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C型慢性肝炎の発症メカニズムから発がん抑止へ 2020年ノーベル医学生理学賞

公開日

2020年10月27日

更新日

2020年10月27日

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2020年10月27日

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帝京大学医学部内科学講座 腫瘍内科 病院教授

渡邊 清高 先生

ノーベル医学生理学賞が2020年10月5日にスウェーデンのカロリンスカ研究所から発表され、米英の3人が選ばれました。その受賞理由は「C型肝炎ウイルスの発見」です。この研究は極めて発がんリスクの高いC型肝炎ウイルスによる慢性肝炎・肝硬変の発症を抑えることで、がんのリスクを減らすとともに、黄疸(おうだん)・腹水・低栄養・倦怠(けんたい)感・食道静脈瘤(じょうみゃくりゅう)など肝硬変によるさまざまな病状をも抑止する抗ウイルス治療の研究開発につながるものです。輸血などにより感染し、何十年もの経過で肝硬変や肝細胞がんといった生命をおびやかす状態を引き起こしました。世界的にみても大きな保健医療上の問題となっていたC型肝炎ウイルス感染症の克服につながる研究です。

がんリスクが高いC型肝炎ウイルス感染

肝臓
写真:Pixta


2001年(平成13年)の肝臓がんによる死亡数は3.4万人で、全がんによる死亡数のうち11.4%を占めています。最新の2018年データでは、死亡数2.6万人で、割合は6.9%になっています(人口動態統計)。肝臓がんの原因の最多はC型慢性肝炎に起因する肝硬変で、およそ5割がC型肝炎ウイルス、1割がB型肝炎ウイルスによります。

「がん」とは、異常な細胞が制御されない状態で正常な器官や組織に広がる病気です。がんの発生と増殖のメカニズムをもとに予防や治療に関わる研究がなされ、効果が証明され治療法として確立していきます。

C型肝炎は、輸血などで肝炎ウイルスが体に取り込まれると、肝細胞のなかで、ウイルスによる攻撃と自己の免役システムによるウイルスの排除の仕組みが働くことがきっかけでおこります。もともと肝臓は、体の外から食事として取り込まれた栄養分を腸管で吸収した血液(門脈血といいます)が、一番はじめに通る臓器です。そのため、体の外の異物に対して、免疫機構を作動して監視する仕組みが働いています。栄養を蓄えたり、免疫反応を働かせて体を守る人体最大の臓器である肝臓は「沈黙の臓器」と呼ばれ、検査で異常が起こっても機能を十分に補うだけの予備力が備わっており、すぐに症状として体の具合が悪くなったりせず、肝炎の初期段階にはだるさやむくみなどの症状が現れることはほとんどありません。

C型肝炎ウイルスは、肝細胞に潜むように取り込まれ、肝臓の中や周りの組織に、何年も何十年もくすぶるように炎症を起こしながら、線維化(肝臓が硬くなること)を進行させ、やがて肝硬変に至ります。慢性肝炎、さらには肝硬変の初期段階では症状はほとんどありません。しかし、肝臓の線維化が進み肝硬変が進行すると、疲れやすい、だるい、足がむくむ、腹水がたまりおなかが張る、こむら返りが起きるなどの症状が出現しやすくなります。さらに、炎症の進んだ肝細胞では、炎症で傷つくことと免疫応答により修復されることを何度となく繰り返すことによって、遺伝子の修復エラーが起こりやすくなり、際限なく増え続けたり、他の臓器に転移したりする性質をもつがん細胞が発生することになります。

C型肝炎ウイルスに起因する肝硬変の患者さんでは、1年間に約8%の方が発がんすることがわかっています。言い換えれば10年以内にほとんどの方が肝臓がんを発症する、ということになります。肝炎ウイルスの感染がない方に比べて、極めて発がんのリスクが高い状態、ということになります。

ウイルス発見が診断法、治療薬開発に

注射
写真:Pixta


日本では戦後の時期の注射器や注射針の使い回し、輸血に用いられていた血液での感染などにより、いわゆる「輸血後肝炎」として原因不明の肝機能の異常を指摘される人が多くいました。こうした方が、後にC型慢性肝炎・肝硬変として、高い発がんリスクに直面することになります。

汚染された水や食物を摂取することをきっかけに急性肝炎を起こすA型肝炎、血液を媒介して母子感染や輸血などによる感染を起こすB型肝炎以外に、血液を介して肝炎を起こし、その後肝硬変や肝がんをきたす病気はかつて「非A非B肝炎」と呼ばれていました。そのメカニズムの解明は治療につながると考えられ、精力的な研究が行われたのです。ちなみに、B型肝炎ウイルスを発見した研究者は1976年にノーベル医学生理学賞を受賞しています。

全世界で7100万人がC型肝炎ウイルスに感染しており、毎年約40万人が亡くなっていると推計されています(2016年、WHO)。今回受賞した3人の研究者は、新たなウイルスの存在を明らかにし、そのウイルスを特定、それが肝炎を引き起こすことを細胞や動物モデルで証明しました。この発見が、深刻な病を引き起こすC型肝炎ウイルス感染症を克服する診断法、治療薬の開発につながったものです。1989年にC型肝炎ウイルスが発見されると、それまで原因不明の病気と考えられていた肝炎・肝硬変・肝臓がんの多くが、C型肝炎ウイルスによるものであることが明らかになりました。未知のウイルスによって起こると考えられた輸血後肝炎は、C型肝炎ウイルスの検査が導入されることによって大幅に減少し、輸血の安全性が一気に向上しました。

日本は先進国のなかでとりわけC型肝炎患者さんの数が多く、ヨーロッパとともに肝炎そして肝臓がんの治療法の開発や研究が行われ、世界的な成果を多く発信しています。難治であったC型慢性肝炎は、ウイルスの増殖機構にはたらきかける抗ウイルス薬が2015年から日本で利用可能になって以降、慢性肝炎では95%以上、初期の肝硬変でも90%以上でウイルス排除が可能になるなど、治療の様相を大きく変えました。長期的に肝炎の患者さんの発がんリスクを減らす、肝硬変への進行を抑えることで生命予後やQOL(生活の質)を改善させる、がん治療後の再発リスクを下げるなど、多くの肝炎患者さんが抗ウイルス治療を受けることによって、がんのリスクを制御することができるようになってきました。

現在全国で、肝炎ウイルス検診が精力的に行われており、採血で感染しているかどうかを調べ、陽性の場合には有力な治療を行うことで将来の発がんを防ぐことを目指しています。肝炎の医療費について、負担額を軽減する助成も行われており(都道府県またはお近くの保健所にお問い合わせください)、肝炎とそれに起因する肝臓がんの撲滅に向けた取り組みがなされています。

感染に起因する病気の予防や治療の可能性ひらく研究

「がんの発生や仕組みを知る」ことが、極めて高リスクである「原因不明の肝炎・肝硬変」のメカニズムを解明し、「治療標的として提示した」この研究は、がんの領域だけでなく、感染をきっかけにして発症するさまざまな疾患に対して予防や治療の可能性を期待させるものといえます。がんに関しては、メカニズムや治療について知らないことがまだ多くあります。ひとりひとりの個性が違うように、同じがんでも、今回のように感染のリスクや環境が異なり、予防や治療のアプローチも多様であることもわかってきています。これからもがんについての研究が進んで、体にやさしい予防や治療法が開発されるといいですね。

 

関連情報:
The Nobel Prize in Physiology or Medicine 2020(ノーベル財団、英語)

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帝京大学医学部内科学講座 腫瘍内科 病院教授

渡邊 清高 先生

患者さんとご家族、地域の視点でがんを診る。 日本人の2人に1人が一生のうちにかかる「がん」。がんの診療、臨床研究とともに、研修教育に携わる。がん対策の取り組みの一環として医療に関する信頼できる情報の発信と、現場と地域のニーズに応じた普及の取り組みを実践している。