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1400年超かけて日本独自の発展を遂げた「漢方」―その歴史とツムラの足跡

公開日

2021年09月01日

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2021年09月01日

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2021年09月01日

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「漢方」と聞いて、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。その起源は古代中国にさかのぼります。人の持つ自然治癒力を高める伝統医学の漢方は、5〜6世紀頃に日本へ渡り独自の発展を遂げてきました。明治維新の波にのまれ医学としての存続が危ぶまれた時代を経て、今では148種もの医療用漢方製剤が保険診療の薬として認められ、さまざまな病気の治療に役立てられています。1893年の創業以来、漢方の沿革を先導してきた株式会社ツムラの代表取締役社長CEO加藤照和氏に、その歴史とツムラの足跡を伺います。

中国の伝統医学が日本に渡り、独自に発展した漢方医学

漢方医学の原点は古代中国です。5〜6世紀頃に日本へ渡来しました。遣隋使・遣唐使の時代、中国の伝統医学として医学書や漢方の原料となる生薬(しょうやく)が日本に持ち込まれました。

その伝統医学が1400年以上の膨大な時間をかけて日本で独自に発展。江戸時代にオランダ医学が伝来したことで、両者を区別するためにオランダ医学を「蘭方」、従来の伝統医学を「漢方」と呼ぶようになったといわれています。中国伝統医学は漢方医学ではなく「中医学」、韓国伝統医学は「韓医学」と称され、それぞれ独自に発展しました。

明治維新の波にのまれ断絶の危機に

長い時間をかけ既存の概念の模倣や改良を重ね、時にいくつもの流派の確立を経て、日本で独自に発展し続けた漢方。ところが、1874年に明治政府が医師法と医療制度の根源となる「医制」を新たに定めたことで、医師免許制度が西洋医学中心に切り替えられました。明治維新の「西洋諸国に追いつけ、追い越せ」という大きなうねりに、日本の伝統医学を象徴する漢方は断絶の危機に直面しました。

1893年創業―「中将湯」の販売へ

国の政策で西洋医学一辺倒となるも、一部の医師などのはたらきかけにより漢方は脈々と受け継がれてきました。

そのような状況下、漢方の価値を信じていた初代・津村重舎はツムラの前身となる津村順天堂を1893年に創業し、婦人薬「中将湯」を販売するに至ります。当時、医師の多くは軍医であり、女性が医療にアクセスするのが今よりも格段に難しい時代でした。そのようななかで創業者は「女性に寄り添う良薬を広めたい、1人でも多くの女性が元気で活躍してほしい」と思い、中将湯の製造・販売を始めたようです。

当時の中将湯(レプリカ) MN撮影

当時の中将湯(レプリカ)

中将湯は、冷え症や更年期障害(のぼせ、不眠、イライラ)、血の道症(月経・妊娠・出産など女性のホルモンの変動に伴って現れる心身の症状)に適応する薬で、現在でも第2類医薬品として市販されています。

保険診療に使える薬として復権

創業者の初代・津村重舎は、懸賞を付けるなど斬新な新聞広告や日本初のガスイルミネーション看板など新たな手法を次々と打ち出し「PRの天才」と称されました。

当時の「中将湯」広告(レプリカ) MN撮影

当時の「中将湯」広告(レプリカ)

1924年には、関東大震災の復興のなかで研究所と薬草園を創設。古来、漢方医たちが経験的に用いてきた薬用植物を科学的に研究して医療化に努め、漢方・生薬の学問的興隆に寄与することを目指しました。また、生薬は品質の違いがありその選別には知識熟練を要することから、日本で初めての生薬の標本をつくり行政、大学、研究機関へ配布したことは多くの関係者から歓迎されました。現在の生薬の品質基準や漢方製剤のエビデンスにつながる創業者・津村重舎がツムラに残した最大の遺産ともいえます。

漢方の歴史に革新をもたらしたのは、1967年の小太郎漢方製薬6品目に続き、1976年に医療用漢方製剤42処方60品目(うちツムラは33処方)が薬価基準(保険診療に用いられる医療用医薬品の品目とその価格を厚生労働大臣が定めたもの)に収載されたことです。これは明治時代に排斥された漢方の復権を意味します。衰退に追い込まれそうだった漢方が、このとき再び国の医療に取り入れられたのです。

医学教育モデル・コア・カリキュラムへの導入

今では148処方の漢方製剤が薬価収載され、多くの医療機関で使われています。この発展の背景には、2001年に和漢薬(漢方薬)に関する内容が文部科学省医学教育モデル・コア・カリキュラムに導入されたという経緯があります。

20世紀末の生命科学の技術革新と医療ニーズの多様化に伴い、期待される医師の資質が変化し、医学教育の内容が再検討されました。そのなかであらゆる医療機関において漢方薬の知識が必須であるとの前提でカリキュラムが編成されたのです。実情として、当時すでに臨床医の72%が日常的に漢方薬の処方を行っていた、というデータもあります。

現在では、医学のみならず薬学・看護学・歯学の教育課程においても漢方医学・漢方薬のカリキュラムが組み込まれています。

エビデンスの構築に向けた「育薬」

「医療用漢方製剤にはエビデンス(科学的根拠)がない」という従来のイメージを払拭するべく、当社は2004年から「育薬」を推進しています。育薬とは、近年の疾病構造を見据え、医療ニーズの高い領域において新薬治療で難渋している疾患で医療用漢方製剤が特異的に効果を発揮する病気に的を絞り、エビデンスを構築することです。たとえば、抗がん剤などによる副作用の末梢神経障害(しびれなど)や粘膜障害(下痢、口内炎など)に対する症状を軽減する等の治療効果が期待できる漢方製剤があります。現在、これらのエビデンス構築とメカニズム解明に向けた研究を精力的に進めています。

拡大し続ける市場と需要

このように漢方製剤は時代の大きなうねりのなか、薬価収載や医学教育への導入などを経て、「漢方医学の確立」や「育薬の推進」への取り組み等を通じて医療ニーズに応えてきました。1999年から医療用漢方製剤の市場は拡大し続け、その規模は業界全体で1610億円に到達(2020年度データ)。一度は医学としての存続が危ぶまれながら、現在でも多くの患者さんのために使われているのは、それほどに漢方製剤が人々や医療者に必要とされ、私たちの生活に寄り添ってきた証なのでしょう。

漢方におけるツムラの役割

創業以来、ツムラは日本の伝統医療である漢方を守り、漢方医学と西洋医学の融合により世界で類のない最高の医療提供に貢献することを使命としています。臓器別の医療では解決できない疾病、原因が分からず病名も定まらないいわゆる“不定愁訴”に対しても、漢方製剤による治療効果が期待されます。

我々は今後もエビデンスの構築や均質な生薬の安定的な供給などの課題を乗り越えながら、自然のめぐみを最大限に生かして人々の健康と医療に貢献していく所存です。

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