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コンビニにできて病院にできないこと―トレーサビリティーが実現する医療安全と効率化

公開日

2022年02月01日

更新日

2022年02月01日

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2022年02月01日

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最先端の医療機器を備える病院でも、こと医薬品や物品の管理に関しては“前近代的”で経験や勘がものをいう世界だといいます。指差し確認、ダブルチェック……安全のために必要と現場では考えられている手順も、デジタル化でより安全かつ省力化が可能になるにもかかわらず、日本ではなかなか進みません。医療分野のトレーサビリティー確立によって新たな価値創出を目指す「医療トレーサビリティ推進協議会」の落合慈之理事長(東京医療保健大学学事顧問/NTT東日本関東病院名誉院長)に、“デジタル化”で医療はどう変わるのか、妨げているものは何かなどについて聞きました。

医薬品のバーコード 「添文ナビ」で読み込むと……

スーパーやコンビニで商品を購入すると、レジでバーコードを「ピッ」と読むだけで会計ができます。消費者、店側双方とも、商品価格の打ち間違えがなく会計にかかる時間短縮といったメリットがあります。店側にとっては、時短が省力化=人手の削減にもつながります。コンビニなどではPOS(Point of Sales=販売時点情報管理)というシステムを通じて「何がいつ、どれだけ売れたか」が瞬時に集計されるだけでなく、買った人の年代や性別などについても関連付けてデータが集められます。季節、天候、気温、曜日など、さまざまなデータも結び付け、小売店はそうしたデータに基づいて仕入れる弁当の数や品ぞろえなどの過不足が最小限になるよう、事前に準備することができます。「作ったものを売る」だけではなく「ニーズを読んで売っている」のです。

実は、皆さんが薬局で購入したり病院で処方されたりする薬にも同じようなバーコードが印刷されています。薬品や医療機器などに関してはGS1という国際標準に準拠したコード体系のものです。このバーコードを「添文ナビ」という専用アプリで読み込むと、それがどんな薬で、どんな病気に効き、どれだけ服用すればいいか、どのような副作用が報告されているか――といった、添付文書の情報を簡単に見られるようになっています。

医療機関でもスーパーやコンビニと同じようにバーコードの情報を上手に活用すれば、医療の安全性を高めながら費用を抑えることが可能になるのです。ところが、日本の医療機関では活用がまったく進んでいません。その遅れが、今回の新型コロナ対応をめぐるさまざまな問題を通じて顕在化しました。「これではいけない」という意識が芽生えた今こそ、日本の医療をIT化しDXを進める契機になることを期待しています。

間違いを起こさせないためのシステム

あるものに関して、それがどこから送られ、どこにどう収まり、どう使われたか――そうした「ものの移動」を時間軸に沿って動的に管理できることを「トレーサビリティー」といいます。

病院の医療はどのように成り立っているか、ご存じでしょうか。多くは医師が薬の処方、手術方法、治療方法、検査方法などについて指示を出します。それを受けて別の医師、薬剤師や看護師、検査技師が行動します。そこは一種の“伝言ゲーム”で、ものの移動について「絶対の保証」が取れた形で行われないがために間違いが起こる余地が生じるのです。間違いを起こさせないためのシステムがトレーサビリティーです。

私がNTT東日本関東病院の病院長を務めていたとき、JCI(Joint Commission International)という国際的な医療機能評価機関の審査を受けました。その際、冷蔵庫について「何が入っているか」「何度で管理しているか」「その温度が保たれていたという保証ができるか」「停電などにより保冷範囲を逸脱してはいないことをどう担保するのか」……といったことを細かく聞かれました。このような「保管中の厳正な管理」もトレーサビリティーに含まれます。

この話で何か思い出さないでしょうか。新型コロナワクチンは氷点下数十度という低温で保管しなければならないとされていました。ところが、日本国内のさまざまな施設に配分された後、冷凍庫のプラグが抜けるなどで夜間に温度条件を満たせなくなり、各地で数十回、数百回分のワクチンが廃棄されました。トレーサビリティーが保たれない典型例で、それによって無駄や医療安全を脅かす事態が生じるのです。

地域全体のデータ把握、災害時の“プッシュ型支援”可能に

トレースができることには、医療安全と医療経済などの面でさまざまなメリットがあります。

薬でも医療機器でも、不具合が発生することが時としてあります。ところが、病院の中で不具合があった機器を誰に使ったかとか、薬を誰に飲ませたかという記録が残っていないことも多いのです。

たとえば、屍体から採取・加工した人工硬膜が原因で「クロイツフェルト・ヤコブ病」という致死性の神経変性疾患を発症したという事例が発覚した際、厚生労働省から「特定の乾燥硬膜を移植した患者さんを届け出よ」という通達があったのですが、対応できた病院はほとんどなかったと聞いています。

データの活用という面から考えましょう。

インフルエンザの治療薬を服用した10歳代の患者さんに転落や飛び降りを含む異常行動がみられたという報告が続いたことがありました。こうした事象では、Aというロットだけで起こったとすれば特定のロットの問題になりますし、ロットに関係なく起こっていればその薬全体の問題――と、切り分けが可能になります。ところが、そうした記録もありません。

全てのデータが患者さんに結びついて、誰に何がどれだけ使われたかを完全に把握できるようになるのがトレーサビリティーとしての理想です。しかし、個人情報の問題もあるので、そこまで求めるのは現状では困難です。ただ、各病院・診療所単位で買われ、実際に使われているものがどのくらいで、どう変動しているかのデータが集まれば、ある地域全体で、病院と診療所と院外薬局を合わせて1年間にどれだけのものをどう使っているかが記録として残ります。すると地震や水害などの災害で救援物資を送る際、医薬品などをどれだけ送ればいいのかがおのずと分かるようになります。要望が出される前から“プッシュ型の支援”が可能になり、災害対応も効率的にできるようになるのです。

日本全体のデータを集めれば、国の医療予算が明確に分かるし、情報をメーカーに集約できれば新薬を作る際に治験の対照群を集める助けになり、結果として開発費を減らすことで薬価を下げられる可能性もあります。

病院では患者さんに薬を渡したり薬剤を投与したりする際に複数の人によるダブルチェック、トリプルチェックをしてミスが出ないようにしています。この作業も、患者さんの腕などに巻いたバーコードと薬のバーコードを読み取り、それぞれに紐づいたデータベースを照合すれば、誤投与は起こり得なくなります。バーコードはRFID(電波を使って情報を非接触で読み書きできるICタグ)にすれば、さらに効率的になります。

データベースがあり、医薬品のコードが決まっていて、バーコードやRFIDで読み込むことによって自動的に記録ができてしまう。この3拍子がそろえば一気に効率が上がり、医療安全はもとより、伝言ゲームやダブルチェック、トリプルチェック、指差し確認といった手間からも解放されるのです。加えて、病院の中の在庫管理、使用期限切れチェック、棚卸業務まで全部自動的にできます。

普及には国民の理解も必要

このようなメリットがあるトレーサビリティーが、なかなか日本の医療機関には取り入れられません。なぜでしょうか。

1つは初期費用がそれなりにかかることです。医療の安全と効率化は「費用がかかる」のではなく「投資によって成し遂げる」と考えるべきものです。ところが、多くの病院では費用とみなされてしまうのです。

しかし、ダブルチェック、トリプルチェックに必要だった人と時間が省ければ、どれだけの費用が浮くか、おのずと分かるでしょう。あるいは、安全が保たれず医療過誤で訴訟が起きたら、導入経費どころでは済まないほどのお金がかかります。

もう1つ、トレーサビリティーと関連付けられる個人の医療・健康情報の利活用に対する国民の理解がなかなか高まらないことも障害になっています。

いままで日本は皆保険など素晴らしい医療制度を育み、国民はその恩恵を受けています。よい医療を受けられているのも先人たちのデータがあってのことです。そうであるならば自分たちも、将来の人たちのために健康に関わるデータを残すべきではないでしょうか。残す以上は精緻な形で、というコンセンサスを皆が持ちたい。そのためには個人情報を扱う人たちは、国民一人ひとりの信頼に足る品格ある行動を取り、悪用しようという人が出ないという前提が必要です。

私が医療トレーサビリティーの普及促進の運動を始めたのは、自分の院内組織の安全、効率化、働き方の視点からでした。ひとたび取り組んで視野を広げてみると、実は医療全体に関わる問題で、国全体の医療費を節約し、無駄をなくしながら患者さんにも恩恵が及ぶという大きな意味を持つことが分かりました。医療者だけでなく、一般の皆さんも含めてこの事実をご理解いただきたいと思っています。
 

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