新型コロナウイルス感染症の流行を経て、顕著になった社会全体の課題があります。その1つが「孤独・孤立」です。特に若者では孤独が、高齢者では孤立が問題になっているといわれています。一見すると似ているこの2つは、どのような違いがあるのでしょうか。また、なぜ若者は孤独を感じやすく、高齢者は孤立しやすいのでしょうか。人とのつながりが健康に与える影響について研究している東京都健康長寿医療センター研究所 研究副部長の村山洋史先生にお話を伺いました。
「孤独のどこが悪いのか」「孤立していても問題ない」と思う方もいるかもしれません。しかし、孤独と孤立は単に心の問題にとどまらず、どちらも身体の健康にも影響を与えることが分かっています。具体的には認知症、糖尿病、心血管疾患、脳卒中などの発症リスクとなったり、自殺や要介護状態に関連したりするという報告があります。
なぜかというと、個人差はあるものの孤独や孤立は多くの方にとってストレスとなるからです。ある研究結果をご紹介します。この研究では、ボールでパスを回していくコンピュータ上のゲームを行いました。そして徐々に自分だけパスが回ってこなくなるという仲間外れのような状況に陥ったときに、脳のはたらきをMRIで確認したのです。すると、脳の中で身体的な痛み、たとえば殴られたり蹴られたりしたときに反応する部位が活性化していることが分かりました。
これは、周囲からのけ者にされて孤立し孤独を感じるような状態は、身体的な痛みと同じくらいのストレスになることを意味しています。このようなストレスは内分泌や交感神経系、免疫系など体のさまざまな場所に影響を与え、健康を害する要因の1つになると考えられます。
ここまで「孤独」と「孤立」を並べて説明してきました。混同されやすいのですが、この2つは異なる概念です。孤独は、寂しいというような主観的な「感情」のことです。一方、孤立は、客観的に見て他者とのつながりが少ない「状態」を指します。孤独を感じている人は孤立していることが多く、孤立している人は孤独を抱えやすいという特徴があります。
ただし、必ずしも両者が常に関連しているとは限りません。周囲から孤立していても寂しさを感じない人もいますし、たくさんのつながりがあっても孤独を抱える人もいます。孤立しやすい人の特徴の一部をご紹介すると、男性や高齢であることが挙げられます。一方、孤独を感じやすいのは女性や若者といわれているのです。
孤独や孤立は、新型コロナの影響で深刻化したと思います。特に若者では孤独が、高齢者では孤立が課題といえるでしょう。
まず若い世代についてお話しすると、私たちが行った調査では、コロナ禍1年目で孤立した若者は少ないことが分かっています。同じ時期に高齢者の孤立が顕著になったのとは対照的です。これは、若い方たちは、SNSやオンラインツールを使って人とつながることができるからだと考えられます。たとえばZoomを使って授業を受けたり、LINEやTwitterなどで連絡を取ったりすることが可能です。SNSなどを活用することで、ある程度孤立を防ぐことができていたといえるでしょう。
その一方で、10代や20代の若者の孤独感は非常に高いことが分かっています。孤立していないにもかかわらず孤独を感じている、という状況が生まれているのです。もともと若いときは孤独を抱えやすいといわれています。友人との関係に敏感になり「嫌われたらどうしよう」などと不安を感じる場面も少なくないでしょう。
さらに新型コロナの影響でリアルに人と会う機会が減りました。文字でしかコミュニケーションを取ることができないので相手の顔色を読めず、気持ちが落ち込み孤独感を抱きやすいことが考えられます。“既読スルー”に落ち込むこともあるでしょう。実際に大学生など若い世代からは、新型コロナが流行した当初、「かなり鬱々とした気分になった」という声を聞いています。オンライン上の人間関係は、「もろい関係性」といえるのかなと思います。
若い世代と比べると、高齢の方は孤独を感じることが少ないといわれています。年を重ねるほど「自分は自分」と思える傾向があることも影響していると思います。また、交友関係がある程度固まっているので、新型コロナの影響で人と会う機会がなくなっても「また会える」という安心感があるのかもしれません。
その一方で、新型コロナは高齢者の孤立を深刻化させる1つのきっかけになりました。高齢者の重症化リスクが特に高いといわれていたので、感染を恐れて外に出かける機会が大幅に減ったことが考えられます。また、若い世代と比べて、SNSやオンラインツールを使いこなす高齢者は少ないでしょう。外出自粛とともに、人との関係が切れてしまったケースが多かったのだと思います。
外出の機会が減少したことで筋力が落ちてしまったり、買い物の頻度が減ったことで新鮮な食べ物を口にする機会が減ったりしたことも考えられます。さらに地域活動の休止によって、社会との接点も限られてしまいました。新型コロナによって、フレイル(心身の機能が低下した状態)を防ぐ重要な要素といわれる運動、栄養、社会参加のいずれの機会も失われ、結果的にフレイルに陥ってしまう高齢者が増えたといわれています。実際に地域でお話を聞いてみると、コロナ禍で中止していた地域活動を再開しても、「参加したいけど体がしんどい」という理由で参加できなくなった高齢者もいるという声を聞きます。
では、孤独や孤立を防ぐために、どれくらいの人と交流していればよいのでしょうか。人とのつながりの量が多いほど健康によい影響を与えるという研究結果はあるのですが、対応しきれないほどのつながりがあると逆にストレスになることも考えられます。また、相手とそりが合わなければ、人間関係自体がストレスになるケースもあるでしょう。
そこで着目してほしいのが、関係の「質」です。つながりの量よりも質のほうがより重要ということが、複数の報告から明らかになっています。交友関係に満足しているかどうかが健康に強く影響するという報告もあります。友人や知り合いが多くても、その関係に不満を抱えている人もいるかもしれません。反対に、交友関係が少なくても、交流するのが楽しく満足できている人もいるでしょう。
つながりの質を確認するためには、自分の持っているネットワークを自分自身がどう感じているか一度立ち止まり、振り返って考えてみることが大切です。
私は、人とのつながりが生きるモチベーションになることもあると思っています。たとえば研究のために地域を訪問すると、生き生きと活動するボランティアの方たちに出会うことがあります。「どうしてこの人たちはこんなに元気なのだろう」と考えた時に、周囲の人たちから支えてもらっていたり、誰かに頼られていたりすることが、大きく影響しているのかなと思いいたったのです。
孤独や孤立の問題は、人とのつながりが少ないことで元気がなくなっている状態といえます。健康には禁煙や栄養、運動なども大切ですが、人とのつながりも影響を与えます。人とのつながりを見直すことから、健康づくりに取り組む方法があることを覚えておいてほしいと思います。
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