胸部外科領域(心臓血管外科、呼吸器外科、食道外科)の手術件数は年々増加しているが、医師数は横ばいの状態が続いており、外科医は過酷な勤務状況に置かれている。そうしたなかで大きな期待が寄せられているのが、特定行為に係る研修を修了した看護師(以下、「特定看護師*」)や診療看護師(Nurse Practitioner:以下、「NP」)**の活躍だ。2024年11月1~4日に行われた「第77回日本胸部外科学会定期学術集会」では、胸部外科領域における特定看護師やNPへのタスクシフト/シェアについて考える理事長企画が開催された。当日のセッションの内容をダイジェストでお伝えする。
*特定看護師:医師があらかじめ作成した手順書の下、医師の診療補助(特定行為)を行うことができる看護師のこと。特定行為として38行為が定められている(2024年11月時点)。
**診療看護師(NP):看護師としての5年以上の実務経験かつ2年間の大学院修士課程を修了してNP資格認定試験に合格した看護師のこと。特定行為にとどまらず、医師からの直接指示により診療行為を実践できる。
【登壇者】
・千田雅之先生(日本胸部外科学会 理事長/獨協医科大学病院)
・志水秀行先生(日本胸部外科学会 副理事長/慶應義塾大学病院)
・小野稔先生(日本心臓血管外科学会 理事長/東京大学医学部附属病院)
・吉野一郎先生(日本呼吸器外科学会 理事長/国際医療福祉大学成田病院)
・竹内裕也先生(日本食道学会 理事長/浜松医科大学医学部附属病院)
・東信良先生(日本血管外科学会 理事長/旭川医科大学病院)
・椎谷紀彦先生(心臓血管外科専門医認定機構 代表幹事/国立病院機構函館医療センター)
・松宮護郎先生(日本胸部外科学会チーム医療推進委員会 委員長/千葉大学医学部附属病院)
・福永ヒトミ先生(日本NP学会 理事長/日本医科大学武蔵小杉病院)
・松本晴樹先生(厚生労働省医政局 地域医療計画課 医療安全推進・医務指導室長)
・川澄佳奈先生(厚生労働省医政局 医事課 医師等医療従事者働き方推進室)
千田先生:2000~2019年の約20年間で心臓血管外科手術は1.3倍、呼吸器外科手術は2.1倍に増加した一方で、胸部外科領域の医師数は横ばいの状態が続いている。外科医の仕事量が増え、現場は疲弊している状態だ。そうしたなかで注目されているのが、特定看護師やNPの存在である。医師の新しい働き方を模索するにあたり、こうした職種へのタスクシフト/シェアの可能性について本日はディスカッションしていきたい。
小野先生:日本心臓血管外科学会は、2021年に「心臓血管外科診療におけるタスク・シフト/シェア推進についての提言」を発表し、看護師の特定行為研修を支援し、また学会として推奨する特定行為を定めることで、NPやPhysician Assistant(PA)*に匹敵するスタッフの育成を目指してきた。さらに2022年には「特定行為研修修了者の会(NJSCVS)」を創設。現在の会員数は約160名であり、全国を8ブロックに分けて活動を行っている(2024年11月時点)。
早い段階からNPの育成・導入に取り組んできた藤田医科大学病院には現在37名のNPが在籍しており、うち3名は心臓血管外科に所属していると聞いている(2024年11月時点、関連病院含む)。NPは医師の直接指示・監視の下に特定の医療行為を行うことができ、医師と共に部署横断的に活動ができる職種だ。医師の業務改善に大いに寄与するものと考えている。
*Physician Assistant(PA):医師の監督の下に診察や手術補助などの医療行為を行う医療従事者。日本には該当する職種が存在しない。
松宮先生:2015年に「特定行為に係る看護師の研修制度」が開始されて以降、修了者の数は年々増加傾向にある。2023年までに約6,800人が修了したと報告されており、2024年はさらに増えると聞いている。こうしたなか、2024年より日本胸部外科学会では「胸部・心臓・血管外科領域特定行為研修修了看護師登録制度」を開始した。呼吸器外科、食道外科、心臓血管外科領域において診療補助を行える看護師の育成・登録を行うものだ。登録要件は、▽手術室、集中治療室、胸部外科、心臓・血管外科関連の周術期管理病棟の勤務が1年以上、▽38の特定行為のうち7行為以上の研修を修了(うち1行為以上を定められた手順書をもとに実施)であり、5年ごとの更新となる。登録のメリットとしては、教育・スキルアップの機会になるほか、今後は各領域に特化したアドバンスドコースを用意し資格認定を行うことも考えている。
椎谷先生:心臓血管外科専門医認定機構では、医師の時間外労働の是正に向けて、施設の集約化や、業務のタスクシフト/シェアの要件化に取り組んできた。このうち業務のタスクシフト/シェアの要件化については、「特定看護師が心臓血管外科の業務に週5日専従していること」を、基幹施設の要件とすることを検討している。特定看護師に期待することについてアンケート調査を実施したところ、もっとも多かったのが「病棟業務」、次に「ICU業務」であった。具体的な求める業務について、「病棟業務」においては特定行為の実施よりも、検査オーダーの代行入力やインフォームドコンセントのスケジュール調整などのタスクをシェアしたいという意見が多くみられた。つまり大きなニーズとしては「医師と一緒に働く人たちがほしい」ことが分かる。一方、「ICU業務」に関しては、特定行為を行える人材が求められている。こうしたニーズを含めて具体的な要件を現在検討しているところだ。
東先生:血管外科の手術規模は心臓血管外科に比べると小さいが、緊急手術の件数が多いことから医師の働き方に関しては同じく改善が必要な状況である。また、下肢の血管病変に伴う創傷管理が多いことから、創傷管理ができる特定看護師のニーズは非常に高いと考えている。さらに血管外科は少人数の医師で対応している病院が多いため、医師の仕事をシフト/シェアできる人材が増えることを期待している。
志水先生:特定看護師やNPを必要としていることは、おそらく多くの診療科に共通であろう。一方、診療科ごとに、また、個々の特定看護師の方々においても、それぞれ異なったニーズや希望があることから、関連5学会の協力により開始される「胸部・心臓・血管外科領域特定行為研修修了看護師登録制度」が、登録要件など、門戸を広げる形で設計されたことは素晴らしく、今後、医療の質向上のための基盤として幅広く生かされることを期待している。多くの方が登録され、このプラットフォームが大いに活用されることを期待している。
福永先生:当学会ではNPを、「患者のQOL向上のために医師や多職種と連携・協働し、倫理的かつ科学的根拠に基づき一定範囲の診療を行うことができる看護師」と定義している。NPは特定行為にとどまらず、フィジカルアセスメント、薬理学、病態生理学の知識・技術をもって、医師の指示の下に臨床的・医学的処置を行う。
当院(日本医科大学武蔵小杉病院)には、救命救急科、総合診療科、循環器内科、形成外科、心臓血管外科にNPが在籍している。たとえば形成外科では下肢潰瘍(かしかいよう)の処置や切断部のケア、褥瘡のデブリードマンなどを実施している。また、救命救急科では、患者からの生活面を含めた状態の聴取やフィジカルアセスメントを行ったうえで、必要に応じて心電図やエコー検査を行い、検査結果が出た段階で医師に報告する、という形で対応をしている。
他院の事例もいくつか紹介したい。まず聖マリアンナ医科大学では3病院に44名のNPが診療看護師技術部に在籍し活動している(2024年11月時点)。また、川崎幸病院のNPは看護部に所属し、診療部への出向という形式がとられている。たとえば麻酔科では手術における麻酔準備から導入、覚醒などの補助を行っており、呼吸器関連や循環動態に関わる薬剤投与関連などの特定行為を行っている。また救急科では、問診、身体診察、初期診療、他科へのコンサルテーションなどの診療補助に加えて、呼吸器関連や創傷管理関連、動脈血液ガス分析関連などの行為を実施している。このように、各施設の組織形態によってNPには多様な働き方がある。医師と緊密な連携を図りながら活動することでタスクシフト/シェアに大いに貢献していると考えている。
吉野先生:冒頭で千田先生からもお話があったように、呼吸器外科手術が増加しているなかで医師数は横ばいの状態が続いており、現場の医師は非常に多忙を極めている。また2024年現在、肺移植可能施設は全国に11施設あるが、移植を実施できるだけの余裕がない現状もある。呼吸器外科領域においてもNPや特定看護師のニーズは非常に高いだろう。国際医療福祉大学でもNPの養成に力を入れており、現場でも活躍してもらっている。病棟業務においては医師だけでなく看護師の業務改善にも役立っていると聞いている。
竹内先生:日本消化器外科学会は全国に約2万人の会員がいるが、近年減少が著しく、ある試算によると10年後には25%、20年後には50%減少すると推計されている。そうした危機的な状況のなかで、日本心臓血管外科学会におけるNPや特定看護師の活躍を支援する取り組みには私たちも大きな注目を寄せている。消化器外科領域でもぜひ参考にさせていただきたい。浜松医科大学医学部附属病院でも特定看護師が活躍しており、医師が手術や外来でどうしても手が離せないときに、医療的な業務を担っていただきとても助かっている。
松本先生:厚生労働省としては医師の働き方改革、医師の偏在化、地域医療構想を一体として政策を進めていく必要があると考えている。診療報酬上で特定行為研修修了者の配置を義務化してはどうかという意見もあるが、その手法は一長一短であるだろう。ミクロな視点では最適なように見えても、実際はそうでないことも多いので、まずは学会での議論を成熟させることが重要だと考える。
川澄先生:本日はさまざまな好事例を聞かせていただき大変勉強になった。医師の働き方改革に取り組むうえで重要な特定行為研修修了者の活躍も含めて、今後も検討を進めていければと思う。
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