女性の50~80%が生涯に一度は感染するといわれるHPV(ヒトパピローマウイルス)。HPVは子宮頸がんや肛門がん、尖圭コンジローマなど多くの病気の原因となります。子宮頸がんの排除に向けた世界的な動きのなかで、HPVワクチンの予防接種プログラムが各国で導入され、国内でも2022年4月から定期接種の積極的勧奨(自治体から対象者に個別に接種をすすめること)が再開されることとなりました。本記事では、2022年3月4日に開催されたイベントから「専門家に聞く!女子インフルエンサーが本音で知りたいHPVワクチンのいろんなこと」の内容をお伝えします。
*本イベントは動画でも視聴が可能です。
木村先生:HPVワクチンは、子宮頸がんを予防するワクチンです。世界各国で子宮頸がんをなくす動きがあるなか、日本では残念ながら子宮頸がんにかかる方が増えています。私は産婦人科医として、子宮頸がんを発症した女性を数多く診てきました。子どもを望んでいたのに出産ができなくなってしまった方、幼いお子さんを残して命を落としてしまった方もいました。これは本当に悲しいことです。
しかし、HPVワクチンはそのような方々を減らす力があります。かつて“副反応”についての報道もありましたが、その詳細も徐々に明らかになっています*。ただ、ワクチン接種だけで病気の発症を完全に防ぐことは難しく、ある程度の年齢になったら子宮頸がん検診も受ける必要があります**。しかしながら、HPVワクチン接種は皆さんの健康と未来を守ることにつながるはずです。
日本産科婦人科学会のホームページではHPVやワクチンに関する解説を掲載し、また、YouTubeでは一般の方々や学校の先生に向けて子宮頸がんの詳しい情報を発信していますので、ぜひご覧ください。
*短期的な接種部位の反応はあっても全身的な症状や重篤な副反応は増加しないと報告されている。
**厚生労働省は、20歳以上の方に2年に1回の子宮頸がん検診を推奨している。
はづきさん:病気のことをまったく知らないので、教えてください。
稲葉先生: HPVというウイルスやHPVワクチンについて聞いたことはありましたか?
はづきさん:子宮頸がんを予防する注射があることは少し知っていますが、子宮頸がんという病気がどのようなものか分からないです。たとえば膵臓がんみたいに治りにくいものなのか、ワクチンを打てば治る(予防できる)ものかがよく分かりません。
稲葉先生:がんにはさまざまな種類がありますが、何歳くらいでかかりそうなどのイメージはありますか。
はづきさん:中学3年生のときに「子宮頸がんを予防するワクチンは15歳までに接種する」と聞いたことがあったので、若い女の人がかかる病気だと思っていました。
稲葉先生:鋭いですね。一般的には「がん」というと年を取ってからなるというイメージが強いかもしれませんが、子宮頸がんは20歳代からかかります。特に20~40歳代でかかる人が多く、治療のために子宮を失う場合や妊娠に影響が出るなどの場合もあります。
がんにはたくさんの種類があり、「予防できないがん」と「予防できるがん」があります。たとえば先ほどお話に出た膵臓がんは、予防できないがんの代表例です。予防できるがんは、感染症と生活習慣のどちらかが原因のもの。たとえば肺がんの発症を抑えるためには禁煙がとても重要です。そして子宮頸がんはHPVというウイルスの感染が原因で起こる、そしてHPV感染を予防するワクチンがある、つまり予防が可能ながんなのです。
HPVはごくありふれたウイルスで、女性の50~80%ほどが一生に一度は感染するといわれています。感染しても何も起こらないことが多く、感染そのものを過度に恐れる必要はありません。ただ、リスクの高いタイプのウイルスに感染した場合、そのうち一定の割合で細胞に異常が起こり、子宮頸がんに進行する可能性があります。急にがんができるわけではなく細胞の異常が何年もかけてがんになるので、その途中でがん検診を受けて早期に発見できれば、がんになる手前で対処できるのです。ですから、予防接種とがん検診の両方が大切、というわけです。
はづきさん:よく分かりました。HPVウイルスを受け入れる(感染する)年齢は決まっているのですか?
江川先生:大事なポイントですね。子宮頸がんは20~40歳代でかかるのに、なぜ中学・高校生でワクチン接種が必要なのか。それはセクシュアル・デビュー(初交)の前に接種することがとても重要だからです。多くの人が初交後比較的早い時期にHPVに感染してしまいます。その感染が持続して20~40歳代、あるいはその後の年代でがんになります。また現在のHPVワクチンは、接種時すでに感染しているHPVを排除することはできません。このように、初めてHPVに感染することを予防する必要性からHPVワクチンの定期接種の年齢が決められているのです。
はづきさん:日本と外国でHPVワクチン接種の割合はどのくらい違うのですか?
稲葉先生:国内でHPVワクチンが導入された当初は接種率が7割ほどありましたが、一時期は安全性を確認する目的で厚生労働省が積極的勧奨を控えていました。その影響で接種率は1%未満にまで減り、その状態が最近まで続いていたのです。しかし、世界中の研究でHPVワクチンの安全性は確認されました。ですから私たちは正しい情報を知って適切にワクチンを接種してほしいと思い、啓発活動をしています。現在では徐々に理解が広まり、ここ数年で接種率が増加してきました。江川先生、世界ではどうでしょう。
江川先生:接種率は国によってさまざまですが、学校接種を中心にHPVワクチンの導入に成功している国での接種率は8~9割ほどになります。そして今、世界で問題になっているのは「ワクチンギャップ」、ワクチンを手に入れることのできる国とできない国の間に分配の問題がある、つまりHPVワクチンを打ちたい人の数に対してワクチンが不足しているということです。
はづきさん:世界ではHPVワクチンを打ちたい人が多いのに、日本ではどうしてHPVワクチンを打ちたくない人が多いのですか? 中学2年のときに友達がInstagramで「HPVワクチン打ちますか?」という質問をしていたので、自分で調べたり、母に聞いたりしました。でも母からは「打たないほうがいいよ」と言われて、なぜだろうと。副作用があるような話を聞いたので、だからみんな打ちたがらないのかなと思っています。
稲葉先生:まだHPVワクチンの接種率が高かった頃、接種後の痙攣などいろいろな症状を訴える人が出てきたのです。ただ、その時点では症状の原因がワクチンであるかは不明でした。それなのに「ワクチンの副反応かもしれない」と大々的に報道され、それを受けて厚生労働省が積極的勧奨を控えることになったのです。その報道はセンセーショナルでインパクトがありましたから、はづきさんのお母様世代には当時の印象が強く残っているのでしょう。しかし、研究で種々の症状はワクチンが原因でないことが分かりました。ただ、その情報がきちんと届かずに昔のイメージが残ったままなので、「ワクチンを打ちたい」と思う人が少ない現状なのです。
はづきさん:症状はワクチン接種と関係なかったということですか?
稲葉先生:何万人という規模で、HPVワクチンを打った人と打っていない人を比較した研究で、そのような症状が同じくらいの割合で確認できたのです。それによりHPVワクチンが原因ではないという結論になりました。
はづきさん:ワクチンを打った人だけに症状が多かったわけではないのですね。ということは、「接種後の症状がワクチンのせいかもしれない」と報道されたのに、「違いました」と訂正する報道が少なかったから、日本ではこれだけ接種率が低いということですか?
江川先生:そのとおりです。医療者側や報道機関、国としての対応がうまくいかなかったことも原因の1つです。接種後の症状に関するセンセーショナルな報道が行われた国はほかにもありました。しかしその時点できちんと調査し、保健当局(日本でいう厚生労働省)や報道機関、医療団体が協力してワクチンの効果と安全性に関する情報としてメッセージを出しました。でも、日本では同じメッセージを出すのに8年もかかってしまった。我々医療者を含めて、日本は対応を失敗したといえます。
はづきさん:私たちの世代や親たちの中にはまだ勘違いしている人がたくさんいますよね。もし学校などで教えてもらえる機会があれば、接種したい人がもっと増えるかもしれません。
はづきさん:男子がHPVに感染したらどうなるのですか?
稲葉先生:HPVは厄介なウイルスで、中咽頭がんや肛門がんなど男性でもかかる病気の原因にもなります。男性と女性が互いにうつし合うウイルスなので、本来は男子・女子どちらも接種するのが理想的です。
江川先生:世界的には、現在ワクチン不足により必要な女子にも十分行き渡っておらず、男子が接種している国はまだ少ないのが現状です。女子への接種が優先されるのは、がんになりやすいタイプのHPVは陰茎に感染したときよりも子宮頸部に感染したときのほうが格段にがんになりやすく、HPV感染による女性側の負担がとても大きいからです。ただ、やはり男性でもがんになる可能性はあるので、近年では徐々にヨーロッパの国々で男子へのHPVワクチン接種の拡大が進められています。
はづきさん:HPVに感染する確率や、がんになりやすい人というのは分かるのですか?
江川先生:基本的には感染後がんになるかはランダムです。感染リスクとしては▽初交年齢が低い▽通算の性的パートナー数が多い▽性的パートナーの通算の性的パートナー数が多い――などが挙げられます。しかし基本的にはほとんどの人が、男性も女性も関係なく感染してしまうと考えてよいです。
はづきさん:なんだか知らないことばかりでした。
稲葉先生:実際、外来でHPVワクチンの話をすると「危ないですよね」と言う方が多いのです。どこから伝えていったらよいと思いますか?
はづきさん:やっぱり学校がよさそうですね。ニュースでやっても見なければ意味がないですし。さっきInstagramでこのイベントのことを伝えたら、シンガポールにいる友達は「周りはみんなHPVワクチン接種している」と言っていました。日本だと周りで打っている子は1人しか知らないので、国によってこんなに違うのだと感じました。HPVワクチンは決められた年齢でしか打てないのですか?
江川先生:自発的に接種するのはいつでも構いません。感染予防効果に程度はありますが、打つ価値がある場合も多いでしょう。ただ、公衆衛生的な観点ではなるべく若いうち(初交の前)に打ったほうが高い効果が得られるので、ある年齢に区切って国が公的補助を行っているのです。
稲葉先生:日本では小学校6年生~高校1年生が無料でHPVワクチンを接種できます。ただ打ちそびれてしまった方も多くいるので、2022年4月から3年間は特例で、1997~2005年度生まれの女子は無料で接種できるという対策が取られています。本来の接種期間を過ぎてしまった方こそ、なるべく早めに接種してほしいです。
はづきさん:まさに私たちの世代ですね。今日は知らないことをたくさん知ることができて勉強になったし、自分の間違った認識を直せてよかったです。ありがとうございました。
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