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迫る地方での「胸部外科医ゼロ」時代 医師の働き方改革と医療の質の両立へ日本胸部外科学会が議論

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2026年02月04日

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2026年02月04日

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2026年02月04日

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左から小野稔先生、宮本伸二先生、竹内裕也先生、堤雅宣室長、千田雅之先生、志水秀行先生、豊岡伸一先生(写真提供:日本胸部外科学会)

2025年10月24日、第78回日本胸部外科学会定期学術集会で、理事長企画「地方で人口減少に伴って自然発生的に起きている施設集約の問題点と課題」が催された。

人口減少と外科医の減少・偏在が進む地方では、心臓や肺、食道といった胸部外科領域の高度な医療を提供する体制が、自然淘汰的に失われつつある。

このままでは地域医療の崩壊が避けられないなか、各学会の理事長らが登壇し、現場のリアルな声と共に、日本の胸部外科医療が目指すべき未来像について活発な議論が交わされた。本記事ではその模様をレポートする。

なぜ今、外科医の「集約化」を議論するのか

はじめに、本企画の座長である日本胸部外科学会の千田 雅之(ちだ まさゆき)理事長による挨拶が行われた。

日本胸部外科学会 千田雅之理事長:
今、現在問題になっている地域医療の崩壊、あるいはそれに伴う「医療の集約化」(専門的な医療を特定の医療機関に集中させ、医療の質の向上とリソースの効率的な運用を図ること)について、多くの議論がされています。
ただ、集約化といってもそうそううまくいくものではありません。
そもそも何が問題で、何がそれを引き起こしている要因なのか、その根源に迫ろうというのが今回の企画になります。何かを強く提案するというよりは、問題の根源を深掘りするような企画として進めてまいります。

医師が多い県でも「外科医が消える」現実

トップバッターとして、日本呼吸器外科学会の豊岡 伸一(とよおか しんいち)理事長が、岡山県の事例を交えながら地方医療のリアルな現状を報告した。

日本呼吸器外科学会 豊岡伸一理事長:
岡山県は中四国地方にあり、人口は約180万人です。医師の数を示す「医師偏在指標」で見ると、全国で4位という「医師多数県」になります。

にもかかわらず、医療資源は県南の都市部に集中しており、県北に行くほど過疎地になり、医療は脆弱化(ぜいじゃくか)しています。
高齢化率も、県南が約30%弱なのに対し、県北の医療圏では約40%と非常に高くなっています。これは岡山県だけの問題ではなく、日本の都市と地方の縮図ではないかと感じています。

胸部外科に目を向けると、心臓血管、呼吸器、食道の3領域全てをカバーできる病院が、岡山県の県北にどれくらいあるでしょうか。
実は県北の2次医療圏には、この3つの領域を専門的に診られる医師がそろっている病院がない状況です。
結果として、県北の方々は医療を受けるために県南へ来られることになり、私たちが意図するしないにかかわらず医療資源の「集約」が進行しているのが現状です。

大学病院に押し寄せる救急患者

集約化の議論よりも先に、現場で「自然な集約」が起きている――。その実態を、日本血管外科学会の宮本 伸二(みやもと しんじ)理事(東 信良理事長代理)が旭川市と大分市の事例を挙げて報告した。

日本血管外科学会 宮本伸二理事:
私も、集約化の話が進むより先に自然と集約化が起こってしまっている、というお話をさせていただきます。

大動脈解離や大動脈瘤(だいどうみゃくりゅう)破裂といった「大動脈緊急症」は、非常に致死率が高く、手術も時間がかかり、多くの人の手が必要になります。麻酔科医、臨床工学技士、看護師、そして術後の集中治療室(ICU)の管理まで含め、かなり大きな病院でないと対応ができません。

地方の医療の中核を担う病院として、旭川医科大学病院のデータをご紹介します。同院では医師の働き方改革が始まった後、2024年から超過勤務時間が一時減少したように見えました。しかし、2025年に再び増加に転じています。この増加の多くが、心臓・血管の医師でした(図1)。

(図1)旭川医科大学病院 超過勤務時間数の推移(東信良先生ご提供)
(図1)旭川医科大学病院 超過勤務時間数の推移(東信良先生ご提供)


推測ではありますが、これは今まで救急疾患を受け入れていた市中の基幹病院が、働き方改革の影響などで患者さんを受け入れることが難しくなり、大学病院まで搬送されてきているのではないかと考えています。これは私がいる大分大学医学部附属病院でも同じ傾向が見られ、実働部隊はほぼ全員が超過勤務の状態です。

このように、今現在、地方の大学病院では意図しない「自然集約」が起こり、現場の負担を激増させています。これらの地域では、今すぐにでも対応に着手しなければ医療崩壊につながりかねないのではないかと危惧しています。

症例数が少ない施設では、成績の維持が難しい

医療の集約化に伴う医療の偏在は全国的に見て、医療の「質」と「安全性」に影響を及ぼしている可能性がある。
この問題について、日本食道学会の竹内 裕也(たけうち ひろや)理事長は、難易度の高い食道がん手術の現状から解説した。

日本食道学会 竹内裕也理事長:
食道がんの手術は、消化器のがん手術の中では侵襲(しんしゅう)が大きく、難易度の高い術式の1つと言われています。

日本食道学会では2010年から専門医制度を開始しました。そのデータを見ると、専門医がいる「認定施設」のほうが、そうでない施設よりも食道がんの手術後の短期成績だけでなく、長期的な成績もよいという結果が出ています。

手術の数と治療成績はきれいに関係しており、たとえばNCD(National Clinical Database)のデータを使った研究では、手術症例数が年間30例以上の施設で治療成績が良好であると報告されています。

一方で我が国の現状を見ると、食道がんの手術を行っている施設は全国に約500施設ありますが、その多くは首都圏や大都市圏に集中しています。
そして、いまだに日本食道学会の認定施設が1つもない県も存在しており、地域によって診療レベルに差が出ている可能性があるのです。
このような偏在は早急に解消されるべきでしょう。

専門医がいない医療圏が約3割も

続いて日本心臓血管外科学会の小野 稔(おの みのる)理事長が、医療圏のデータに基づき、高度医療を提供できる体制がいかに限られているかを指摘した。

日本心臓血管外科学会 小野稔理事長:
医療供給体制という観点からお話しします。日本には335の「2次医療圏」という区域がありますが、公開データを使って全身麻酔の手術が年間2000件以上ある病院が各医療圏にいくつあるかを調べてみました。

すると、年間2000件以上の病院が「1つもない」医療圏が、全体の半分以上(約54%)を占めていたのです。仮に基準を「年間1000件以上」に緩めても、そのような病院が1つもない医療圏が約37%もあります。

さらに、心臓血管外科専門医認定機構が認定した心臓血管外科専門医が「1人もいない」医療圏は全体の約3割(98医療圏)にのぼります(図2)。
夜間の緊急手術にもフレキシブルに対応できるようなリソースやキャパシティを持った病院は、日本全体で見てもかなり限られているのが実情です。

(図2) 2次医療ごとにみた心臓血管外科専門医の数(小野稔先生ご提供)
(図2) 2次医療圏ごとにみた心臓血管外科専門医の数(小野稔先生ご提供)

「都市部で症例の多い病院」を望む医師たち

これまでの話から、胸部外科の領域では都市部へ病院が集中していることが分かる。なぜそのような事態が起きているのだろうか。
日本胸部外科学会の志水 秀行(しみず ひでゆき)副理事長(当時)が、都市部の大学病院に所属する医師へのアンケート結果を公表しつつ説明した。

日本胸部外科学会 志水秀行副理事長:
勤務先の希望として最も重視する項目を聞いたところ、若手は「自身の執刀数」や「人間関係」、ベテランは「病院がハイボリューム(症例数が多い)であること」や「給与・待遇面」を重視していました。

「症例数の多い都会」「症例数の多い地方」「症例数の少ない都会」「症例数の少ない地方」の4つに分けて希望を聞くと、圧倒的に多いのは「症例数の多い都会の病院」でした。

「まったく土地勘のない地方の病院に勤務しますか?」という設問に対し、積極的に勤務を希望する医師は皆無でした。地方勤務に消極的な理由としては、先端医療や研究への関心といった専門的な理由だけではありません。

「配偶者の勤務地」「子どもの教育」、あるいは「都会で暮らしている親の介護」といった、家族やライフステージに関わる事情が大きく影響していることが分かりました。
もしも個人の希望に反する異動を行うと、人材の流出にもつながりかねない現実があるのです。

「2次医療圏のままでは持たない」―― 国からの学会への期待

現場の医師が疲弊し、地方の医療体制が立ち行かなくなるなか、国はどのように考えているのだろうか。厚生労働省医政局地域医療計画課の堤 雅宣(つつみ まさのぶ)室長が登壇した。

厚生労働省医政局地域医療計画課 堤雅宣室長:
先生方、ありがとうございました。今、国全体として働き方改革を進めており、また人口減少のなかで医療提供体制そのものが立ち行かなくなるだろうという議論を進めてきています。

そうしたなかで、「連携・再編・集約化」というキーワードを掲げて、厚労省としても昨年来、議論を進めてきております。これまでの「2次医療圏」という単位では、2040年には医療提供体制が持たないだろうというのは、皆さんもお感じのところではないでしょうか。そこで、従来の地域の急性期の病床数に着目した議論から、医療機関全体をどう再編していくか、2040年に向けて共に考えていけたらと思っているところです。

もう1点、学会の皆さまの役割として我々が期待していることがあります。我々行政側からすると、経営層の先生方とお話をすることが多いのですが、集約化等についてお話しすると、個々の経営を考えた場合に、なかなか難しいということになり、それは経営を預かる先生方からすると仕方がないことだと思います。

一方で、本日ご発表いただいたように、現場の勤務医の先生方には実感として「集約化は避けられない」という現実があるのではないでしょうか。

まさに学会の皆さまには、これから手術を行う病院を地域にどれくらいの数を確保していくことが現実的なのか、そして、その守るべき病院をどうやって支援し、守っていくのか、という議論を深めていただくことを期待しております。

働き方改革と医療の質、両立のための「拠点化支援」を

当日の様子
当日の様子(写真提供:日本胸部外科学会)


今回の議論では、地方の医療現場で「自然集約」という名の医療崩壊が静かに進行している実態が浮き彫りとなった。
実際、日本胸部外科学会と日本食道外科学会が2021年に行った会員アンケート調査では、胸部外科医の72%が「1週間の勤務時間が60時間以上」と回答。また、このまま労働時間だけが制限されれば46%が「現在の治療成績は維持できない(低下する)」と懸念しており、54%が「次世代の人材育成が困難になる」と回答している。さらに現場の医師も、50%が「胸部外科疾患の集約化(拠点化)が必要」と感じている状況だった。

これを踏まえ、同学会は国に対し、「拠点施設への包括的支援の実施」と「地域医療維持のための連携支援」の2点を強く要望している。
前者の具体策としては、人件費や教育費、夜間休日対応などを反映した診療報酬制度の創設、手術室、ICU、病床などインフラ整備への公的補助、看護師や臨床工学技士などへのタスクシフトの支援と評価、外科医・麻酔科医・集中治療医の重点的な配置を挙げている。
また後者については医療DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進による情報共有や労働支援、症例が減少する施設に対しての術後フォローや慢性期管理といった新たな役割の定義と支援を要望している。

座長を務めた千田理事長は、次のように述べて会を締めくくった。
「集約化の議論は、まさに正念場を迎えています。我々も早く手をどんどん打って動き、未来の医療を守っていかなければと考えています」
 

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