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リキッドバイオプシー、保険適応外薬によるがん治療を解説―臨床腫瘍学会PAP   【前編】

公開日

2025年05月27日

更新日

2025年05月27日

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2025年05月27日

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日本臨床腫瘍学会は2025年3月6~8日に神戸市で開催した第22回学術集会で、「ペイシェント・アドボケイト・プログラム(PAP)」を実施した。PAPはがん患者・家族も参加して、がん医療やがん研究について理解を深めるとともに学会員らと交流することを目的としたプログラムで、第9回学術集会から実施されている。今回は「Precision Oncology Toward Practical Value for Patients(患者にとって役立つ価値を目指す精密がん医療)」をテーマに、PAPの基礎から応用までさまざまな講座で活発な議論が繰り広げられた。この中から注目の演題を2回に分けて報告する。前編はがんゲノム医療に関連した「リキッドバイオプシー」と「保険適応外の薬を使った治療」についての講演を取り上げる。

(「ペイシェント・アドボケイト・プログラム(PAP)」)

PAP基礎講座5「血液検査で分かるがんの診断~リキッドバイオプシーの世界」

基礎講座5として、血液を使ったリキッドバイオプシー(liquid biopsy)の最新の研究と臨床応用について解説した。

◇  ◇  ◇

中村能章先生(国立がん研究センター東病院)

リキッドバイオプシーとは、体液を採取してその中に含まれるがん細胞由来の物質を分析する検査のことだ。リキッドバイオプシーのメリットとして低侵襲で繰り返し検査を行うことができる点が挙げられる。

体液には血液や尿、脳脊髄液などさまざまなものがある。血液は非常に使いやすいうえに体中をめぐっているためどんながんにも対応できることから、リキッドバイオプシーの中で最も一般的に使われている。血液中にはさまざまながんの痕跡があるが、がん細胞が壊れたときに放出されるDNA(血液循環腫瘍DNA:ctDNA)の解析が現在最も使われている。

薬物療法での利用

薬物療法では、ctDNAの遺伝子パネル検査*によって遺伝子の異常(傷)を解析する。遺伝子異常があった場合、がんゲノム医療ではがんの種類(臓器)にかかわらず効果がある薬を使う(従来の薬物療法はがんができた臓器や進行度によって基本となる薬が決まる)。以前は腫瘍組織を採取してDNA解析を行っていたが、現在は一部の遺伝子パネル検査がリキッドバイオプシーとしても保険適応になっている。

国立がん研究センターが行っている「SCRUM-Japan Project(スクラム・ジャパン・プロジェクト)」では、リキッドバイオプシーによってがん患者に最適な治療を見つける「GOZILA Study(ゴジラスタディ)」が進められている。ctDNA解析の場合、従来の方法に比べて結果が出るまでの期間が3分の1に短縮され、その結果として治験参加登録率が倍以上になった。進行がんの場合は「時間」が非常に重要で、結果がすぐに出れば体調や状態に合った治験の情報を探すことができるが、時間がかかると別の治療をしたり体調が変化したりすることなどによって治験に参加できないケースがあった。

がんゲノム医療を受けた患者は、全奏効率(治療の効果があった割合)、無増悪生存期間、全生存期間のいずれも、受けられなかった患者と比べて良好な結果が得られた。

*遺伝子パネル検査:高速で大量のゲノムの情報を読み取る「次世代シークエンサー」によりがん組織などの遺伝子を1度で多数同時に調べる検査

手術などでの利用

がんの手術でもリキッドバイオプシーによるctDNA検査の利用が研究されている。

2024年に発表された論文では、術後1か月の時点でctDNAが陽性の患者は、陰性の患者と比較して2年後の再発リスクが約12倍、2年後の死亡リスクが約10倍だった。また、陰性の患者は術後の補助化学療法(抗がん薬治療)をしなくても再発リスクはほとんど変わらないことが示された。この論文は観察研究によるもののため、より科学的に正しい結論を得るためにランダム化比較試験が進められている。

がんの早期発見でもリキッドバイオプシーの応用が期待されている。技術の発達によって一度の検査で複数のがんが同定できるMCED(Multi-cancer early detection)が登場している。

このように各段階で活用できる可能性があり、リキッドバイオプシーを通じてがんが克服できる未来を実現したい。

特別企画6「ゲノム医療で推奨された保険適応外薬をどのように使うか?」

特別企画6では、がんゲノム医療で保険適応外の薬がどのように使われるか、アメリカの事例も交えて解説するとともに、今後の見通しについて解説した。

◇  ◇  ◇

池田貞勝先生(東京科学大学病院 がんゲノム診療科 教授)

腫瘍の性質を遺伝子レベルまで細かく調べ、何が原因で起きているのか特徴を理解した後、どういった薬が効きやすいか、特徴に基づいた治療を個別化して行うのががんゲノム医療だ。日本では5種類のがん遺伝子パネル検査が保険収載されている。

保険診療開始の2019年以降、がん遺伝子パネル検査を受けた人は間もなく10万人になると考えられる。がんの特徴が分かり薬が見つかるケースは約4割だが、実際に治療を受けているのは約1割。そのうち、保険が使える薬で治療できる患者が約6割だ。

保険が使えないときの4つの方法

保険が使えない薬で治療する方法の1つに、安全性や有効性を検証する「治験」に参加することがある。治験では効果を厳密に確認する必要があるので、参加するには一定の条件がある。第三者が正確性を検証するためのデータをそろえるためには労力が必要だが、保険適応外の薬を使うための“王道”でもある。

もう1つ「拡大治験」がある。治験が終わり承認までの間に新しく診断された患者が対象となる制度だ。ただし、あまり使われていない。

治験や拡大治験に参加できないときには「先進医療」という制度がある。高度な医療技術を使用した治療で、結果が有効だった場合には実施した医療機関がデータを承認申請に使う意図がある場合に制度が適用され、保険診療との併用が認められる。新規に開始するためにはさまざまな手続きに3~6カ月かかるほか、費用は患者負担になることもある。遺伝子異常を標的にした薬は高額なため、先進医療特約などに加入していない患者さんには非現実的な選択肢と考える。

先進医療でも使える薬がない場合には「患者申出療養制度」がある。患者からの申し出がきっかけで始まる適応外使用で、多くの薬が使えるよう制度が整えられている。やはり新規では開始まで3~6カ月かかり費用も患者負担になることがあるのが課題だ。

多くの患者がゲノム検査の恩恵を受けている米国

海外の状況をみると、米ニューヨークのメモリアル・スローン・ケタリング・キャンサーセンターでは、ゲノム検査後保険治療を受けた患者の割合が2017年の約8%から5年後の2022年には約30%に増えた。この5年間で遺伝子異常に対する薬が多数、新規承認され、保険で治療できる患者が増えたことが一番の要因となっている。

カリフォルニア大学サンディエゴ校では、ゲノム検査後に治療を受けている割合は約50%で、さまざまな薬剤アクセスの制度が整っていると多くの患者が恩恵を受けられることになる。

米国と日本では治験の実施数が異なる。がん領域で行われている治験は、日本では約400だが、米国では8000と約20倍になる。

また、日本にはない制度もある。日本では適応外使用は自由診療や混合診療*になるため行うハードルが高いが、米国では医師の責任で使用できる。薬の費用は患者が加入している保険会社と交渉することになるものの、ガイドラインに掲載されているような適応外の薬については支払われる場合が多い。保険会社が支払わない場合には、製薬企業から既承認薬の無償提供を受けるコンパッショネートユースという制度がある。それも難しい場合には未承認薬のSingle patient IND / Emergent INDという“個人のための治験”ができる制度がある。

*混合診療:保険診療と保険適用外の自由診療を併用して行うこと。日本では原則として禁止されている。

今後の課題

日本でも臓器別という区分を取り払って遺伝子異常に基づいて実施する「バスケット試験」によって、がん種を問わずに承認される薬が増えている。

治験でも、近隣の病院で治療を受ける一方で、効果についてはさまざまな遠隔テクノロジーを使うなどして確認する「分散型治験」が行われるようになり、実施施設への距離の壁は低くなっていくと思われる。

保険で使用できる治療、適応外治療ともまだ改善の余地がある。王道は保険収載の薬を増やしていくこと。それに加えて新しい形の治験、コンパッショネートユースなどの制度を整えるなどによって、もっと適応外使用ができるようになるのではないか。
 

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