私たちの健康な暮らしに必要不可欠な医療、いつもの日常も災害時も、実はそれを支えているのは医師会です。2020年からの新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の対応でも大きな役割を果たし、患者さんの命と現場の医師を守ってきました。横浜港に停泊していたダイヤモンド・プリンセス号での約20日間を描いた映画「フロントライン」の公開に先立ち、後編となる本稿では、映画を後援する神奈川県医師会理事の磯崎哲男先生(小磯診療所院長<横須賀市>)と小松幹一郎先生(小松会病院名誉院長<相模原市>)に当時の話をお聞きしました。
磯崎先生:医師会は、全ての医師が力を発揮できる環境を整え、全ての国民に必要な医療を提供できるように日々活動しています。神奈川県では、学校健診や乳幼児健診、休日・夜間診療所の運営など――地域での医療事業の提供を継続するための人材確保に重要な役割を果たしている横浜市医師会、相模原市医師会などの「郡市区等医師会(以下、地域医師会)」の声を取りまとめ、「都道府県医師会」である神奈川県医師会が県と共に医療政策を検討しています。通常の診療以外にも地域社会で医師が必要とされる場面は多く、また災害発生時には日本医師会の災害医療チーム「JMAT(Japan Medical Association Team)」に参加し、被災地に赴いて医療支援を行うこともあります。現場の求めに応じて速やかに医師を割り当てるのも医師会の大切な役割の1つです。
提供:公益社団法人 神奈川県医師会
小松先生:2024年1月の能登半島地震の際にも神奈川県医師会から多くの医師がJMATに参加し、さかのぼれば2020年から始まった新型コロナの対応においても医師会は重要な役割を果たしました。
小松先生:全国で初めて新型コロナ患者さんの入院治療にあたったのが相模原市の病院、集団感染が発生したダイヤモンド・プリンセス号が停泊していたのが横浜港といずれも神奈川県内で、流行初期から対応を迫られたという経緯があります。対策のフロントラインはずっと神奈川にあったのです。そのため、医師会は県と共に、後に「神奈川モデル」と呼ばれる医療提供体制を確立しました。
提供:公益社団法人 神奈川県医師会
磯崎先生:「神奈川モデル」とは、医療崩壊を防ぐために、重症患者さんを受け入れる高度医療機関、中等症患者さんを受け入れる重点医療機関を設置し、無症状・軽症の方は自宅や宿泊施設で療養していただくというものです。
小松先生:感染症対応を専門に行う病院だけでなく、診療所やクリニックも含め神奈川県の医療者全体で取り組まなければ対応が難しいという現状認識を共有し、県と医師会、病院協会が「やるしかない」と思いを1つにしたからこそ実現できたのでしょう。厚生労働省や各都道府県の災害派遣医療チームである「DMAT(Disaster Medical Assistance Team)」でもご活躍の経験がある藤沢市民病院 副院長の阿南英明先生が、県の医療危機対策統括官として最前線に立ってくださったことも神奈川県が臨機応変に対応できた大きな要因だったと思います。
磯崎先生:ダイヤモンド・プリンセス号には、神奈川県医師会会員を中心に延べ73人の医師と57人の看護師が乗船し、乗客・乗員3,783人の問診を行いました。今年6月には、神奈川県医師会が後援している映画「フロントライン」が公開されます。ダイヤモンド・プリンセス号が横浜港に入港してから乗客全員が下船するまでの約20日間を描いた物語です。
小松先生:阿南先生をモデルとしたDMAT指揮官・結城英晴役は小栗旬さんが演じていますね。
磯崎先生:私も2回ダイヤモンド・プリンセス号に乗船し乗員の健康チェックを行いましたし、横須賀市での神奈川モデルの医師会側担当者でもあったので、試写会では大きく心を動かされました。新型コロナの流行が始まった当初は過度の恐れや懸念が広がり、風評被害を受けた医療機関や医療従事者も多かったことを思い出します。新型コロナの患者さんを受け入れている医療機関で働くスタッフが美容院の利用を断られたり、お子さんを保育園に預けられなくなったりといったこともありました。そのため、医師会では診療におけるリスクをカバーする仕組みについて厚生労働省と相談し、医療従事者を守るための活動にも力を注いできたのです。
小松先生:私の病院でも職員の間にピリピリとした雰囲気が広がり、「コロナに心を惑わされないで」とメッセージを発したこともあります。当時は神奈川県医師会 会長の菊岡正和先生の「正しく理解し、恐れるべきところは恐れ、過剰に恐れない」といった発言も注目を集めました。
磯崎先生:ぜひ多くの方に映画をご覧いただき、登場人物の、そして当時まさにフロントラインで対応にあたっていた方々の思いにふれていただければうれしいです。神奈川県医師会では、これからもさまざまな機会を通じて医師会の理念や活動、医師の思いを伝える努力を続けていきたいと思っています。
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