名古屋市立大学病院 ・こころの医療センターセンター長、名古屋市立大学病院 ・緩和ケアセンターセンター長、名古屋市立大学病院 副病院長、名古屋市立大学大学院学研究科 精神・認知・行動医学分野 教授
がんと診断されたことで不眠を経験する方が多数います。特段の病気がなくとも、不眠は誰にでもみられる非常に頻度の高い症状で、眠れずにつらい思いをされた経験をお持ちの方はたくさんいることでしょう。加えてがんの不安があれば、そのつらさはいかばかりでしょうか。だからこそ不眠について正しい知識を身につけていただき、必要であれば専門医の診療を受けることが重要です。
「ここ最近眠れないことが多くて……。先週、乳がんと診断されたんですが、それから眠れないことが増えました。もともと枕が変わっても眠れなくなるタイプなんです」。50歳代の女性患者さんは、そんな悩みを口にしました。
がんと診断されるのは、大変つらい出来事です。特にがんの診断を予期しておられなかった方は、ショックも大きいため、不眠を経験される方も多いことが知られています。おそらく半分以上の方が一時的には眠れなくなるのではないでしょうか。
人が眠れなくなる場合、いくつかの原因があることが知られています。その代表が、「がんの診断」のような強いストレスです。それ以外にも、痛みなどの体の症状や(ステロイド内服薬などの)薬剤、騒音などの環境要因などが原因になることもあります。
さまざまな原因がある中で、気を付けていただきたいのが、がんと診断されて生じる不眠にはうつ病による不眠があるということです。その場合は、眠れないだけでなく、気分がすぐれなかったり、食欲がなくなったりなどの症状が何週間も続くのが一般的です。
不眠が続くと何が問題なのでしょうか。ヒトを含む動物が睡眠を必要とする科学的な理由は、実はあまりよくわかっていません。ただ、少なくとも心と体を休める意味ではとても重要です。不眠は倦怠(けんたい)感の原因になったり、日中の気分や集中力、活動性に悪影響を与えたりすることがあります。
睡眠は生活の質(QOL)に影響を与える要因の1つとされます。さらに、不眠が長く続くと高血圧などの生活習慣病になりやすくなることも知られています。
がんの診断のようなストレスが原因で不眠になった時、最初に試していただきたいことがあります。それはまず、正しい知識を身に着けることです。
必要な睡眠時間は人それぞれで異なります。「早くに床に就いてもなかなか寝付けなくて苦しい」「〇時間以上眠らないと体調に悪い」などと思わず、翌日に眠気などで困らなければそれで十分であることを知りましょう。
次に、生活習慣を少し見直してみましょう。下記の中で「これなら自分でできそう」というものをやってみてはいかがでしょうか。
生活習慣の見直しで改善しないときには、睡眠薬の使用を検討します。睡眠薬は上手に使えばとても有用ですが、一方では誤解も多く、服用に不安を感じる方も多いと思います。その代表が「やめられなくなる」「認知症になる」といったものでしょう。
確かに、従来から繁用されている「ベンゾジアゼピン系睡眠薬」という種類のお薬については、そういった可能性はゼロではありません。しかし、精神科や心療内科など専門家の治療を受けて処方してもらい、正しく使用していれば依存や認知機能への影響といった心配はほぼありません。
さらに、ここ10年ぐらいの間に、ベンゾジアゼピンとは作用する脳の部位が異なる「ラメルテオン」「スボレキサント」というお薬が使用可能となりました。これらには、くせになってやめられなくなるという心配はないとされており、より安心して使用できると思います。
日本睡眠学会が睡眠薬の使用に関してのガイドラインを出しています。専門的な内容なのでちょっと難しいかもしれませんが、興味がある方は一部だけでも参考にされてはいかがでしょうか。
冒頭でご紹介した患者さんの話に戻りましょう。主治医の先生に眠れないことを相談したところ「がんの患者さんのストレスを診てくれる精神科の先生がいるから、一度診てもらったら?」と言われたそうです。
少し緊張気味の表情で受診に訪れた患者さんは、がんに対する不安や不眠のつらさなどをひとしきりお話しされました。そこで、「つらい状況で眠れなくなるのは誰にでもあることですが、続くと精神的にも肉体的にも堪えますよね。お薬に抵抗があるのもよくわかります。まず簡単なリラックス法を試してみて、それでもだめならお薬を試してはいかがでしょうか」と提案しました。
結局、リラックス法としてお教えした呼吸法では十分眠れなかったとのことで、前述の睡眠薬についての説明をしたうえで、「スボレキサント」を処方。2週間ほどで眠れるようになり、その後はお薬をやめても眠れているそうです。「主治医の先生に相談して、精神科の先生を紹介してもらってよかったです」。つらい不眠から解放され、不安は消えないものの自身のがんと向き合う気力がわいてきたようです。
自分ががんだとわかった時には、多くの人が眠れなくなるほどのストレスに見舞われます。特に今回の患者さんのような場合は、ストレス反応として、心がとても弱った状態になっていました。週のうち半分以上眠れない状態が続くなどで生活に支障があるようでしたら、つらさを自分1人で抱え込まず、早めに担当の先生や看護師さんに相談してみましょう。
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