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ノーベル賞の「免疫療法」はここが違う! ここがすごい!

公開日

2018年12月10日

更新日

2018年12月10日

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2018年12月10日

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帝京大学医学部内科学講座 腫瘍内科 病院教授

渡邊 清高 先生

ノーベル賞の授賞式は、この賞を創設するよう遺言を残したアルフレッド・ノーベルの命日の12月10日(現地時間)に行われます。今年は医学生理学賞に、京都大学特別教授の本庶佑(ほんじょ・たすく)さんら2人が選ばれました。その受賞理由は「免疫チェックポイント阻害によるがん治療の開発」です。

治療希望者が急増?

本庶教授のノーベル賞受賞決定の報道で、“画期的な治療法”などとして紹介されたためでしょう。がんの患者さん本人やご家族、お知り合いから「この治療を受け(させ)たい」と、藁にもすがる思いで医療機関に問い合わせが寄せられているそうです。この治療法は、これまでに効果が証明されている手術、抗がん剤治療(薬物療法)、放射線治療に続く第四の治療法として注目を浴びています。ただし、今のところすべてのがんに効くかどうかは分かっていません。また、副作用も分かってきました。画期的ではあっても“夢のがん治療薬”とまでは言えないようです。

とはいえこの治療法が、これまでとは全く異なるアプローチからがんに対抗する新しい“手段”を私たちにもたらしてくれたことは間違いありません。免疫チェックポイント阻害の発見はどう「すごい」のか、そして多くの患者さんに使われるうちに分かってきたことや気を付けるべきことなどについて説明していきましょう。

世界に先駆け日本で導入

本庶教授の発見を端緒に、安全性試験や、効果と副作用の検証のための臨床試験、そして既存の細胞障害性の抗がん剤との比較試験によって有効性が証明されるプロセスを経て、免疫チェックポイントを阻害する分子標的治療薬(ニボルマブ、ペムブロリズマブなど)が開発、製品化されました。日本では世界に先駆けて2014年にニボルマブが、まずは皮膚がんの一種、悪性黒色腫に対する治療薬として導入。その後非小細胞肺がん、頭頸部がん、腎細胞がん、胃がんなどさまざまな種類のがんに対する治療効果が臨床試験によって証明され、保険治療が可能になりました。

導入から4年以上がたち、この治療法についてより多くの知見が積み重ねられてきました。さらに、これまでがん治療で用いられている抗がん剤、分子標的治療薬、放射線治療などとの併用などの効果についても期待され、治療開発が精力的に進められています。

ただ「免疫チェックポイント阻害薬」がどのがんに効くかについては、まだ完全に分かっていません。それどころか、同じ種類のがんでも、免疫機構が発がんやがんの増殖に関与している程度▽これまで受けた治療の内容や効果▽使用している薬剤や全身状態――などによって、免疫チェックポイント阻害薬の効果が変動することが分かってきました。また、臨床試験や市販後調査の蓄積により、免疫チェックポイント阻害薬に特徴的な副作用(間質性肺炎、自己免疫反応、内分泌障害など)が起こることもわかってきています。

「免疫療法」にもさまざまなものが

免疫チェックポイント阻害薬による治療は、多くの患者さんで実際に使用することにより、有効性(治療による生存期間の延長や、再発なく過ごす期間の延長)と安全性(副作用など)を評価する「臨床試験」の結果により、承認されて保険診療として行われているものです。

一方、同じ「がん免疫療法」という名称を使い、「自由診療」「保険外診療」の枠組みで効果が明確ではない治療法が一部の医療機関で行われている場合があります。一口に「免疫療法」「免疫を利用した治療法」と言っても、効果が検証され保険診療になっているものと、効果が確認されていないものがあり、慎重な確認が必要です。きちんと見分けるために、ここで本庶教授の発見から生まれた免疫チェックポイント阻害薬を用いたがん免疫療法について、なにが、どのようにすごいのかを確認しておきましょう。

アイデアは19世紀から

がんは、本来は体内の免疫の働きで排除されるはずの異常な細胞が排除されず、正常な器官や組織に広がる病気です。これまでのさまざまな研究から、免疫の働きががんの発生やがんの増殖に関わっていることが分かっていました。免疫の働きをがん治療に応用しようとするアイデアは、19世紀後半からすでにあり、実際に、細菌感染によって免疫活性を高めたり、体外から免疫の反応を活性化する物質を投与したりするなどの方法が試みられてきました。しかし、それによって有効な治療法の確立に至ることはありませんでした。

本庶教授が見つけた免疫の“ブレーキ”

「彼は女性に免疫がないから……」といったような比喩としても使われるほどに、「免疫」は一般に浸透している言葉ですが、実際にはどのようなものでしょう。

免疫とは「自己」と「非自己」を区別し、非自己を排除しようとする生体内の仕組みです。がん細胞を含む異常細胞も、非自己に含まれます。こうした体内にある「異物」を見つけ、排除する働きを免疫システムといいます。

それを制御する司令塔の役割を担っている白血球の一種「T細胞」は、非自己の目印であるタンパク質などを認識し、排除するための免疫の反応を活性化します。一方で、誤って「自己」を攻撃するといった不必要な免疫の反応を起こさせないためのブレーキ役を担う仕組みも備わっています。T細胞の一種で、体内の異常細胞を常時監視して排除する役割を担う「キラーT細胞」は、過剰に活性化して暴走しないようブレーキをかけるためのいくつかの分子が細胞表面に突き出しています。こうしたブレーキのメカニズムを総称して「免疫チェックポイント」といいます。

本庶教授は1992年にT細胞のブレーキ役の分子の1つを発見し、「PD-1」と名付けました。この分子は、T細胞を細胞死(programmed cell death=PCD:あらかじめプログラムされた細胞の死)に導く機能を活性化させることも研究で分かりました。ちなみに、PCDは生命活動に利益をもたらす計画的な“細胞の自殺”で、傷などで細胞が死ぬ壊死とは異なります。本庶教授はその後の研究で、PD-1と結合するPD-L1という分子を同定。両者が結び付くと、T細胞による免疫の反応が抑制されることが分かりました。

がん患者さんの体内にはがん細胞を標的として攻撃できるT細胞が存在していますが、がん細胞は免疫の“ブレーキ”を悪用して体内のT細胞を抑制し、攻撃から巧みに逃れているのです。免疫の反応にブレーキをかけるPD-1とPD-L1の結合をブロックすることで、T細胞が本来持っている免疫の反応を活性化させてがん細胞を排除する、という新しい戦略が提唱されました。

逆転の発想から、新しいがんの治療薬へ

従来の免疫療法は、患者さんの身体の外から免疫を活性化させる物質を補充することで免疫応答を活発にすることを目指していました。これに対し「免疫チェックポイント」を阻害するこの治療戦略は、本来体が備えている免疫排除機構の性質を解明、活用して免疫の反応を活性化させるというものです。外からの補充ではなく、内なる機構を活性化させるという逆転の発想が治療法として確立する可能性を示したことが注目されました。

「がんの仕組みを解明する」ことで「治療としての可能性を提示し、確立した」この研究が、ノーベル医学生理学賞を受賞することは時間の問題だと考えられていました。ですから、本庶教授へのノーベル賞は、ようやく“その時”がきたと言えるでしょう。

  ◇   ◇   ◇

この薬を使用する場合も含め、がんの治療方針は、がんの種類、進行度や広がり、期待される治療効果と副作用とのバランス、患者さんの体調などをもとに検討されます。

「免疫療法」「免疫チェックポイント阻害薬」についてより詳しく知りたい方は、担当医やがん診療連携拠点病院などに設置されているがん相談支援センターにご相談することをお勧めします。

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帝京大学医学部内科学講座 腫瘍内科 病院教授

渡邊 清高 先生

患者さんとご家族、地域の視点でがんを診る。 日本人の2人に1人が一生のうちにかかる「がん」。がんの診療、臨床研究とともに、研修教育に携わる。がん対策の取り組みの一環として医療に関する信頼できる情報の発信と、現場と地域のニーズに応じた普及の取り組みを実践している。