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“奇跡”が“軌跡”となったKISEKI trialの裏側――臨床腫瘍学会の患者・市民向け特別プログラム「PAP」リポート第2弾

公開日

2024年04月16日

更新日

2024年04月16日

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2024年04月16日

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2024年2月22~24日に開催された第21回日本臨床腫瘍学会学術集会では、がん患者さんやご家族、市民が参加できる特別プログラム「ペイシェント・アドボケイト・プログラム(以下、PAP)」も行われた。PAPプログラムリポート第2回は、昨今関心が高まる臨床研究における患者・市民参画(PPI)とがんゲノム医療についてリポートする。

(「ペイシェント・アドボケイト・プログラム(PAP)」)

PAP基礎講座6「臨床研究における患者・市民参画(PPI)の推進」

基礎講座6では、がん研究に患者・市民の視点を取り入れる患者・市民参画(PPI:Patient and Public Involvement)について、具体的な成果を織り交ぜながら講演が行われた。発言要旨を紹介する。

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中村健一先生(国立がん研究センター中央病院国際開発部門)

事務局提供

PPIとは「医学研究・臨床試験プロセスの一環として、研究者が患者・市民の知見を参考にすること」と定義されている(AMED患者・市民参画(PPI)ガイドブック)。

そもそもなぜ臨床試験が必要なのだろうか。ある薬の効果を検証するためには、“薬を投与したグループ”と“薬を投与しなかったグループ”の効果を比較する必要がある。コロナ禍でのアビガン(ファビピラビル)をめぐる混乱がよい例だ。2020年春、政府は世間の“空気”に押される形で、新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)に対して未承認であったアビガンを日常診療の一環として投与することを許可してしまった。これにより、国内で行われた臨床試験には十分な患者数が集まらず有効性を比較するに至らなかった。しかし同時期、イギリスでは大規模ランダム化比較試験が実施され、数々のエビデンスが創出された。結果として、新型コロナに対するアビガンの有効性は示されず、2022年10月開発は中止された。この混乱で、有効性が示されなかった薬を何万人もの日本人が超法規的に服用することになった。得られた教訓があるとすれば「よいらしい」を信じないことだ。臨床試験で科学的に正しく効果が検証されるまで「その薬が有効かどうか」は分からない。

では、なぜ臨床試験にPPIが必要なのか? その目的は大きく2つある。1つは、真の患者のニーズを把握することだ。研究者は患者のために研究を行っているが、研究者は意外と患者のことを知らない。もう1つの目的は、臨床試験は未来の患者のために必要不可欠であることを正しく理解してもらうことだ。政府や企業に対しても研究者が患者と連携して働きかけを行いたい。PPIはステークホルダーマネジメントとして一般的なプロダクト開発の文脈で発達してきた方法論の1つだ。顧客理解、リスク管理、ビジネスインサイト、信頼関係の構築、イノベーションの促進などの観点から、よりよい成果の創出を目指して行われる。

対人関係における気付きのモデルに「ジョハリの窓」がある。“自分から見た自分”と“他者から見た自分”の情報を切り分け、“開放の窓”を拡げることで円滑なコミュニケーションが可能となるとされる。PPIにおいても研究者が気付いていない“盲点の窓”のニーズを話し合いによって把握し、患者さんの認知度の低い“秘密の窓”を開いて研究活動への理解を深めるなど、研究者と患者・市民が協働することでよりよい研究のアイディアを創出していくことに意味がある。

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患者・家族が発案して行われた医師主導治験の事例として、KISEKI trial(WJOG12819L)を紹介したい。第3世代チロシンキナーゼ阻害薬(EGFR-TKI)であるオシメルチニブはそれまで非小細胞肺がんの二次治療以降で使われていた。2018年8月、一次治療にも適応が拡大されたが、二次治療の適応はEGFR陽性かつT790M変異が陽性の患者に使用が限定された。しかし、第1相試験ではT790M変異が陰性であっても20%程度の患者に効果が認められたことから、肺がん患者の会ワンステップより西日本がん研究機構(WJOG)に対して「T790M変異陰性患者を対象に治験を行えないか」との提案があった。WJOGの研究者が製薬企業と交渉し一度は断られたものの、患者会も参加した欧州臨床腫瘍学会(ESMO)での製薬会社グローバルヘッドクオーターとの交渉で実施合意に至った。資金は製薬企業、公的資金、患者会から調達し、2020年8月よりWJOG医師主導治験が開始された。結果は、主要評価項目である奏効割合が29.1%、副次的評価項目である無増悪生存期間中央値が4.07か月、全生存期間中央値が13.73か月と有効性が認められ、副作用もすでに報告されているもので管理可能と考えられた。今後、一次治療後に進行したEGFR陽性T790M変異陰性の非小細胞肺がん患者に対する適応拡大につながることが期待される。患者ニーズを起点に具体的成果に結びつけた素晴らしい事例だ。

PPIは研究計画段階での意見交換にとどまらず、研究の準備や実施、結果の公表など研究のあらゆる段階に取り入れることができる。国立がん研究センターでも2015年から日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)で、患者登録促進、分かりやすい結果の説明、セミナー開催などPPIの取り組みを開始した。2017年のMASTER KEYプロジェクト発足を契機に日本希少がん患者会ネットワーク(RCJ)との連携も開始し、産学患が厚生労働省に共同要望書を提出したことで、希少がん・希少フラクションに対するコンパニオン診断薬の規制緩和も実現した。トークニズム(Tokenism)と呼ばれる「数合わせのための表面上の参加、やっているふり」にならないよう、これからも同じ目的・方向に向かう仲間・同志として手を取り合っていきたい。

PAP基礎講座1「がんゲノム医療のこれまでとこれから」

基礎講座1では、がんゲノム医療の現状と課題について講演が行われた。発言要旨を紹介する。

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河野隆志先生(国立がん研究センターがんゲノム情報管理センター)

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がんゲノム医療とは、がん細胞のゲノム(染色体に含まれる全ての遺伝子と遺伝情報)を調べて最適な治療法を選択する個別化医療の一つだ。

がんにおける治療標的の1つにRET融合遺伝子がある。肺がんでは2012年に発見され、LC-SCRUM-Asia(旧:LC-SCRUM-Japan)によって全国的なスクリーニングが行われてきた。2021年9月にはRET融合遺伝子変異陽性の切除不能進行・再発の非小細胞肺がんに対してRETキナーゼの選択的阻害薬であるセルペルカチニブが承認され、同時にコンパニオン診断薬も承認された。これらは最も臨床応用が進んでいるがんゲノム医療の1つである。

しかし、RET融合遺伝子は肺がんのみに生じるわけではない。乳がんや膵臓がんでも起こり得るが、たとえば臨床試験を通じて治療を受けたいと思っても、現在の日本の保険診療では承認条件にがん種が紐づいているため、ほかのがん種に対しては承認されているコンパニオン診断薬を使用することができない。

このような問題を解決するために開始されたのが“がん遺伝子パネル検査”だ。一度に多数のがんに関わる遺伝子の変異を調べる検査で、標準治療がない固形がん患者または局所進行もしくは転移が認められ標準治療が終了となった固形がん患者に対して、2019年6月から保険適用となった。全国のがんゲノム医療中核拠点病院(13施設)、拠点病院(32施設)、連携病院(218施設)で受けられる(2024年2月時点)。

がんゲノム情報管理センター(Center for Cancer Genomics and Advanced Therapeutics:C-CAT<シー・キャット>)では、これらの病院で行われたゲノム解析を行った結果得られる配列情報と診療情報を集約・保管し、利活用している。C-CATのデータ登録は検査の保険収載と同じく2019年6月から始まり、2024年1月末の時点で7万126人、登録総数に対する二次利用同意割合は99.7%となっている。

C-CATには、検査会社からがん遺伝子パネル検査の結果とゲノム情報が、がんゲノム医療機関から臨床情報が集積される。C-CATは遺伝子変異にマッチした国内の臨床試験の情報を搭載したC-CAT調査結果を病院に提供し、病院ではこの調査結果の情報を用いて“エキスパートパネル”と呼ばれる専門家の集まりで検討したうえで、治療法を患者に提案する。

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C-CATでは検査結果を治療に結び付けるための情報提供を積極的に行っている。がんゲノム医療機関は、「診療検索ポータル」でそれぞれの患者ごとに、また「CKDBポータル」では全体として、遺伝子、がん種などから、現在進行中の臨床試験を検索し、実施施設などの詳細を閲覧できる。また、希少がんを対象に行われる分散化臨床試験(医療機関への来院に依存しない臨床試験)の情報も表示され、被験者登録の促進にも一役買っている。

一方、厚生労働省の調査報告によれば、エキスパートパネルの3万822症例に対し、治療薬の選択肢が提示されたのは1万3713症例(44.5%)、提示された治療薬を投与したのは2888症例(9.4%)にとどまっている。そのため、臨床試験の数そのものを増やしていく必要がある。研究開発用には「利活用検索ポータル」としてがん種や年齢、施設名、使用されている薬剤、効果・有害事象の転帰などの情報を提供している。開発中の薬剤の標的となる遺伝子変異を検索すると、各がん種での頻度や変異陽性の患者数の把握ができるため、治験の促進につながることが期待されている。2023年12月時点で、これらのC-CATデータを利用して研究・開発を行っている施設はがんゲノム医療機関39施設、アカデミア4施設、企業10社にのぼる。

医療機関からC-CATに提供される診療情報は患者背景から検査、治療、予後と非常に多岐にわたる。米国癌学会でも2017年よりAACR Project GENIEというがんゲノムデータベースを作成しているが、C-CATと異なり、治療に用いられた薬剤や、効果の情報は含まれない。登録施設数もGENIEの18に対しC-CATは250以上と、より幅広い施設からデータが集積されていることが特徴だ。C-CATへのデータ登録、利活用に同意いただいた患者さん、日頃からデータ登録にご協力いただいているがんゲノム医療機関と検査企業の方々に深く感謝申し上げる。

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