なお、二次予防は1つの病院だけでできるものではありません。急性期の治療のための入院中に毎日行っていた心リハを継続的に患者さんに行っていただくためには、地域のクリニックの先生方と協力、連携し、患者さんを見ていく体制が重要になります。
病院と地域のクリニックとの連携のあり方として、我々細木病院の取り組みを紹介します。
我々は、地域の心臓病の患者さんがお元気にご自宅で過ごせるよう、「ほそぎハートアライアンス」という、クリニックの先生方と私たちの顔が見える定期的なカンファレンスを院内で開催しています。このアライアンスでは、ご紹介いただいた患者さんや心臓病のトピックスについての情報を共有しています。普段はクリニックで診察をして薬を出していただく一方、当院では心リハを行い、何か問題が生じたときにはいつでも当院で対応するといった、地域全体で予防、急性期治療、慢性期の管理まで行う、地域チーム医療に取り組んでいます。
また、我々は医療機関の枠を越えて、行政や教育機関など地域そのものにも関わり、高血圧や心不全といった病気の正しい知識を持っていただくことも大切だと考えています。その具体策として行っているのが、「まっこと出前講座」や当院が委託を受けている「地域包括支援センター」での取り組みです。
「まっこと出前講座」では、地域の方々からの要望を受けて、当院のスタッフが公民館や学校に出向き、無料でさまざまな健康啓発のお話をさせていただきます。また、高齢化が進んでも、子どもたちが高齢者を支える未来を目指して、近所の小学校や中学校で、「認知症サポーター養成講座」を授業の一環として行っています。今後、授業の中で高血圧などの生活習慣病に関する内容へ広げていければと考えています。どの取り組みも地域の皆さんから好評をいただいています。
実は、我々の病院がある高知県は健康診断受診率が低いという課題があります。このような地道な啓発の取り組みこそが高知市の健診受診率を向上させ、高血圧の早期発見や心不全を減らす未来につながっていくと確信しています。
高血圧や心不全を含む心臓病を防ぐには、皆さん一人ひとりが病気に対する正しい知識を持ち、予防と早期発見に努めることが欠かせません。適正体重を保ち、血圧や血糖、脂質を管理すること。そして喫煙は心臓病の原因になりうることを理解し、禁煙外来の受診なども含めてたばこをやめる努力をしていただきたいと思います。
健康診断で早期発見に努め、異常が見つかったら放置せずに医師に相談する。その積み重ねが、心不全パンデミックを乗り越える大きな力になると信じています。
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