名古屋市立大学病院 ・こころの医療センターセンター長、名古屋市立大学病院 ・緩和ケアセンターセンター長、名古屋市立大学病院 副病院長、名古屋市立大学大学院学研究科 精神・認知・行動医学分野 教授
あなたのご家族にはがんの患者さんはいらっしゃいますか? 日本人の2人に1人ががんを経験する時代です。少し遠い親戚まで含めると、きっとどなたかががんという病を経験されておられるのではないでしょうか。おそらく何百万人という人々が家族としてがんの患者さんを支え、また遺族という立場でがんという病を経験していると推測されます。一方、家族には主たる介護者としての視点があてられがちです。もちろん、これも大切な点ではありますが、サイコオンコロジーとしては、もう1つ大切な視点があります。それは、「ケアすべき対象」としての家族です。サイコオンコロジーでは、家族を「第2の患者」と呼びます。今回は、がん患者の家族になぜケアが必要なのか、どういったケアが提供されるべきなのか、といった点についてご紹介いたします。
「家族」とは情緒的結びつきの強い1つの集合体です。家族の誰かががんになることが家族全体に極めて大きな精神的、物質的負担をもたらすことは、容易に理解していただけるのではないでしょうか。このような意味で、がんは「家族の病」として扱われる必要があるともいわれています。
がんの患者さんを抱えた家族は、自分自身の心理的な問題に対処するだけでなく、患者さんのケアに際して心身両面にわたる多くの役割を担うことになります。しかし、それ以前に、家族は当然のように患者ケアの「一提供者」や「一協力者」としてみなされることもまれではなく、医療の現場では、家族のこころの問題まで扱われることは残念ながら少ないのが現状です。
入院中の夫の回復を願いながら介護に奮闘しているご婦人の話です。患者さんの前では時折笑顔を見せながら気丈に振る舞っていますが、病室を出ると疲れた悲しそうな表情を見せたり、心ここにあらずといった様子でたたずんだりしています。その様子に気付いた看護師が声をかけると、「夫ががんになって生活が一変しました。痛みやだるさがあるときには何もしてあげられなくて……。でも私がつらそうにすると心配をかけてしまうので、無理に明るく振る舞っています。ですが、つらいときもあって、時々夜に1人で泣いてしまうこともあるんです」と、つらい心情を吐露しました。
がんの患者さんの家族は、実際にどのようなこころの負担を経験しているのでしょうか。これまで行われてきた研究からは、家族が抱える問題として▽不安▽抑うつ▽怒りなどの精神的苦痛▽身体的な負荷▽患者さんの今後の病状に対する不確実性への懸念▽患者さんが死にゆくことに対する恐怖▽役割とライフスタイルの変化への対処▽経済的問題――などが示されています。
家族の経験する精神的苦痛に関しては、多くの研究で、患者さんと同等か、場合によっては患者さん以上に強い苦痛を抱えていることが繰り返し示されています。家族にみられる精神症状を精神医学的診断という視点からみると、頻度が高いものは、がん患者さんと同様、「適応障害」と「うつ病」です。
がんの患者さんの多くにケアが必要なこころの状態がみられることを考えると、患者さんとその家族を一体としてケアしていく重要性が理解できます。
多くの家族は、医療者からの無言の要請に全力で応えようとして、自分のつらい気持ちをこころの奥底にしまいこんで、できるだけの笑顔で、可能な限り元気な姿で患者さんを見舞い、身の回りの世話をしています。しかし、家族は患者さんと同様に苦悩しているのです。
実際に家族に対する援助としてはどういったことが必要とされているのでしょうか? 一般的には、家族が最も必要としているのは、適切な「情報」と、さまざまな側面における家族自身に対する「サポート」です。
情報には▽患者さんが快適に過ごすことができるようにするための医学的な知識やスキル▽痛みに対する適切な知識▽ケアに際しての基本的事項(入浴介助など)▽将来患者さんに出現することが予測される症状――などさまざまなものが含まれます。このような情報は、医療に関する知識がほとんどない家族の無用な無力感や不安感を軽減するために、極めて重要です。
サポートに関しては、経済的問題に対する相談など現実的なものも含まれますが、最も重要なことは、家族の抱くつらい気持ちを言葉にしてもらうよう(言語化を)促し、そのつらさや家族の置かれた苦境に理解を示し、共感することです。
ところが、わが国におけるがんの患者さんの家族への援助は、医療における実践も含めて極めて乏しいのが現状です。これは、わが国のがん医療における大きな課題の1つであると感じています。
家族のなかに子供さんがいる場合にはどのようにすればよいのでしょうか。
一般的に、子供は子供なりの理解の仕方で、状況を感じ取っています。
病気のことを伝えると子供に無用な心配をさせてしまうのでは、と思うことは親心として理解できるものです。しかし、がんになったことでもたらされたちょっとした生活上の変化や両親の気持ちの動揺は、どうしても子供に伝わってしまうものです。また、例えば、「お母さんどこか具合が悪いの?」などと子供が質問しても教えてもらえなかったり、質問をはねつけるような対応をしてしまったりすると、子供心に不安が生じてしまいます。幼い子供の場合は「自分が何か悪いことをしたから、お母さんが病気になってしまったのかもしれない」などと、自分を責めてしまうこともあり得るのです。
子供を心配させないためにがんに関しての情報を一切伝えないという“密約”が家族全体にあると、どうしても子供は孤独感や孤立感を抱いてしまいやすくなります。
多くの子供は、家族の雰囲気でただならぬことが起きていることを感じとっているのです。子供の心の健康を維持するうえでは、隠し通すよりも、できるだけ子供の発育レベルにあわせて伝え、子供が感じる心配事を何でも話せるような環境を提供することが大切です。
ストレスに対して家族は、どのように対処したらよいのでしょうか。まずは、1人で抱え込まずに、誰か信頼できる方に相談することをお勧めしたいと思います。例えば、友人や、同じようにがんの患者さんを家族にもった経験がある方などに話してみるとよいのではないでしょうか。そうした人々と会って話すことで、ストレスが幾分和らぐことも多いものです。また、悩んでいるのは自分だけではないのだと考え直すきっかけになったり、経験者でしか得られない情報を得られたりする可能性もあります。
患者さんのケアが長期化してきますと、介護する側も心身ともに参ってきます。そういったときは、100点満点の介護を目指すのではなく、60点ぐらいを目標にすることも大切です。例えば、抱えきれないような心身の疲労を感じている場合などは、誰かに援助を頼んで自分自身はわずかでも介護から離れる時間を持つなど、上手に休養もとりながら、無理のない範囲で続けていくことが勧められます。
家族が経験するストレスやその援助法については、残念ながらほとんど目が向けられていないのが現状です。しかし、家族もこころを痛める存在であることを、多くの方にご理解いただきたいと思います。
本文中で紹介した患者さんのご家族は、看護師にゆっくりと話を聴いてもらい、「ご家族も大変ですよね。でもとても頑張っておられることを私たちも知っていますよ。何かあれば、遠慮なく相談してください」と言われて、随分元気になられたそうです。それからは無理をせず、つらいときはその看護師さんに相談しているそうです。
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