北海道消化器科病院 森田 高行理事長(左)、岡村 圭祐副院長(右)
手術支援ロボットといえば「ダビンチ」の名が広く知られているが、近年では国産の「hinotori」も注目を集めている。泌尿器科や婦人科だけでなく、消化器外科の領域でも導入が進みつつあり、ロボット技術の恩恵がより多くの患者に届く時代が来ているといえるだろう。
ロボットを用いた手術は、術者の操作性や患者への負担が少ない低侵襲性という観点からさまざまなメリットがある。ロボット技術が広げる医療の可能性と、導入後のリアルな手応えについて、消化器疾患を専門とする北海道消化器科病院(札幌市東区)の森田 高行(もりた たかゆき)理事長と岡村 圭祐(おかむら けいすけ)副院長に伺った。
ロボット支援手術の話をする前に、まずは消化器のがんの治療法全体について説明します。
消化器のがんは、胃や大腸、食道、肝臓、膵臓(すいぞう)など多くの臓器に発生します。そのため、症例に応じたさまざまな治療法があり、がんの進行度や部位に応じて、内視鏡、腹腔鏡(ふくくうきょう)、開腹といった手術法を使い分けることが基本になります。
早期の胃がんや大腸がんであれば、内視鏡的な切除が可能なことが多くなります。EMR(内視鏡的粘膜切除術)やESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)といった方法があり、2cmを超える病変でも内視鏡だけで切除することがあります。また、食道がんの場合にもEMRやESDが用いられており、高度な技術を要するものの比較的大きな病変であっても切除が可能です。
ただし、病変が進行していたり、他の臓器に浸潤していたりする場合は、腹腔鏡や開腹による外科的手術が必要になります。このように消化器がんの治療は、状態に応じて手術法の使い分けが求められる領域です。
消化器がんの手術においては現在、大腸がんや胃がんを中心に腹腔鏡手術が行われることが増えています。腹腔鏡手術はごく小さな創(きず)を数か所設けて手術を行うため体への負担が少なく回復も早い一方、手術器具の操作が難しく、術者の経験や姿勢によっては術者の負担が大きくなりがちです。こうした課題を補う手段として、ロボット支援手術が登場しました。
ロボット支援手術は、ロボットアームに手術機器を固定し、術者が操縦することで手術が可能となります。術者側のメリットとして、操作の正確性が高く、カメラの視野も広く、術中の体勢が安定しとても楽になります。従来の腹腔鏡では姿勢が崩れやすかったり、視野の調整に手間がかかったりする場面もありましたが、ロボットであればモニター越しでも自分の感覚に近い操作が可能になります。
また、ロボットによる精緻な操作により、より安全で丁寧な手術が期待できるようになります。術後の合併症のリスク軽減などにもつながるとされ、医療全体の質の底上げに寄与する技術だといえるでしょう。
ロボット支援手術といえば米国製の「ダビンチ」が広く使われていますが、「hinotori」は日本の医療現場に合わせて開発された国産機です。導入コストが抑えられている点や、コンパクトな設計で既存の手術室を大きく改修せずに導入できる点が特徴的です。
また、hinotoriはアームの関節数が多く、より繊細な動作が可能とされています。さらに、国産メーカーによる迅速な対応体制が整っているため、トラブル時のサポートもスムーズです。これは、日々の診療を止めることができない現場にとって非常に大きな安心材料になります。
一方で、現時点では使える器具がまだ限られているという課題もあります。たとえば、血管を凝固切開(シール)する装置や、術者が操作できる自動縫合器(ステープラー)など、他メーカーの機種に搭載されている機能が今後追加されることが期待されています。
私たちの病院では、2024年に「hinotori」を導入しました。消化器外科の単科病院としては、全国でも比較的早い段階での導入だったかと思います。導入から1年で、直腸がん30例、胃がん10例のロボット支援手術を実施しました。
症例数は決して多いとはいえませんが、これは保険診療上の制約が一因です。特に結腸がんについては、一定の症例数になるまでは病院側が費用を負担する必要があり、広く実施するにはハードルが高いのが実情です。それでも、安全に手術を行い、合併症の報告もないという点では、導入初期としてはよいスタートを切れていると感じています。
患者さんの反応も前向きで、「ロボットで手術してほしい」と希望されて当院へ紹介される方も出てきました。紹介元の診療所でも、「小さな傷で丁寧な手術をしてくれる」という認識が広がってきていると感じます。
ロボット支援手術は医師にとっても魅力的な技術です。ロボット支援手術を行うには資格取得が必要で、当院でも当初は限られた術者だけで対応していましたが、今年(2025年)から若手医師にも術者資格を取ってもらう体制が整ってきました。腹腔鏡だけでなく、ロボットという選択肢を持つことで若手医師の育成にもつながると感じています。
一方で、ロボット支援手術一辺倒になってしまうことには懸念もあります。ロボットでの手術経験しか持たない医師では、開腹手術が必要になったときに対応が難しくなる可能性があります。腹腔鏡や開腹といった手技とのバランスを取りながら、ロボット支援手術の技術を磨いていくことが重要です。
ロボット支援手術は開腹手術に近い感覚があると感じています。特に目の前で丁寧に剥離していく作業や、神経近くの操作など、繊細な部分においては共通点が多い印象です。経験を積むことで、術者としての引き出しが増えるのは間違いありません。
「hinotori」のような国産ロボットがしっかりと稼働し、実績を積んでいくことは、私たち国内の医療者にとっても心強いことです。日本の患者さんに合った設計やサポートを受けられるというのは、非常に意味があると感じています。当院としても、症例を重ね、成績をしっかり示していくことで、国産ロボットの価値を高めていきたいと思っています。
ロボット支援手術が特別なものではなく、日常的に安心して受けられるものとして広まっていく――。その一端を、私たちが担っていけたら嬉しいかぎりです。
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