世界脳卒中機構(World Stroke Organization:WSO)は、毎年10月29日を「世界脳卒中デー(World Stroke Day:WSD)」と定めています。日本脳卒中協会はこれに合わせて2021年から10月を「脳卒中月間」とし、脳卒中についての正しい知識と予防、治療についての啓発に力を入れています。脳卒中は命にかかわる危険な病気ですが、治療法は近年格段の進歩を遂げ、高い効果が期待できるようになっているといいます。大阪医療センター脳卒中内科科長、山上宏先生に、最新の脳卒中治療や脳卒中の予防法などについてお聞きしました。
脳卒中に対する血管内治療は、近年目覚ましい進歩を遂げています。「内頸動脈」や「中大脳動脈」などの太くて重要な血管に血栓(血の塊)が詰まることで起こる脳梗塞は、かつては重い後遺症が残ることが多かったのです。しかし、機械的血栓回収療法(mechanical thrombectomy:MT)が有効であると2015年に報告され、脳卒中の救急診療体制に大きな影響を与えました。MTとは、カテーテルという細い管を足の付け根などの血管から挿入し脳まで到達させて、先端から細いワイヤー製の“網”(ステント)を出して絡め取ったり、吸引したりして血栓を取り除き、脳の血流を再開させる治療です。
MTの有効性が確立したもっとも大きな要因は、網で絡め取る「ステント型血栓回収機器」や「血栓吸引カテーテル」などの新しいデバイスの開発があったからです。それによって、短時間で血管が再開通する確率が格段に向上したのです。
この数年で血管壁を傷つけずに血栓を捕捉するステントや、より大口径かつ柔軟な吸引カテーテルが次々と開発され、ステントと吸引カテーテルを併用する治療法も行われるようになってきました。また、中大脳動脈から枝分かれした「中等度血管」の閉塞を治療する目的で、小径のステントがわが国で開発されてもいます。
このようなデバイスの開発と並んで、もう1つ重要なのは、MTの適応がある脳梗塞患者さんを見つけるためのCTやMRIを用いる急性期画像診断の進歩です。脳卒中が疑われる患者さんでは、脳梗塞か脳出血かを画像で確認します。MTを行うためには最初の画像診断で大きい血管が詰まっているかどうかを確認する必要があります。そこで、症状が重い脳梗塞の患者さんでは、CT Angiography(CTA)やMR angiography (MRA)など、脳血管の撮影を追加で撮影することが必要となっています。
Angiographyは「血管造影」という意味で、CTAは放射線、MRAは磁気のはたらきによって血管の状態を鮮明、立体的に撮影する検査です。これらの装置を最初に使うことで、素早く梗塞の有無や詰まっている場所などが特定できるようになりました。
脳卒中の治療で重要なのが、発症から治療開始までの時間をできるだけ短くすることです。早く治療を始め早く血流を再開させれば、それだけ重い後遺症が少なくなります。そのため、時間との戦いと高い専門性が両立できるような診療体制の整備が必要です。
そうした体制整備のため、日本脳卒中学会は一次脳卒中センター(primary stroke center:PSC)の認定を2019年に開始しました。PSCの認定要件の1つとして「MTが実施できることが望ましい。実施できない場合には常時実施できる施設への緊急転送に関する手順書を有する」と記載されており、PSC間の連携を進めて全国で迅速にMTを実施できる体制が構築されつつあります。
その成果もあり、2020年には全国のPSCに約20万例の急性期脳梗塞の患者さんが入院し、そのうち約1万5000例でMTが施行されています。急性期脳梗塞の約10~20%にMTの適応があるといわれており、さらなる脳卒中診療体制の整備が急務です。
MTの普及以前、脳梗塞の治療には血栓を溶かす作用があるrt-PA(遺伝子組み換え型組織プラスミノーゲン活性化因子)が使われてきました。rt-PAは発症から4.5時間以内に投与を開始する必要があります。また、内頸動脈や脳底動脈などの太い血管が閉塞した場合には再開通率は低いと報告されています。
一方、この5年間でMTは急速に普及し、標準的治療となりました。今後の展開として、さらなる適応拡大や薬物との併用療法についての研究が進んでいます。まず、大血管閉塞による発症4.5時間以内の脳梗塞に対して、1)rt-PA静注療法とMTを併用した治療2)MT単独の治療――とを比較すると、3カ月後の日常生活自立の程度には差がないことが明らかになってきました。迅速にMTが実施できる施設では、直接MTを行うことで医療費を削減できる可能性があります。
現時点でのMTの適応は▽意識障害や手足の麻痺(まひ)などの重い神経症状がある▽治療開始直前の画像診断で脳梗塞が完成してしまった領域が小さい▽大血管閉塞が確認された――患者さんです。しかし、脳梗塞の範囲が広い患者さんや、中等度の血管が閉塞している患者さんでもMTが有効な可能性があり、世界中で臨床試験が行われています。さらに、血流が少なくなっても脳神経細胞がすぐに傷害を受けないようにはたらく神経保護薬をMTと併用することで、後遺症が残る患者さんをもっと減らせる可能性があり、数種類の治療薬とMTの併用療法についても試験が進行中です。
このように、脳梗塞に対する血管内治療は今後もさらに発展を続け、全国にこの治療が普及することで1人でも多くの患者さんを後遺症から救えるようになることが期待されます。
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山上先生のお話にもあったように、脳卒中を発症した場合はできるだけ早く治療をすることが命を救い、後遺症を軽くすることにつながります。冒頭で紹介した世界脳卒中デーの今年のテーマは「迅速な受診が人生救う!」、そして脳卒中月間の標語は「『大丈夫 ほっときゃ治る』が命取り」――いずれも、脳卒中の兆候にいち早く気付き、躊躇なく受診する必要性を訴えています。
とはいえ、どのようなときに脳卒中を疑えばいいのでしょうか。
脳卒中は休んでいるとき、仕事をしているとき、寝ているとき――いつでも、そして突然起こります。典型的な症状としては、▽片側の手足・顔半分の麻痺(力が入らなくなる)・しびれ(顔のみ、手のみ、足のみのこともある)▽ろれつが回らない、言葉が出ない、他人の言うことが理解できない▽ものが2つに見える、視野(見えている範囲)の半分が欠ける▽力は入るのに立てない、歩けない、フラフラする▽経験したことのない激しい頭痛――などがあります。中でも、▽顔のゆがみ(Face)▽手の力が入らない(Arm)▽ろれつが回らない・言葉が出ない・他人の言うことが理解できない(Speech)――は代表的な症状で、「突然」このような症状が1つでも出た場合は脳卒中の疑いがあります。
脳卒中? と思ったら、症状が出た時刻(Time)を確認してすぐに救急車を呼ぶことが大切です。それぞれの頭文字をつなげて「FAST」が脳卒中発見の合言葉とされています。
脳卒中は日本人の死亡原因として4番目に多く、要介護となる原因の第2位、寝たきりでは1番の原因――と、危険な病気ですが、一方で防げる可能性もあります。というのも、脳卒中の「危険因子」のうち9割は是正可能だからです。
以下に掲げる「脳卒中予防十か条」「脳卒中克服十か条」を参考に日々の生活を見直すことが、脳卒中予防、脳卒中の再発予防につながります。
日本脳卒中協会は世界脳卒中デーの10月29日、各地のモニュメント、建造物をシンボルカラーのインディゴブルーにライトアップし、脳卒中に関する正しい知識の普及を呼びかけます。
ライトアップ施設(2021年10月27日現在)▽県観光物産館アスパム(青森県)▽県庁昭和館、史跡足利学校、獨協医科大学病院(以上栃木県)▽臨江閣、公益財団法人脳血管研究所美原記念病院/研宗館(以上群馬県)▽ジョンソン・エンド・ジョンソン インスティテュート東京(神奈川県)▽県庁別館(山梨県)▽世界遺産韮山反射炉、県富士山世界遺産センター、静岡市役所静岡庁舎本館ドーム(以上静岡県)▽太陽の塔(大阪府)▽徳島大学病院、県立中央病院(以上徳島県)▽高松シンボルタワー(香川県)▽県立白鳥病院(香川県)▽海峡ゆめタワー(山口県)▽熊本大学病院時計塔・プロムナード(熊本県)=順不同
詳細は日本脳卒中協会ホームページをご参照ください。
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