日本では、現在でも薬局に紙の処方箋を提示して薬をもらうなど、医療情報のデジタル化が進んでいない側面があり、医療情報をデータとして集約し、個人の健康や新しい治療の研究に役立てることが難しい状況にあります。センシティブな個人情報でもある医療情報を安全かつ有効に活用するためには、「医療情報基本法」の策定など法整備が必要と考えられています。この問題に取り組んできた元厚生労働副大臣の高木美智代・前衆議院議員(2021年10月引退)に、日本の医療情報利活用における課題や今後の展望などについてお話を伺いました。
新型コロナウイルスワクチンの接種が順次行われています。こういうときにもし医療情報の利活用が適正に行われていれば、よりスムーズに接種を進めることもでき、スピードアップも可能だったでしょう。国民一人ひとりの病歴や基礎疾患も分かるため、優先接種が必要な方への適切な案内や、接種に関する注意点などを共有することも可能です。ワクチンを接種したという情報もひも付けることができれば、現在の接種状況についてリアルタイムで統計を出すこともできるほか、2回目の接種を促す案内など、きめ細かな医療ケアにつながることが期待されます。
また、たとえば災害が起こったときに医療情報とひも付けられたカードを1枚だけ持って逃げれば、そこから本人のオンライン資格確認ができ、医療情報に入ることもできる――。そういうシステムができて共通インフラが普及すれば、災害時の避難所でも本人確認・基礎疾患・投薬情報が分かり、医療の質の確保、安全を提供できます。
医療情報を利活用することの最大のメリットは、国民一人ひとりの生涯のデータをひとまとめに蓄積できることです。各個人のこれまでの病歴や診療内容などの情報が集約され、各医療機関に共有されることにより、患者さんはより質の高い医療を全国どこでも受けられるようになります。また、患者さん自身が自分の医療情報をスマートフォンやパソコンで閲覧できる仕組みがあれば、病気の予防や健康づくりに生かせるほか、診療を受ける際に自身の健康状態を確認しながら医療従事者とコミュニケーションが取れるようになります。
医療機関や研究機関の視点から見ると、さまざまな患者さんの医療情報を集約することにより、新たな診断・治療方法の開発にも役立ちます。たとえば、がん検診における内視鏡検査では、AIのディープラーニングを用いてがんが疑われる所見を検出する技術が開発されています。ディープラーニングでは大量の情報をAIに与える必要がありますから、ここでも医療情報が求められます。
また、医療・介護従事者の働き方改革という側面でも大きな役割を果たすと考えられます。患者さんの医療情報を医療機関や介護施設間で共有することで、これまでの病歴、診療内容など必要な情報が瞬時に手に入るようになり、現場の効率化も期待できます。
このようにさまざまなメリットが期待できる医療情報のデジタル化と利活用に関し、日本は諸外国に大きく遅れをとっています。しかし、長い間議論が行われてきた医療情報の利活用は、ここへきて重要な局面を迎えています。
その1つが、デジタル改革関連法の一環として2022年4月から施行される改正個人情報保護法です。医療情報は患者さん個人の基礎疾患や健康状態などセンシティブな情報を含む「要配慮個人情報(人種・信条・病歴など、本人に対する不当な差別や偏見が生じるおそれのある個人情報)」であり、利活用には原則として本人の同意を得ることが義務化されています。また仮に本人の同意が得られたとしても、患者さんの権利を守りながら利活用するためには、一定のルールを定める必要があります。今回の改正では、これまであった公立病院と民間病院の個人情報保護法の違いが一元化されるなどルールの統一が進み、一歩前進したといえます。
また、2021年9月に発足したデジタル庁も注目を集めています。デジタル庁の発足により、内閣がリーダーシップを取って医療情報を始めとするさまざまな分野でのデジタル化が進むことが期待されています。
医療情報の利活用にあたってはさまざまな課題がありますが、大きく2つの課題を取り上げたいと思います。
1つ目は、個人情報保護の観点での法整備です。
氏名や指紋といったいわゆる一般的な個人情報と、医療に関する個人情報では国民の方々の捉え方が少し違うのではないかという議論もあります。医療機関の方の話を聞くと、「同じ病気を持つほかの患者さんのために、自分の医療情報を活用してくれて構わない」と言ってくださる患者さんも少なくないといいます。患者さんの希望をくんだうえで医療情報を有効に利活用できるよう、法整備をしていきたいと考えます。
もう1つは、医療のデジタル化に関する問題です。
現段階では各医療機関が異なる形式で医療情報を保持しており、その標準化が進んでいないため、データの連携が困難です。また、一人ひとりの生涯の医療情報を電子化するにはまだ不十分な点があります。たとえば、乳幼児健診のデータはデジタル化が進んでいますが、学校に入るとほとんどの健診データが紙ベースになり、そもそもデジタル化ができていません。そこで、現在全ての医療情報をデジタル化し、個人の生涯にわたる医療情報を集約するための取り組みとして、マイナンバーのような医療用の識別子を作ることも検討されています。
私はマイナンバーに全てひも付けるべきだと主張してきました。しかし、マイナンバーがなかなか普及しない現状では、まずは医療情報だけを切り離して別の識別子で管理するという議論が出たこと自体が進歩だと考えます。
先に述べたようなさまざまな課題を解決するために、現在、「医療情報基本法」の策定が与野党の枠を超え、各省庁の協力も得ながら検討されています。法律の策定までにはまだいくつもの山を超える必要がありますが、主要な議員メンバーでは論点を共有し、話がまとまってきました。
医療情報利活用のメリットとデメリットを比較して考えていく必要がありますが、国民の皆さんに対し、メリットの説明がまだ届いていないと感じています。また、「個人情報がそのまま流出するのではないか」という不安を抱えているかもしれません。それに対してもしっかりと説明が必要です。
医療情報は、適切に活用すれば国民一人ひとりの健康寿命の延伸や新しい治療の研究に役立つ宝の山=国民の財産となります。しかし、要配慮個人情報という側面も持つため、十分な保護ができるような法整備をしっかり行い、国民の皆さんからの信頼・理解を得たうえで利活用を進めていくことが大切です。
国は医療情報の利活用によって、国民一人ひとりが生涯を通じて健康データや医療データに基づいた最適な医療・介護サービスを受けられるようになることを目標として課題解決に取り組んでいます。
取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。