埼玉東部循環器病院 理事長 李武志先生
「最近、階段を上るのがつらい」「少し動くと胸が苦しい」こうした症状を、単なる年齢のせいだと片付けてはいないだろうか。
実はこうした違和感は、突然死の大きな原因とされる心臓の病気(心血管疾患)の前触れの可能性もあるという。心血管疾患の多くは予兆があるが、休めば症状が消えるため重大な病気と気付かれにくい側面もある。
病気の進行を防ぐには、生活習慣の見直しや早めの受診が欠かせない。心臓の小さなサインをどう受け止め、どう備えるべきか。埼玉東部循環器病院の理事長・李 武志(り たけし)先生に話を伺った。
心臓の病気に対して、「ある日突然、胸を押さえて倒れる」というイメージを持つ方も多いのではないでしょうか。確かに心血管疾患は突然死の大きな原因の1つのため、そのようなイメージも間違いではありませんが、実際には多くのケースで小さな兆候が現れているのです。
代表的な心臓の病気には、心筋梗塞(しんきんこうそく)や狭心症といった虚血性心疾患をはじめ、心臓弁膜症や心筋症、心不全などが挙げられます。特に虚血性心疾患は、動脈硬化などによって心臓の筋肉に十分な血液が届かなくなることで発症し、命に関わる突然死の原因となることもあります。
こうした病気の前ぶれとして最も多いのが、胸の圧迫感や痛みです。たとえば、急いで歩いたり階段を駆け上がったりと、少し心臓に無理をさせたときに症状が出るケースが多くみられます。ただ、休むと数分で治まることが多いため、深刻な病気だと気付かずに放置してしまうことも少なくありません。
また、症状の感じ方や現れ方は人によって異なります。「胸の痛み」として自覚する方もいれば、「呼吸が苦しい」と感じて呼吸器の病気と思い込んでしまう方もいるため、自己判断は難しいのが実情です。特に高齢の方は「年齢のせい」と考えて我慢してしまい、受診が遅れることがあるため注意が必要です。
心臓の病気と聞くと、大がかりな外科手術を思い浮かべ、不安を感じる方も少なくありません。実際、胸部を開いて行う従来の心臓手術は難易度が高く、心臓手術の死亡率は10%にも上る場合があります。
しかし現在、心血管疾患の治療方法は大きく進歩しました。手首や足の付け根から細い管(カテーテル)を入れて、狭くなった血管を広げる「カテーテル治療」が、心筋梗塞や狭心症の多くで行われるようになっています。カテーテル治療は患者さんの体にかかる負担を大きく抑えられ、開胸手術に比べて安全性も高まるという、非常に優れた方法といえるでしょう。
もちろん、全ての方にカテーテル治療が適しているわけではありません。血管の広い範囲に病変がある場合には、カテーテル治療を行っても再発の可能性が残る場合があります。そのような場合には、再発のリスクが低い「外科手術(バイパス手術)」を検討することもあります。
いずれの方法を選ぶにしても、まずは冠動脈CTや心エコー(超音波検査)などの精密検査で、心臓の状態を正確に把握することが大前提です。診断技術の進歩により、心臓の病気を見落とすことはほとんどなくなり、患者さん一人ひとりの状態に合わせて、適した治療法を提案できるようになっています。
とはいえ、どれだけ治療技術が進歩したとしても、病気にならないことのほうが重要であることは間違いありません。心筋梗塞や狭心症の多くは、生活習慣の乱れから進行する「動脈硬化」が大きな原因です。動脈硬化が進むと血管が硬く狭くなり、心臓に必要な血液が届かなくなることで発症につながります。そのため、日々の食生活や運動習慣を見直して、動脈硬化を予防することが重要です。
たとえば血液検査でコレステロール値が高いことが分かった場合は、野菜を多く取り、揚げ物や脂っこい食品は控えましょう。さらに、毎日のウォーキングや軽い運動を続けることも、動脈硬化の進行を遅らせる有効な方法です。
しかし、たとえ気をつけていたとしても、自覚症状がないまま心筋梗塞や狭心症が進行し、命に関わる状態になってしまうことがあります。そんな状況を避けるために私が最も有効だと考えているのが、「心臓ドック」を受けて症状が出る前に心臓のリスクを発見することです。
検査技術や機器の進歩により、心臓ドックは以前に比べて短時間のうちに精度高く検査ができるようになりました。たとえば当院の心臓ドックでは、1日で心臓に病気が隠れていないかを詳細に調べることができます*。実際、心臓の症状がまったくない方が心臓ドックを受けたことで重大な病気を見つけることができ、早期の治療につながった例も多くあります。
それにもかかわらず、心臓ドックを受ける方は非常に少ないのが現状です。理由の1つは「心臓を調べるのが怖い」「もし異常が見つかったらどうしよう」といった心理的な不安だと考えています。当院でも心臓ドックは年間で十数人ほどしか受診されません。それほどまでに、症状が出る前に自分の心臓を確認することの重要性が十分に知られていないのです。
特に心臓ドックの受診を検討していただきたいのは、ご家族に心筋梗塞や不整脈で亡くなった方がいる場合です。心臓の病気には、遺伝的な要因も大きく関わっているからです。また、糖尿病や脂質異常症、肥満といった生活習慣病がある方もリスクが高いため、3~4年に一度は心臓の状態を確認されることをおすすめします。
*心臓ドックは自由診療です(埼玉東部循環器病院での心臓ドック費用:12,000円(税込))
胸の痛みや圧迫感、息切れといった症状は、心臓からの大切なサインである可能性があります。心血管疾患は多くの場合で何らかの予兆がみられますし、症状が現れた時点で、すでに病状が進行していることも少なくありません。小さな変化でも「自分で判断して大丈夫」と思い込まず、専門の医療機関にぜひ相談してください。
「こんなことで病院に行ってもよいのだろうか」とためらう必要はありません。実際に来院された方の多くは、検査を受けて心臓に異常がないことが分かり、安心して笑顔で帰っていかれます。その安心感を得られるだけでも、検査を受ける意味は十分にあるでしょう。
心血管疾患の原因はもちろん、その症状が危険なものかどうかを自分で見極めるのは難しいものです。胸の違和感は1人で抱え込まず、気軽に専門の医療機関を頼ってください。
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