新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の流行は、全世界で約700万人が死亡(2024年10月時点、世界保健機関<WHO>の集計による)するという大きな人的被害を生じただけでなく、社会生活にも大きな影響を及ぼしました。こうした大規模な流行が起きた原因はどこにあるのでしょうか。それを解明するには医学的な観点だけでなく、社会的や文化的な観点からの検討も必要になります。本シリーズでは、新型コロナの流行発生から世界に拡大する最初の1年間をふり返りながら、近年まれにみる大流行が生じた原因を解き明かします。
新型コロナウイルスがヒトの間で流行し始めた時期は2019年12月で、その場所が中国の武漢だったことは衆目の一致するところです。シリーズ第1回は、それまで動物の間で流行していたウイルスが、どのような経緯でヒトに感染するようになったのか、そして武漢からどのように世界へ飛び火したのかを探ります。
新型コロナウイルスの本来の宿主はコウモリと考えられており、この動物由来の未知のウイルスがヒトに感染し、流行拡大したとされます。今回の武漢で始まった流行では、コウモリからヒトへ直接感染したのではなく、中間宿主となる小動物(センザンコウ、ネズミ、タヌキなど)を介して感染が起きたと推測されています。
では、武漢でどのような経路からヒトの感染が起きたのでしょうか。これには、武漢海鮮市場説と武漢ウイルス研究所説の2つがあり、本連載の2021年12月(「新型コロナの流行はどこから発生したのか」)でも2つの説を解説しました。前者は市場で販売していた小動物がコロナウイルスを保有しており、その動物から市場の従業員や訪問客が感染したというものです。後者は同研究所でウイルスを用いた研究をしていたところ、そこで働いていた職員が感染するなどして、外部に拡大したとする説です。
この2つの説をめぐっては、WHOが2021年1月に調査団を武漢に派遣し、市場説が有力であるとの結論を暫定的に出しています。
その後、このときのWHOの調査結果などを参考にして、市場説を支持する医学論文がいくつか発表されています。たとえば2022年8月、Science誌(「The Huanan Seafood Wholesale Market in Wuhan was the early epicenter of the COVID-19 pandemic」377, 951-959, 2022)に発表された米国の科学者たちの論文では、流行初期の患者が市場を中心に発生していることや、市場内でも小動物を販売していた区域から、新型コロナウイルスがもっとも多く検出されたことを明らかにしました。また、2023年3月のNature誌に掲載されたニュース記事(「COVID-origins study links raccoon dogs to Wuhan market: what scientists think」Nature 615: 771-772, 2023)によると、ヨーロッパなどの科学者が発表した調査結果では市場内で検出したウイルスの中にタヌキの遺伝子が含まれていたことから、タヌキが感染源になった可能性を示唆しています。ただし、いずれの研究も中国当局の調査データを基にしており、その点を考慮する必要もあります。
最近では米国のCDCや国家情報会議などの公的機関も、市場説の可能性が強いとのコメントを出しており、ヒトへの感染経路としては市場説が優勢になっているようです。
では、なぜ市場で小動物が売られていたのでしょうか。当時、武漢の市場ではタヌキだけでなく、センザンコウやタケネズミなども販売されていました。これらは食用であり、鮮度を保つため生きたまま売られていたのです。
中国では古くから、野味という、野生動物を食べる伝統料理がありました。食材としてはヘビやハクビシンなどが人気であり、タヌキはあまりおいしくないので流通量は少ないそうです。
野味料理は中国の長い歴史の中で脈々と続き、市場での小動物の販売も古くから行われてきました。これまでは市場で動物の保有する病原体がヒトに感染することはなかったようですが、今回それが実際に起きたとすれば、その原因は動物の産地にあると考えます。
中国では20世紀後半以降、経済発展により土地開発が加速し、奥地にまでヒトが立ち入るようになりました。食材となる小動物についても、それまでは町の周囲で捕獲していたのが、最近は奥地で捕獲することも多くなったようです。こうした小動物が未知のコロナウイルスを保有していたために、市場で販売中にヒトに感染した可能性があるのです。2003年、中国の広東省で起きた重症急性呼吸器症候群(SARS)の流行も、未知のコロナウイルスによるもので、同様な機序でハクビシンを感染源として発生したと考えられています。
中国政府は2019年12月末、武漢で新型コロナの流行が発生したことをWHOに報告しますが、武漢封鎖という強硬措置をとったのは2020年1月23日で、それまでに約3週間を要しました。この間に、流行は武漢だけでなく、その周辺地域や中国国内、さらには国外へと広がっていきました。これだけ急速に拡大した原因には、ウイルスの感染力が高かったことに加えて、流行の発生が、拡大にもっとも適した時期と場所で起きたからです。
まず流行発生の時期は、1月24日からの旧正月(春節)が始まる直前という、中国で人流のもっとも増える時期でした。中国では春節の時期に郷里に戻り、家族が集まって新年を迎えるという習慣があります。また、この期間は職場が休みになるので、海外旅行に出かける人も数多くいます。こうした人流の増加は春節の前から始まっており、武漢の市長も封鎖直後に、「すでに500万人が町を離れた」との声明を発しています。この中にはかなりの数の新型コロナ感染者も含まれていたはずです。その証拠に、1月13日にはタイで、15日には日本で、武漢から入国した患者が確認されています。
中国政府は、流行の発生が春節直前であることを考慮し、もっと早めに強い措置をとる必要があったのです。
このように、新型コロナは春節という最悪の時期に発生したとともに、武漢という交通の要衝で発生したことが、流行拡大を加速させました。
この町は人口が1000万人を超える大都市で、中国の真ん中に位置し、鉄道により北京、広州、上海に約4時間で到着できるという大変便利な場所にありました。また、武漢空港からは中国国内の100都市以上、国際線は世界約60都市に航空便が就航しています。この町で感染力の強いウイルスの流行が発生すれば、瞬く間に中国国内に波及するだけでなく、国境を越えて世界各地に飛び火することは十分に予想されたのです。
この後、中国国内での流行は2月中旬をピークに全土で拡大するとともに、世界各地に飛び火したウイルスは感染力をさらに増して、西欧や中東に蔓延(まんえん)していきます。次回はその模様を解説したいと思います。
【次回は12月掲載予定】
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東京医科大学病院 渡航者医療センター 客員教授
1981年に東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学に留学し熱帯感染症、渡航医学を修得する。帰国後に東京慈恵会医科大学・熱帯医学教室講師を経て、2004年より海外勤務健康管理センターのセンター長。新型インフルエンザやデング熱などの感染症対策事業を運営してきた。2010年7月より現職に着任し、海外勤務者や海外旅行者の診療にあたっている。