「医師の働き方改革」は、予定されている2024年4月の適用開始まで1年半を切った。胸部外科関連4学会(日本胸部外科学会、日本心臓血管外科学会、日本呼吸器外科学会、日本食道学会)は、「医師の働き方改革」に強い懸念を示し、2022年8月に厚生労働省へ要望書を提出している。医師の健康、そして患者の安全を守るためにはどうしたらよいのか。2022年10月5~8日に横浜市で開かれた「第75回日本胸部外科学会定期学術集会」では、厚労省の担当者を交えて理事長対談が行われ、具体的な方策について熱く議論された。本記事ではその概要をお伝えする。
澤先生:厚労省が目指しているのは「胸部外科医が専門性に即した仕事を全うできる環境を整備する」ことだと思う。海外の外科医の仕事はほぼ手術室内で完結するのに対し、日本では手術以外の多くの業務も外科医が担っている。業務内容の整理がなされないまま労働時間のみが短縮された場合の影響、そして外科医が置かれている環境の厳しさが外科志望者の減少を招いていることについて多くの先生方が懸念されており、それが調査結果(後述)として示されたと考えている。
横山先生:外科医が外科医にしかできない仕事、すなわち手術を中心にできる環境を整備することが労働時間の短縮、ひいては提供する医療の質を維持することにつながる。今後、特定行為*研修修了看護師の育成・活用についても検討したい。先日山本さんと議論したときに「今後1年ほどでさまざまな試みが行われいろいろな不都合が出てくるだろうが、学会を通じて要望いただければ柔軟に対応する」と心強いご意見をいただいた。
*特定行為:看護師が行う診療の補助で、手順書により行う場合には、実践的な理解力、思考力および判断力並びに高度かつ専門的な知識および技能が特に必要とされる行為である。「侵襲的陽圧換気の設定の変更」など38行為が定められている(2022年12月現在)。
土岐先生:現場では労働時間短縮の具体的な方法について検討が進められている。たとえば、現状2人体制の当直業務を1人で担うなどすれば、勤務時間を上限時間内に収めることはできる。しかし、それは医師に相当なストレスとリスクを強いることになり、患者の安全のためにも好ましくない。タスクシフトを考えるうえでは、管理職が外科、特に胸部外科の置かれている厳しい現状を正確に理解し、胸部外科医の負担を軽減する策を具体的に検討してほしい。
山本さん:具体的な取り組みについて全国一律で行うべきは国が、地域や医療機関の特性を考慮した個別の取り組みは各医療機関でと、役割分担しながら進めていきたい。また、タスクシフトについては、特定行為研修修了看護師の活用は非常に重要であると考えている。看護師としてのキャリアパスも考慮しながら、今後の現場での活躍を一緒に考えたい。
吉野先生:日本では医療行為に対して支払われる診療報酬が十分な額ではなく、多くの病院では収支均衡のためにコスト削減や診療パフォーマンスの向上に努力している。特に胸部外科手術は大きな収入源であり、外科医の長時間労働に病院が支えられている現状もある。一方、若手外科医は手術手技の教育機会を望んでいるが、自己研さんに充てられる時間が不足していると感じている。働き方改革では、限られた時間をどう使うかがポイントになるが、手術以外の診療に当てる時間(周術期管理や患者への説明、カルテワークなど)を減らし、自己研さんに充てる時間を作ることになる。そのためには、診療報酬の中に手術以外の外科診療をサポートする人材に対する手当を盛り込むなど充実した手当をお願いしたい。
山本さん:診療報酬については中央社会保険医療協議会(中医協)で議論されるが、先生方が大きな問題意識を抱かれていることを受け止めたい。「医師の働き方改革」については、2024年4月からの制度施行に向けて、そしてそれ以降どのように医師の働き方や医療提供体制を考えていくか、2つの時間軸で検討していく必要がある。どれか1つの要素のみに注目するとバランスが崩れてしまうため、さまざまな要素を加味しながら進めていければと思う。
横山先生:出産・育児と仕事の両立という観点からは、保育所や病児保育の充実が必要である。
山本さん:「医師の働き方改革」の法案の附帯決議でも、子育て支援に資する環境を整備していくように指摘いただき、重要な課題だと認識している。厚労省では必要な取り組みについて専門部会で検討を進めている。また、第8次医療計画の検討会でも、個々の医療機関としてだけでなく地域全体の連携も考慮して、医療人材の確保を進めていく必要性について指摘いただいている。
澤先生:ドイツに留学した時、医師に限らずさまざまな人が育児と仕事を両立しながら活躍できる社会的な仕組みが整っていると感じた。日本でも、将来的には国全体として仕組みが整っていくことを期待したい。
吉野先生:最近は呼吸器外科を志望する女性医師も増えてきた。今後このような取り組みは、ますます重要になると思う。
澤先生:特定行為研修修了看護師の制度については、数十年前から日本胸部外科学会や日本心臓血管外科学会を中心に議論されてきた。これからは、看護師としてのキャリアデザインを考慮しつつ日本の実情に合った制度を構築し、特定行為研修修了看護師が周術期の管理をサポートできる体制を整え、タスクシフト/シェアを行っていく方向性を考えている。
横山先生:日本心臓血管外科学会が2018年に行った調査でも、80%の施設では手術後の管理を心臓血管外科医が担当しており、周術期の管理は外科医の大きな負担になっている。今後は研修医と同じようなプログラムで数年間研修を行い、医師と特定行為研修修了看護師が一緒に周術期を管理していけるような、現場に即した効率的な運用ができるとよいと考えている。
土岐先生:我々としては、要望書のとおり「特定行為研修修了看護師の診療科付配属」が理想的だと考えているが、その場合は看護師としてのキャリアプランが描けないことは大きな問題である。最終的には、全ての看護師が現在特定行為とされている行為を行えるようになるとよい。移行過程の選択肢は2つあり、特定行為研修修了看護師という制度を経る必要があるか、または急速に全ての看護師に拡大するかだと思う。ただ、現状のスピード感ではまったく現場のニーズに追い付いていないため、診療科付の配属にしないとマンパワーとしては不十分である。
吉野先生:胸部外科領域の働き方改革では、最低限タスクシフトは絶対に必要。そのためには、現在の看護師の配置基準にプラスして、胸部外科に必要とされる行為を重点的に習得した特定行為研修修了看護師を診療科付または集中治療室(ICU)/高度治療室(HCU)付として配置する必要がある。そのために必要な財源の確保をお願いしたい。
澤先生:医師としても診療科としても、これまで育成されてきた特定行為研修修了看護師の方々と一緒にキャリアデザインを描き、うまくタスクシフトができれば、働き方改革の成果の1つになると考えている。胸部外科関連4学会としてはすでに考えが一致しているので、集中治療の先生方や看護師の方々とも検討しながら、4学会認定の特定行為研修修了看護師の制度として構築していきたい。
山本さん:当然看護師としてのキャリアも検討する必要があるが、現場でどのような活躍が期待されているのかよくお話を伺い、一緒に考えさせていただければ有難い。
横山先生:2022年4月、日本心臓血管外科学会では「特定行為研修修了者の会」を創設した。現在全国から40~50名に参加いただいているので、今後各施設の好事例やモデルケースなどの情報を提供したい。
安田先生:単に外科医を増やしてほしいと要望しても、我々が変わらなければ外科の志望者は増えないだろうと考えている。調査結果(後述)では、やはり外科医が担当する業務の整理、タスクシフト/シェアはどうしても必要であるとの意見が多数だった。我々が具体的な案を提示して、国の支援をいただきながら進めていきたい。うまくタスクシフトができれば、教育や研究にも取り組むことができるようになる。メディアの協力も得て国民の理解をいただきながら、よりよい外科医療を築ければと思う。
安田卓司先生
「医師の働き方改革」とは、勤務医の時間外・休日労働の上限を原則年間960時間以下(月100時間未満)、救急医療などを行う医師や技能向上を必要とする研修医などは、期限付きで年間1860時間以下(月100時間未満)とするものだ。
これに対し、2022年8月胸部外科関連の4学会は、時間外労働の上限を設けることが改革の中心となっている点を強く懸念して、以下3項目を柱とする要望書を提出した。
厚労省の統計によれば医師数は増加しているものの、外科医の数はほぼ横ばいで医師全体に対する外科医の割合はむしろ減少している。それにもかかわらず、胸部外科で行われる手術の件数はここ20年ほどで2~3倍に増加しているため、外科医1人あたりの負担は年々増加している。日本における手術の治療成績と安全性は世界に誇るデータが確立されているが、これは外科医の献身的な努力の積み重ねにほかならない。
日本胸部外科学会と日本食道学会が2021年秋に外科医9600人余りを対象に行った調査(回答者約1500人)によれば、現在外科医が担っている業務の整理がなされないまま、「医師の働き方改革」における時間外労働の上限が適用された場合、手術の治療成績が低下する(46%)、医学研究のレベルが低下する(60%)と強い危機感が示された。こうした課題に対する解決策として、労働環境改善のために医療現場が期待する事項(複数回答)は、労働・リスク・技能に応じた評価(76.3%)、タスクシフトの導入(58.4%)などがあげられている。
詳しくは、学会の要望書を基に解説した既報をご参照いただきたい。
山本 英紀さん
日本の医療は医師の自己犠牲的な長時間労働により支えられてきた。しかし、医師が健康に働き続けられる環境を整備することは、医師本人だけでなく患者に提供される医療の質と安全を確保し、持続可能な医療提供体制を維持していくうえで重要である。
時間外労働の上限規制の適用開始に向けて、医療機関が計画を作成し計画に基づく取り組みを都道府県が支援することとしており、具体的な取り組みを開始している。具体的な法律の内容については以下のとおり。
医療の質を維持したうえで労働時間を短縮するためには、医師の仕事の仕方の見直しや他職種へのタスクシフト/シェアを推進し、医師の負担を軽減していく必要がある。子育てと仕事の両立などを含め、「医師の働き方改革」を契機として、よりよい医療提供体制のあり方を考えていきたい。
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