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次世代の手術支援ロボットを目指して―初の国産ロボット「hinotori」導入の理由

公開日

2024年07月18日

更新日

2024年07月18日

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2024年07月18日

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近年、がんを中心に手術支援ロボットを使った手術が普及してきています。手術支援ロボットとして米国インテュイティブサージカル社の「Da Vinci サージカルシステム(以下ダヴィンチ)」が国内外で圧倒的なシェアを占めるなか、2020年に国産初の手術支援ロボット「hinotoriサージカルロボットシステム(以下hinotori)」が製造販売承認を受けました。川崎重工とシスメックスの共同出資により設立されたメディカロイド社(本社:神戸市中央区)が開発し、東京歯科大学 市川総合病院では2022年にhinotoriを導入しました。泌尿器科の腹腔鏡下手術(ふくくうきょうかしゅじゅつ)で多くの経験を培ってきた同院泌尿器科の中川健先生にhinotoriを導入した理由、外科医として手術にかける思いなどを聞きました。

“操作アーム”からの脱却を目指す

hinotoriを導入した大きな理由は、今の手術支援ロボットを将来的に「本物のロボット」に発展させていくうえで、国内メーカーのほうが私たち医師の意見や要望を聞き入れてもらいやすいと感じたからです。私が思い描く「本物のロボット」とは、術者が操作するものではなく、ロボット自身が自律的に手術をする機器です。今の手術支援ロボットはどれもマスタースレーブ型*の操作アームとしては秀逸な機器だと思いますが、術者の技量によって手術のクオリティが左右されてしまう点は、どの手術支援ロボットを使おうと変わりません。漫画「ブラック・ジャック」でブラック・ジャック医師が自分で自分の手術を行うシーンが描かれているように、私も自分が手術を受けるなら自分の手術を受けたいと思っています。無論、そのようなことは不可能ですが、もしも自分の手術操作ログをロボットに読み込ませて手術を行うことができれば、夢のような話ではなくなります。

*マスタースレーブ型:機器の制御・操作を司るマスター機と制御下で動作するスレーブ機により複数の機器が協働動作すること。

「“日本発”を打ち出していきたい」という若い頃から抱いていた思いも、hinotoriを選んだ理由の1つです。医師になって間もないときから、教授をはじめ周りの医師たちがアメリカの医療機器を使っているのを見ていて、「日本はこれほど科学技術が発展しているのになぜアメリカの機器を使わなければならないのだ」と悔しい思いを持っていました。後に私が「経尿道的バイポーラ前立腺核出術(TUEB:チューブ)」という前立腺肥大症の術式を編み出して治療機器の開発に携わったのも、そして今回、国産初の手術支援ロボットであるhinotoriを導入することで開発に協力したいと思ったのも、こうした思いがあったからです。

泌尿器手術におけるhinotoriの利点は

ダヴィンチもhinotoriも性能面において大きな違いはないと思いますが、hinotoriの特長の1つとして、アームがコンパクトで自由度が高いことが挙げられます。そのため、前立腺がんの摘出術において理想的なアプローチ方法である「腹膜外到達法(腹膜*の外側の狭いスペースから前立腺に到達する方法)」を行いやすいという利点があります。ダヴィンチはhinotoriに比べてアームが大きいため、狭いスペースで操作する腹膜外到達法で行うのが難しく、多くの場合「経腹膜到達法(腹膜内を通って前立腺に到達する方法)」というアプローチ方法がとられます。しかし、経腹膜到達法では器具がお腹の中を通る際に、腸管を傷つけたり腸閉塞を起こしたりするリスクがあります。こうした理由から、前立腺がんの摘出術は腹膜外到達法で行うほうがよいと私は考えており、その点においてhinotoriのほうが適していると思います。まだ完璧ではないものの、最近ではアーム同士の相互干渉を避けるようなシステムも組み込まれてきています。

*腹膜:胃や腸などの臓器とお腹の壁の内側を覆う薄い膜のこと

腹腔鏡下手術にこだわり続けてきた理由

私は2000年代初頭に日本で初めて慶應義塾大学で前立腺全摘除術のロボット支援下手術を行いましたが、以降これまでロボット支援下手術ではなく、腹腔鏡下手術を積極的に行ってきました。2つの手術方法の大きな違いは「触覚」にあります。ロボット支援下手術では患者から離れた場所で遠隔操作して手術を行うため、これまで普及してきた手術支援ロボットでは触覚を感じることはできませんでした*。外科手術では視野をクリアに保つためにもいかに出血を抑えられるかが重要であり、出血をほとんど起こさないような精密な手術を実現するためには、臓器に触れた感触が得られる腹腔鏡下手術にメリットを感じてきたのです。実際、私はこれまでに前立腺がんの腹腔鏡下手術を1000例以上行ってきましたが、そのうち輸血を要したのは3例のみです(2024年現在)。出血を最小限にするためには、どのようなエネルギーデバイス(組織を切ったり止血をしたりする器具)を使うかも大切です。腹腔鏡下手術では自身がよいと思えるエネルギーデバイスを自由に使えることも、腹腔鏡下手術にこだわり続けてきた理由です。また、現在多くの施設で行われている泌尿器科のロボット支援下手術では、通常6つ(または5つ)の穴を開けますが**、腹腔鏡下手術であればそれよりも少なくて済むことがほとんどです。

手術支援ロボットには手ぶれ補正など術者の手の動きをサポートしてくれる機能もあるので、腹腔鏡下手術よりも質の高い手術ができるという意見もあるでしょう。だからこそこれだけ普及したのだと思いますが、私自身は腹腔鏡下手術で十分に手が動く感覚があるので、これまで腹腔鏡下手術で手術経験を培ってきました。

*2023年5月に触覚を有する手術支援ロボット「Saroaサージカルシステム」が製造販売承認を取得している

**2023年1月に日本で承認されたダヴィンチSPは最小1つの切開創で手術を行うことが可能

外科医が追求するべくは「安全・根治・低侵襲」

外科医の仕事は、一度の手術で安全に病気を根治させることです。これを外科医は絶対に放棄してはなりません。再手術は患者さんにとって大きな負担となりますし、麻酔をかけること自体がリスクを伴う処置ですから、一度の治療で根治を目指すべきなのです。そのうえで、患者さんにとってできるだけ負担の少ない低侵襲手術でこれを実現するべきだと考えています。腹腔鏡下手術を始めたのは「患者さんのために痛くない治療をしたい」と思ったことがきっかけでした。私自身も痛いのは嫌いですし、誰しも痛みが少なく手術を受けたいと思うはずです。整容面に考慮した手術をしたいというのも持ち続けてきた思いです。私は腎臓を摘出する腹腔鏡下手術を行う場合、おへそに約5mm、お腹に約5mmと3mmの穴を開け、そこから器具を挿入して手術を行います。そのうえで、恥骨のすぐ上(陰毛に隠れる部分)を切開して腎臓を取りだせば、傷あとはほとんど気にならなくなります。傷が小さいので痛みも少なく、通常追加の鎮痛薬も不要です。腹腔鏡下手術を始めたのは慶應義塾大学病院にいた1990年代、医師5年目のときでした。当時は日本に腹腔鏡下手術が登場して間もない頃でしたが、人に恵まれ、手厚い指導の下で経験を積むことができました。

今年の11月に開催される第38回日本泌尿器内視鏡・ロボティクス学会総会で私は大会長を務めます。テーマは「エンドウロロジー・ロボティクスの実学」としました。「実学」とは福沢諭吉の教えで、日用の中にある学問という意味です。実用できる価値があるからこそ研究・開発する意義があると思いますし、本学会はその重要性について再認識できる場にしたいと考えています。

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