連載特集

早めに受診すべき「お尻の症状」―痔と大腸がんの見分け方と予防のための生活習慣

公開日

2024年10月23日

更新日

2024年10月23日

更新履歴
閉じる

2024年10月23日

掲載しました。
3efb1a7a85

「お尻が痛い」「排便時に出血した」――そんな症状があっても、場所が場所だけに受診には二の足を踏みがちだ。しかし、想定される病気によってはすぐに受診したほうがよいものもある。それは、どのようなときだろうか。長年大腸・肛門病の領域に特化した医療を提供する松島病院(横浜市西区)の松島誠理事長に、どのような時に受診すべきか、そして「お尻の病気」を予防するための生活習慣などについて聞いた。

すぐに受診すべき症状は

お尻の病気で多いのが「痔核(いぼ痔)」「裂肛(切れ痔)」「痔瘻(じろう)」、それに加えて大腸がんでも便に血が付着することがあるので、排便時に出血や痛みがある場合には、まずはこれらの病気を疑います。
 

肛門周辺の組織と痔の種類(PIXTA/Medicalnote)

そのなかで、早急に受診が必要と考えられるのは、排便時の痛みが軽度であっても日ごとに痛みが増すような場合や症状が2~3日以上続くようなときは、痔瘻もしくはその前段階の肛門周囲膿瘍(のうよう)が疑われるため、できるだけ早く切開し痔瘻の悪化を防ぐ必要があります。痔瘻とは「肛門の内側にある肛門陰窩(こうもんいんか)という窪みから細菌が侵入し、これにつながる肛門腺に感染を起こし、膿瘍(組織の中に膿<うみ>がたまった状態)を形成した後、これが破れて肛門内から外の皮膚側まで膿の通る管(トンネル)ができた状態」です。痔核や裂肛は数年かけて徐々に悪化していきますが、痔瘻の多くは数日単位の比較的短期間で進展、悪化します。痔瘻は自然に治癒することは少なく、多くは手術による治療が必要です。

便に血がついている場合、痔のほかに大腸がんも疑われます。裂肛などによる排便時の出血の多くは痛みが伴いますが、大腸にがんができても、がんそのものによる痛みはありません。「赤い血(鮮血)は肛門付近、黒っぽい(出血後時間が経過した)血は大腸などから出た血」といわれていますが、便器に落ちた血液は水で薄まってしまうこともあり、よほど黒くなければ一般の方は「赤い」と思いがちです。

排便時に少しでも出血があるのは異常と考えて、少なくとも黒っぽい血が1回でも出たらすぐに診察を受けるべきです。また、排便に特に問題がないのに、2度も3度も出血を繰り返すようであれば、やはり受診をおすすめします。

痔か大腸がんか

大腸がんの特徴的な症状に「血便」があり、便に血が混じったり、排便後のトイレットペーパーに血が付着したりします。大腸はおなかの下半分をほぼ1周する1.5mほどの細長い臓器で、どこで出血するかによって血液の状態も変わってきます。お腹の右側部分(上行結腸)などで出血した場合は黒っぽい血が便に混ざり込みますし、肛門に近い直腸にがんができた場合は、固形の便ががん組織の上を通るので便の表面に筋状に赤い血が付くことになります。ただ、裂肛などでも肛門に傷があって筋状に血が付くことがあり、一般の方が見ただけでがんか痔か判別するのは難しいと思います。

長年、トイレで“頑張る”ことが習慣化し、いぼ痔や切れ痔を繰り返している人は、便に血が付くのが当たり前と思っていることも多いのです。しかしそれは誤りで、元来お尻からは血が出ないものです。「血は出るけど痛くないから痔ではない」と、受診を避ける人がいますが、痛いほうが良性で、逆に痛くないのは大腸や直腸にがんがある可能性もあります。

黒っぽい血が便に混ざり込んでいるなどの出血だけでなく、便の形が細くなったときも大腸がんの可能性があります。肛門に近い直腸では便が固まっているので便の通り道が狭くなっていると細くなり、その原因としては大腸がんが一番多いのです。

これらの症状があったときには、痔よりも大腸がんを疑い、早く受診してください。

排便は十数秒で終わるもの―正しい“便の出し方”とは

座っている時間が長い、力仕事をした、お酒を飲みすぎたといった理由で痔になったと考える人がいますが、ほとんどの場合それらは原因ではありません。

何年もかけて肛門の内側で少しずつ大きくなっていた痔核が、力仕事をしたりお酒を飲みすぎたりしたことをきっかけに、肛門の外に飛び出して気付くという人が多いのです。力仕事やお酒は、痔核ができる直接的な原因ではありません。

一方裂肛は、硬い便を出したときに肛門が「過伸展(拡がりすぎること)」によって起こります。急性の裂肛は、それほど時間をかけずに治りますが、繰り返すうちに傷が固くなって治り難くなります。慢性化した裂肛では傷が深くなって炎症を起こしやすくなり、痛みも増します。

下痢を繰り返す人も裂肛になりやすいのです。普段、軟らかい便しか出ていないと、肛門の伸展性が悪くなります。そこに普通の便が出ると肛門が裂けてしまいます。もともと肛門の伸びが悪い人は傷が治りにくいので、比較的慢性化しやすいのです。

痔核や裂肛は間違った排便習慣によって起こることが多いのです。では「正しい排便」とはどのようなものでしょうか。

ほとんどの人は誰かに教わったわけでもなく“我流”で便を排出していると思います。「ほとんど全ての哺乳類が、約21秒(プラスマイナス13秒)で膀胱(ぼうこう)を空っぽにできる」との研究で2015年にイグノーベル賞(物理学賞)を受賞した、パトリシア・ヤンさん(現国立清華大学<台湾>助教授)は、2017年に「排便の流体力学」という論文で「ネコからゾウまでの哺乳類は12秒(プラスマイナス7秒)以内に排便する」ことを明らかにしました。体や便の大きさにかかわらず排便は十数秒で終わるもので、実は人間も変わりありません。

そもそも、1回で出る便は肛門のすぐ上の、直腸まで下りてきたものだけで、それより手前の大腸の中にある便は、どれだけ息んでも排出することはできません。トイレで何十分も息んでいると「肛門クッション」とも呼ばれる細い血管が集まった静脈叢(じょうみゃくそう)という部分がうっ血します。それを何年も繰り返すと、痔核の原因になってしまうのです。

前日までの食事の量や摂食時刻によって、直腸に便が下りてくるタイミングは日々異なります。起きがけに冷たい水を飲んだり、朝食を取ったりした刺激で毎日ほぼ同じ時刻に便意を催す人もいますが、そういった人でも旅行に行ったり食事のリズムが普段と異なったりすると「いつもの時刻に出ない」ということが起こりがちです。いつものタイミングで便を出そうとはしないことです。

直腸に便が下りてきて便意を催したらできるだけ速やかにトイレに行き、時間をかけずに出すというのが、痔を予防する正しい排便方法です。

大腸がんに関しては遺伝的な要因や加齢などさまざまな因子があり、確実な予防法は今のところ見つかっていません。ですから、ならないことよりもなったときに早く見つけて早期発見、早期治療を行い、治すことを考えてください。40歳を過ぎたら健診などで便潜血検査や大腸内視鏡検査を受けるとよいでしょう。

「お尻の病気かな」と思ったら

肛門の病気については、大学ではあまり教えてもらえません。勉強するためには自分で専門の病院を探して研修し、経験しなければ技術が身につきません。

「お尻の病気かもしれない」と思ったときは、標榜科(専門分野を患者に伝えるために掲げる診療科名)の最初に「肛門外科」「肛門内科」と掲げている医療機関を探すのも1つの目安です。どの医療機関も、専門で自信がある科目を最初に載せるからです。
 

取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。

特集の連載一覧