連載特集

“希少疾患化”する病気の診断・治療の時代へ―オムニチャネルマーケティングの可能性

公開日

2023年11月14日

更新日

2023年11月14日

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2023年11月14日

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ITヘルスケア学会・シンポジウムから【前編】

かつては診断が困難で治療方法がなかったような希少疾患にも、技術の進歩で診断・治療が可能になったものがある。ただ、患者数が少ないがゆえに、正しく診断され、治療にたどり着くまでには長い「ペイシェントジャーニー」をたどることも少なくない。より適切なタイミングで適切な治療を患者に届けるために注目されているのが「オムニチャネルマーケティング」だ。このほど東京都内で開かれた第16回ITヘルスケア学会年次学術大会では「新時代の医療におけるマーケティング―患者さんに最速で最適な医療を届けるために」と題したシンポジウムで、オムニチャネルマーケティングの現状と可能性、製薬企業での取り組みについて発表があった。講演のダイジェストを2回に分けてお届けする。

井上座長の問題提起

冒頭、座長の井上祥・メディカルノート代表取締役が、企画の趣旨を次のように説明した。

◇  ◇  ◇

テクノロジーが進み、医療が進歩していくのはよいことです。しかし、それが患者さんに届いているのかについて、強烈な問題意識を持っています。

たとえば、臓器別の疾患概念によって現在「肺がん」といわれている病気は、遺伝子技術や解析技術が進んでいくことによって「この遺伝子によって肺にがん病変が生じた」といったようにどんどん細分化されていく時代が来ると思っています。

従来型医療の時代は、多様な患者さんに対して1つの治療がなされてきました。診断技術が進み治療も進歩していくと、全ての病気が“希少疾患”化し、個別最適な医療が適切なタイミングで患者さんに届く、ということができるようになっていくのではないかと思っています。

コンセプトとしては非常に素晴らしいのですが、その一方でペイシェントジャーニーがどんどん複雑化し、患者さんに適切な医療が届くことが難しくなる、時間がかかってしまうのではないかと懸念しております。

そうしたなかで、マーケティングの考え方が非常に重要なのではないかと思います。マーケティングとは、患者さんに最速で最適な医療を届けるためにあるのではないか、という問題意識から今回のシンポジウムを組みました。

荒木氏、オムニチャネルマーケティング総論を解説

続いてOmnicom Health Group Asia Pacific COOの荒木崇さんが「医療におけるオムニチャネルマーケティングの現状と将来の可能性について」の演題でオムニチャネルマーケティングの総論について解説した。講演の要旨は以下のとおり。

◇  ◇  ◇

最初に、私の会社概要と立ち位置について説明します。私たちは日本国民の皆さんに、コミュニケーションを通じて健康的な生活を送っていただくことをビジョンとするグループ会社です。グローバルで展開している企業で、日本ではメディカルに特化した複数のヘルスケアエージェンシー、疾患啓発やパブリックヘルスを手がけるポラリスと、リサーチとデジタルでマーケティングの支援をするMCIがあります。

オムニチャネルマーケティングとは何か

マーケティングにおいてオムニチャネルが大きな成果をあげ、関心事になっております。もともとはシングルチャネルであり、そこからマルチチャネル、クロスチャネル、オムニチャネルとマーケティングは進化してきました。

シングルチャネルとは対象全員に単一の、たとえばDMを送るといった方法です。マルチチャネルは、対象ごとにテレビCM、DM、SNSなどのチャネルを使い分けるというマーケティング手法で、顧客接点は複数ありますが各チャネルは独立しています。クロスチャネルはマルチチャネルを拡張して、1つの対象に対してCMとDMとSNSもといったように複数の顧客接点、複数のチャネルを横断的に活用するというものですが、背後の情報が統合されていないためコミュニケーションとしてはバラバラになってしまいます。

オムニチャネルは、チャネルごとの違いを感じさせないシームレスな関係性を持っています。それを可能にするには、背後にある情報を整理・統合、分析し、顧客やチャネルの特性に合わせた打ち手が必要です。データベース分析とそれに基づいた施策を継続的に行っていくため、システムの投資とオペレーションにはかなりコストと手間がかかります。

オムニチャネルは今のところ、流通業やECといった企業で有効に使われています。では、医療におけるオムニチャネルマーケティングはというと「発展途上」の状況だと思っております。

新型コロナで変わった医師の情報入手経路

新型コロナウイルス感染症(以下「新型コロナ」)のパンデミックによって、医師の情報入手経路が大きく変わってきています。かつてはMR(製薬企業の医薬情報担当者)さんを中心に、いろいろなデータが医師に届くという状況でした。今は、医師が主体的にさまざまな情報にアクセスし、知識の習得や治療に役立てています。

弊社グループのMCIが、約5000人の医師にアンケートにご協力いただいて、年2回作成しているマルチメディア白書があります。新型コロナ後の疾患・薬剤情報収集の際のメディアマインドシェア(顧客の心の中に占める特定ブランドの占有率)と接触時間シェアを見ると、マインドシェアにおいても接触時間においても「インターネットサイト」が大きな位置を占め、「インターネット講演会」が続きます。MRは、マインドシェアは今も小さくはありませんが、接触時間ではインターネットサイトの3分の1以下になっています。

実は、チャネルが多様化した製薬企業から医師へのコミュニケーションでは、多くのブランドが多岐にわたるチャネルを利用し同じ医師の注意を引きたいと望んでいるので、医師からするとマルチチャネルマーケティングになってしまい、情報過多になりかねません。ですから、オムニチャネルで必要な情報を最適な時期に最適なチャネルで医師に提供しようと製薬企業は創意工夫しております。疾患領域あるいは医薬品が置かれている状況によっても違いますが、情報と施策をデータベース化し、最適な情報をオムニチャネル的にコミュニケーションするためにチャレンジしております。

将来の可能性

現在の大きな関心事の「医師の働き方改革」、時間外労働の上限設定によって情報収集の時間が増えるか減るかを医師に尋ねたところ、データソースはいろいろありますが、おおむね「増える」との答えが多いようです。

では、増えると考えているのはどういう層かというと、年齢的には若く、新薬を進んで採用・処方するタイプの医師です。どのチャネルが増えるか。1番増えるのはインターネット講演会、次がネットサイト。反対に減ると医師が考えているのはMRさんの面談です。こうしたことから、さらにオムニチャネルの重要性が増すということが分かります。

必要不可欠なデータを掛け合わせることによるオムニチャネルマーケの可能性

オムニチャネルで利用すべきは、リアルワールドデータ(RWD)とPHR(Personal Health Record)のデータです。これを掛け合わせることで、患者さんに最速で最適な治療を届けられる可能性が高くなります。

それらのデータを掛け合わせると、どういうことが分かるか。一例として、一般クリニックで「てんかん」の単一治療を受けていた患者さんが専門病院に紹介され、実は統合失調症もあることが判明。その後、向精神病薬が投与され適切な治療を受けたものの、薬の副作用の問題もあってコンプライアンス(医師の指示どおりに治療を受け、服薬すること)が低下したとします。

患者さんのジャーニーもしくは治療フローを的確に捉え、合理的な介入ポイントを把握することでベストなタイミングで最適な治療や指導が可能になります。RWDを用いて治療フローの中で患者さんの脱落が大きいポイントを把握すると同時に、定性調査を実施してセグメンテーション化してマーケティングに役立てること。その際には▽RWDのビッグデータ▽ログに依存しないAI▽医師・病院・患者をつなげる仕組み▽患者のインサイトに合わせたアプリ――といったデータとツールの活用によって、患者さんに最速で最適な治療を届けられる可能性があると考えます。

*各論は【後編】をご覧ください。

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