連載病で描く世界地図

海外の病院で言葉に困らない方法―ボディーランゲージの効用

公開日

2023年08月23日

更新日

2023年08月23日

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2023年08月23日

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東京医科大学病院 渡航者医療センター 客員教授

濱田 篤郎 先生

新型コロナウイルス感染症の流行が落ち着いてきた中で、海外旅行に出かける人が再び増加しています。筆者が診療をするトラベルクリニックにも、海外旅行を予定している人がワクチン接種で受診するケースが増えてきました。滞在先の病院情報を聞いてくる人もたくさんいて「日本語が通じる病院を教えてください」という質問をよく受けます。海外の病院で日本語が通じれば便利ですが、そうした病院があるのは世界でも一部の都市だけです。今回は海外の病院受診で、言葉に困らないための方法を解説します。

日本語の通じる病院は増えてきた

日本人の海外旅行者や駐在員が増加するのに伴って、最近は海外で日本語の通じる病院が増加してきました。たとえば中国の上海やシンガポールでは、数多くの日本人医師が診療をしています。日本人の医師はいなくても、日本の医学部を卒業した医師が診療するケースや、日本語通訳を配置している病院も、中国や東南アジアにはたくさんあります。こうした日本語の通じる医療施設の情報は、外務省の「世界の医療事情」や海外旅行保険会社のホームページなどから入手できます。

ただし、日本語の通じる施設は、日本人の旅行者や駐在員の多い都市部に限られており、地方の町や日本人の少ない国にはほとんどありません。そのような場合、どのように医師や医療従事者と会話をしたらよいのでしょうか。いくら語学に堪能な人でも、体調が悪いときに、外国語で話をするのはなかなか大変です。

旅行保険で病院を探す

日本語の通じる病院が見つからないときに、次に候補に挙がるのが英語の通じる病院です。英語圏ならそのような施設はどこにでもありますが、英語圏以外でも、いくつかは見つかるはずです。英語が通じる病院なら、片言の英語で医師と会話をすることはできるでしょう。

こうした日本語や英語の通じる病院を探す方法として、出国前に海外旅行保険に加入し、保険会社の提携病院などの紹介を受ける方法をおすすめしています。体調が悪くなったら保険会社のコールセンターに日本語で電話し、病院を紹介してもらうやり方で、医療費が旅行保険でカバーされることも期待できます(詳細は保険会社にお問い合わせください)。

医療会話集やAI通訳機の落とし穴

いざ受診の段階になって、担当医が英語しか話せない場合、どう対処したらよいでしょうか。

医師に自分の症状を伝えるには、医療会話集やAI通訳機などを持参し、それを利用するのが一般的な方法です。ただし、こうした本や道具を使うことで、誤解を招くこともあります。

数年前、ある日本人女性がアジアの国(英語圏)でめまいを起こして、現地の病院を受診しました。その時に彼女は医療会話集で、自分の症状を検索しておきました。日本語でめまいは俗に「脳貧血」ともいうので、彼女は貧血という文字を探したところ「Anemia」と記載されていました。そこで医師に英語で「私の症状はAnemiaです」と伝えました。

医師は早速、彼女の採血をして、その結果を見ながら「あなたにAnemiaはありません。大丈夫ですよ」ということになったのです。ところが、その女性のめまいは治まらず、結局、日本に帰国してから診察を受けたところ、診断はメニエール病という耳鼻咽喉科の病気でした。めまいはAnemiaではなく、VertigoとかDizzinessと英訳すべきだったのです。

外国人医師と会話をするときのコツ

筆者は仕事で海外の病院を訪問したときに、その施設の医師たちと日本人患者との会話について話し合いをします。そのようななかで、インドの医師から興味深いアドバイスを受けました。

「医師に症状を伝えるときに、流暢(りゅうちょう)に話す必要はありません。子どもが大人に症状を伝えるように、簡単な単語を、ジェスチャーを交えながら伝えればよいのです」

たとえば頭痛の正式な英語はHeadacheですが、むしろ自分の頭を叩きながらOuch(痛い)を連発する方がより正確に伝わると言うのです。その叩き方次第で、鋭く痛いのか、ズキズキ痛いのかも表現することができます。すなわちボディーランゲージです。これは恥ずかしがり屋の日本人が不得意とする方法ですが、病院を受診するときには有用な手段といえます。

また、医師の説明が理解できないときは、何回でも聞き返すことが大切です。日本の病院だと「もう一度説明してください」とは言いにくいですが、海外の病院では中途半端な理解で帰ることは避けましょう。何回聞いても分からないときは「紙に書いてください」とお願いするのもよい方法です。図々しいと思っても、ここは粘るべきです。

サン=テグジュペリ式受診方法

「星の王子さま」の作者であるサン=テグジュペリが、ニューヨーク滞在中に現地の病院を何度か受診しました。彼は第二次大戦の渦中だった1940年代初頭、母国フランスからアメリカに亡命し、この間に「星の王子さま」を書き上げています。

この亡命期間中、彼は原因不明の発熱を起こし、ニューヨークの病院で診察を受けたのですが、英語がまったく話せませんでした。このため受診時には通訳を同伴し、それがかなわないときは、診察室から電話で通訳者に介助をお願いしていました。ある時はそれもできずに、「先生、ドイツ語は話せます?」と、たどたどしいドイツ語で医師に尋ねたそうです。「少しね」という答えに、彼はドイツ語の単語だけを並べて、なんとか診察を終えました。

彼の発熱の原因は胆嚢炎だったそうで、その後、症状は改善しました。海外の病院で言葉が通じなくても、彼のような“図々しさ”をもってすれば、なんとか対応してもらえるというよいケースだと思います。

出国前の準備も大切

日本からの旅行者がサン=テグジュペリのように受診するのは難しいかもしれませんが、彼のようにできるだけ通訳と一緒に受診することは大切です。

東南アジアの病院には日本語の通訳が常駐していることもあり、診察時に同伴してくれます。そういうサービスがなかったら、一緒に旅行している家族や友達にお願いして、診察に同伴してもらうとよいでしょう。その人の語学力があまり高くなくても、体調の悪い人よりも冷静に会話ができます。

そして、出国前に現地医療施設の情報をチェックしておくことや、海外旅行保険に加入しておくこともお忘れなく。軽い風邪薬や下痢止め薬などを旅先に持参し、症状が出たら服用すると、病院の受診までに至らずに回復するかもしれません。準備を万端にして、楽しい海外旅行を。
 

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東京医科大学病院 渡航者医療センター 客員教授

濱田 篤郎 先生

1981年に東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学に留学し熱帯感染症、渡航医学を修得する。帰国後に東京慈恵会医科大学・熱帯医学教室講師を経て、2004年より海外勤務健康管理センターのセンター長。新型インフルエンザやデング熱などの感染症対策事業を運営してきた。2010年7月より現職に着任し、海外勤務者や海外旅行者の診療にあたっている。