日本リウマチ学会(以下、リウマチ学会)は、膠原病(こうげんびょう)リウマチ内科学領域の若手育成の取り組みの一環として、医学部学生を対象とした教育プログラムと教育資材を開発、全国の大学医学部に採用を働きかけるとともに資材を無償で提供する。同領域は治療の進歩が著しく、早期発見・早期治療につながる人材育成は医療のエンドユーザーである国民の健康にも貢献することが期待される。同学会の針谷正祥・特命副理事長(山王メディカルセンター院長/国際医療福祉大学医学部教授)にプログラム作成の背景や狙いなどについて聞いた。
膠原病リウマチ内科の対象疾患は、さまざまな新薬が開発され、治療を早くから始めることで患者さんに大きなメリットがもたらされます。関節リウマチは膠原病リウマチ内科の患者さんの約半数を占める重要な疾患で、生物学的製剤やJAK阻害薬の登場によって早期から専門的な治療をすると患者さんの予後が劇的に変わるようになりました。残りの半分は国の指定難病の疾患が大半を占めています。そのうち全身性エリテマトーデス(SLE)や全身性強皮症、皮膚筋炎/多発性筋炎、血管炎などに代表される「古典的な膠原病」はこの数年で、さまざまな分子標的薬によって治療が飛躍的に進歩しました。それらの治療も早期から始めることが重要です。
全国の患者さんのためにも早期発見ができるよう、医学生や初期研修の医師にしっかりと膠原病リウマチ内科の勉強をしてもらう体制を構築することが求められます。
ところが、日本では教育体制の整備が不十分なのです。医学部できちんと学ばなければ、学生は膠原病リウマチ内科学に興味を持てず、その後に専門の道を選ぶ可能性が下がってしまいます。初期研修や専門研修などで膠原病リウマチ内科学領域の病気の患者さんを診たことがなければ、この領域の病気の可能性を鑑別することができません。たとえ自分がその領域の専門性を持っていなくとも、ある程度鑑別ができれば専門医に紹介して早期治療につなげることができます。それができないと国民にも不利益をもたらしてしまう可能性が高く、私たちは非常に憂慮しています。
内科学は一般に8~9領域の専門に分かれています。膠原病リウマチ内科学領域はその中で最後に独立したという歴史的な流れがあり、内科の専門教育の中では他領域よりも少し後ろを走ってきました。そのような経緯から、医学教育においても教員や専門的な講座の配置が全国的にやや遅れています。
リウマチ学会は2023年11月、全国の医科大学を対象に「膠原病・リウマチ内科学の卒前教育に関する調査」を実施し、83大学中81大学から回答を得ました。全ての医学部で膠原病リウマチ内科学の講義は行われていますが、コマ数はかなりばらつきがあります。必要なことを教えるためには最低でも10コマはほしいのですが、10コマ以下の大学が約4割もあります。
講義担当者の専門性を見ると、膠原病リウマチ内科の先生だけで教えている大学は全国で約4割しかなく、6割はほかの領域の先生の力も借りています。教員が十分には足りていないであろうことがうかがえる数字です。
講義が終わって試験をする際、膠原病リウマチ内科学を単独で実施していない大学が約1割あり、それらの医学部では評価が適切に実施されていないと思われます。
座学が終わると、5、6年生で臨床実習をします。内科では上述の8~9領域を回るのですが、膠原病リウマチ内科という形で臨床実習を実施していない大学が約7%あります。また実習で教える先生が膠原病リウマチ内科の教員だけという大学は15%しかなく、残りは呼吸器内科や皮膚科、整形外科などさまざまな科の先生に入ってもらっているというのが現状です。
学生に目を向けると、膠原病リウマチ内科の臨床実習に参加する学生の割合が30%未満と非常に少ない大学もあり、膠原病リウマチ内科の患者さんをまったく診ずに卒業する学生が一定数いることは、問題だと思っています。
膠原病リウマチ内科を専門講座として設置している施設は全体の約7割しかありません。医学生が必ず学ぶべき疾患を医学部在学中に学修してもらうには、専門講座を設置して教員を置く必要がありますが、おそらく定員の関係でそれができないのです。専門講座を置いていない23大学のうち、膠原病リウマチ内科学の教授がいるのは8大学しかなく、残る15大学には教授すらいません。教授がいない医学部は全部で29大学に上ります。このように、膠原病リウマチ内科学について医学生にしっかりと教えるのが難しいのが現状であるとリウマチ学会は考えています。
今回、医学生に少なくともこれだけは勉強してほしいというミニマムエッセンスをまとめた「モデル講義カリキュラム」を作成しました。近年、医学部での学び方は大きく変わっています。“伝統的な授業”は、1コマ45~100分で先生が板書したりスライドを映したりしながら、ある病気について症状や診断・治療法を説明するというものでした。今回開発したカリキュラムでは、20分程度のビデオを事前に見てきてもらい、授業では病気の写真や画像を見せたり、学んできたことに関するクイズをしたり、仮想患者の診断や治療を議論して学生に発表させたりするという形に変わっています。
リウマチ学会は、このモデルカリキュラムを実際に活用していただくために事前学習用のビデオを用意して全国の医学部に提供し、どの大学の学生でも同じ内容を事前学習できるようにするための準備を進めています。そこから先は、各大学の教員に創意工夫をしてもらうことで、学生がこの領域に興味を持ってくれることを期待しています。
臨床実習についても、学生が楽しく膠原病リウマチ内科の実践的な知識を身につけられるようなモデル実習プランを作成しました。実習を担当する先生は、忙しいうえに全員が教育のエキスパートというわけではありません。どう教えたらよいのか、何をしたら学生が興味を持つか、手探りの部分があります。そうした現場の負担を軽減しつつ、学生にも楽しく勉強してもらうためにこのプランを作りました。
いろいろな“目玉”を織り込んでいます。その1つが関節の診察実習です。膠原病リウマチ内科では、関節を診ることが1つの大きな仕事です。関節の診察方法を細かく教えて、病棟では患者さんの関節を学生が触り、先生と一緒に評価するというものです。
どの領域でも画像診断は大きなウエートを占めています。教科書では学びきれないため、実際のCTやMRIの画像を先生たちと見ながら一緒に勉強する「画像カンファレンス」を実習中に2~3回行って疾患に典型的あるいは特徴的な画像を見て勉強してもらうほか、受け持ちの患者さんの画像をたくさん見て実践を積んでもらいます。
膠原病リウマチ内科では、患者さんの所見や検査・画像データなどから、どういう病気なのかを論理的に推理していく「臨床推論」が活発に行われます。似て非なる病気がいくつもあるため、最初に診察して考えられる病気をある程度絞り込み、それに対応する検査や画像によって診断を確定させるという推論の流れがあります。その際に、ITによる情報やEBM(エビデンスに基づく医療)を活用し、上手に臨床推論を進める方法を学ぶ時間を5回シリーズで設定しています。さらに、膠原病リウマチ内科で実施することが多いキャピラロスコピー、6分間歩行、徒手筋力検査などの診療手技を経験してもらう時間も設けました。
これらの講義カリキュラムと臨床実習プランを各大学医学部に紹介し、2025年度の授業から活用してもらえるよう準備を進めています。モデル講義カリキュラムで使う事前学習ビデオは各大学で活用してもらえるよう、6月末までには体制を整備し、医学生がいつでも視聴できるような形にする予定です。
文部科学省の医学教育の担当部署に事業の報告をした際には「各医学領域の中でも初めての取り組みであり、全国で活用してもらってほしい」といわれました。私たちも、学会がこうした取り組みで医学教育のレベルアップを図ることは、最終的に医療消費者=国民の利益につながる、大変大きな意味があることだと思っています。
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