アトピー性皮膚炎(以下「アトピー」)の治療を続けている患者さんが「本当になりたい自分・送りたい生活」について考え、目標に向けてすべきことを自ら設計してよりよい将来に向かうことを目指すワークショップ(日本イーライリリー主催)がこのほど、オンラインで開催されました。公募で参加したアトピー患者さんは終了後「これまでアトピーに支配され諦めていたことがあったが、前向きになることができた」などの感想を話していました。ワークショップの詳細について報告します。
ワークショップでは、目標達成のためのフレームワーク「マンダラチャート」に参加者が現状や課題を書き込み、自身の状況を客観的に把握したうえで治療の目標を設定する形で行われました。マンダラチャートとは、縦横に区切ったマスのうち中央に目標を、周囲には関連する小目標を書き込むことで思考を整理し、目標達成に必要なものが何かを可視化するツールです。メジャーリーグで2刀流の活躍をしている大谷翔平選手が花巻東高校時代に使用していたことでも知られています。
今回はこのマンダラチャートを、アトピー患者さんの治療目標設定のために使用しました。
実際の作業に先立ち、近畿大学医学部皮膚科学教室主任教授、大塚篤司先生が「アトピー性皮膚炎治療の最新状況と医師と患者さんのコミュニケーション」と題して講演しました。以下はその概要です。
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アトピーはよくなったり悪くなったりを繰り返します。患者さんの多くは▽気管支喘息▽アレルギー性鼻炎▽結膜炎▽アトピー性皮膚炎――のうちいずれか、あるいは複数の病気にご両親とも、もしくはお一人がかかっている「アトピー素因」があるといわれます。また、IgE抗体というアレルギー物質に反応する血液の成分が高いことも素因とされています。
乾燥肌がアトピーによくありません。小まめにシャワーを浴びて汗を洗い流し、その後しっかり保湿することが大事です。
アトピーは「免疫の異常」「乾燥肌」「かゆみ」の3つが悪さをします。これらに対して飲み薬や注射、塗り薬など新薬が出ており、ステロイド外用剤だけで治りが悪い方には次のステップが用意されています。
続いて、日常生活のヒントになることをお話しします。
まず、基本は手洗いをしないことが荒れない1番の対策なので、必要な場面を減らします。手洗いよりもアルコール消毒のほうが、荒れが少ないといわれます。その際はグリセリンなどの保湿剤入り消毒液を使ってください。
次にマスクです。マスクの下が荒れることがありますので、はずす機会を増やしてください。裏にファンデーションなどが付いたマスクを長く使うとかぶれの原因になるので、なるべく清潔な新しいものを使ってください。汗をかいたらふき取り、不織布マスクでは刺激が強いという人はウレタンマスクの上から不織布マスクをしてください。
ダニ対策としては、絨毯を避けソファーは革製にしてください。安くてもいいので防ダニシーツを使い、布団は洗えるなら洗ってください。
金属にかぶれるという方もいます。金属で気を付けていただきたいのは食べ物です。ニッケル、コバルト、クロム、マンガン、亜鉛、銅はアレルギーを起こしやすい金属です。チョコレートやココア、香辛料は金属が多く含まれています。玄米やオートミールといった穀類にも金属が含まれるので、金属アレルギーのある人などは食べないほうがいいと思います。
かゆみについて、お子さんがかいていると「かいちゃダメ」と叱ってしまいがちですが、これはやめましょう。心理的リアクタンスという言葉があります。これは、ダメといわれるとやってしまいたくなる反発作用です。アトピーの患者さんは「かいてはいけない」ことは重々承知だと思います。ではどうするか。1つは冷やすことです。保冷剤をタオルで包んで当てるのもいいと思います。メントール配合の市販の塗り薬は、かゆみ止めとして効果があります。また、爪を切ってやすりで磨いてください。かきぐせがあるお子さんなどには、クッションやぬいぐるみを渡して気を紛らすのもいいでしょう。
続いて、公募に応じた参加者が3×3=9マスのマンダラチャートにそれぞれの現状や理想などを記入、最後にあらためてどのような生活を目指したいかについて考えました。マンダラチャートを用いたコンサルティングなどを手掛けるクローバ経営研究所の松村剛志さんと、「アトピー見える化アプリ」を開発したアトピヨ合同会社代表のRyotaro Akoさんがファシリテーターとして参加し、記入方法や考え方についてアドバイスをしました。
今回は9マスのうち下段中央をAとして時計回りに8マスを、設定されたテーマに沿って埋めてゆきます。それぞれのテーマは、
A:症状(かゆみ・痛みなど)
B:見た目(ファッションを含む)
C:睡眠
D:コスト(時間・費用)
E:医師とのコミュニケーション
F:仕事
G:家族・友人
H:理想の自分 自己実現
――となっており、8マスを埋めた後で、最後に「治療目標」として全体を通じてあらためてどんな生活を目指したいか、具体的なシーンや気分を添えて中央に記入しました。
ファシリテーターの松村さんは「“外堀”を埋めることで自分の傾向が見えてきます。たくさん書けたマス(のテーマ)は普段から意識していること。ポイントはむしろ書けなかったマスで、そこは伸びしろと考えてください。中央の目標には、外側のマスに書いたことや、こうしたい・こうなりたいというものを書いてください。作りっぱなしにせず、行動に落とし込むことが重要です」と話しました。
全てのマスを埋めた参加者からは、
「書き出してみると日常生活、時間、お金もアトピーに支配され、私の中でアトピーは悪、敵になってたことを実感しています。アトピーは完治しないが、今後は友達になれなくともうまく付き合って、コントロールをうまくすれば、時には友人と外に行く時間ができるのではないかという希望が持てました」
「症状が悪化しても落ち着いて対処できるようになりたいと思います。こうして書き出すことで、自分が今まで情報に振り回されてきたことが分かったのは大きな収穫でした」
「アトピーを1つの個性として付き合い、症状を理解して自分でうまくコントロールし、楽しく生きたい」
など、前向きな感想が聞かれました。
全体の作業を終え、大塚先生は「患者さんのアンケートをすると、皆さんの言うような悩みは『深刻に捉えていない』というデータとして出てきます。無意識に『アトピーだからこうしている』という制限がかかった状態で、受け入れたまま生活している人が多いからです。困っている状態に慣れ、諦めている状態に近いのです。今回のように具体的に書き出すことで、自分がこうしたいということが見えてきたと思います。この先は信頼できる先生を見つけて1つずつ相談できるようにしてください」と講評。Akoさんは「9個のマスに書き出すことで、今まで意識していなかったことに気付く点が多かったと思います。治療目標として具体的なイメージが出てきたので、ステップバイステップで目標に合わせて治療をしていくといいと思います」と話しました。
自分でもチャートを記入して治療目標の参考にしたいという患者さんに対して松村さんは「今抱えている問題や、こうしたいということについて、小さいことでもいいので思いついたものを書いてみてください。たくさん書けるところ、あまり書けないところがあるかもしれませんが、一喜一憂せずに自分自身の気付きとして書いていくといいでしょう。また、期限や数値目標を入れるとより具体的になります」とアドバイスしました。
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