連載特集

HPVワクチンのこれまでとこれから 浜田敬子氏・松本杏奈氏を迎え徹底討論

公開日

2022年04月14日

更新日

2022年04月14日

更新履歴
閉じる

2022年04月14日

掲載しました。
380bc8299c

HPV(ヒトパピローマウイルス)は男女問わず約80%が生涯に一度は感染するといわれるごくありふれたウイルスで、子宮頸がんや肛門がん、尖圭コンジローマなど多くの病気の原因となります。国内では2022年4月にHPVワクチンの定期接種の積極的勧奨(自治体から対象者に個別に接種をすすめること)が再開予定です。HPVワクチンをめぐる報道や情報発信はこれまでどのような経緯をたどってきたのか、そして今後どのように考えるべきかについて、2022年3月4日に開催されたイベントから「HPVワクチンのこれまでとこれから」の内容をお伝えします。

*イベントは動画でも視聴が可能です。

HPVワクチンの「これまで」を振り返る

  • 浜田敬子氏(ジャーナリスト)
  • 松本杏奈氏(ソーシャルメディアインフルエンサー、スタンフォード大学現役学生)
  • 司会:木下喬弘先生(日本救急医学会救急科専門医、みんパピ!副代表、CoV-Navi<こびナビ>副代表)

木下氏: HPVワクチンは2009年に日本で薬事承認され、2010年から公費助成が始まりました。メディアや産婦人科医も協力し積極的にワクチン接種を促しました。浜田さんは当時のことを覚えていらっしゃいますか?

浜田氏:覚えています。当時副編集長を務めていた週刊誌「AERA」でも、HPVワクチンがどのようなものかを1~2回記事にしました。

イベントキャプチャ

木下氏:国内で定期接種が始まった2013年、HPVワクチン接種後のさまざまな症状に関する報道が相次ぎ、症状を経験された方々が「全国子宮頸がんワクチン被害者連絡会」を結成して記者会見などを行い、少しずつ世の中の空気が変化しました。当時、メディア内の状況はいかがでしたか?

浜田氏:朝日新聞社では、公費助成が始まった当時は主に「科学医療部」がHPVワクチン接種の記事を書いていましたが……副反応を訴える方が出始めた頃からは、医療事故などを担当する「社会部」の記事が目立つようになりました。当時、AERA編集部でも「娘がHPVワクチンを接種した後に倒れて骨折した」という保護者からの報告があり、取材したことがあります。ワクチン接種との関連は不明でしたが、接種後に倒れて骨折したことは事実だったため、それを記事にしました。その後は何が正しい情報かつかみきれませんでした。記憶にあるのは、日本産科婦人科学会から何回かファクスでワクチンの安全性に関するリリースが届いたことです。ただ、状況を深く理解するほどの情報提供が医療者側からも厚生労働省からもなく、どう発信・報道したらよいのか戸惑い、積極的に報道はしませんでした。

木下氏:日本産科婦人科学会は、これまでに何度も繰り返し積極的勧奨の再開を求める声明を発表してきました。ただ、我々医療従事者はメディアの方々に分かりやすく伝えたり情報提供したりするのが得意な人間ばかりではなく、そこは大きな問題だったかと思います。

浜田氏:先ほどお伝えしたように、新聞社内でも医療を担当する記者といわゆる事件・事故を取り扱う記者は部署が異なります。医療従事者の方々はおそらく医療を担当する記者に対しては情報提供をしていたかもしれません。また実際にさまざまな症状を訴える人たちがいても、それに反論するためのエビデンスは当時あまりなかったと思います。どちらの側としても自信を持って報道するのが難しい状況でした。少なくともAERAでは、ほかにも報道するべきことが多くあるなかで、HPVワクチンの話題から遠ざかってしまったのです。

個人的にこの問題に関心を持ったのは、娘を持つ母親という当事者の立場になった2016年頃のことです。娘が小学校高学年になり、HPVワクチンを接種するべきかどうかをわがこととして考え始め、先ほどのセッションでお話しされていた宋美玄先生をはじめ、知り合いの医師10人ほどに話を伺いました。すると皆さん「打ったほうがいい」とおっしゃるのです。では、なぜ必要な情報がないのだろう、一番困っている当事者の女子とその保護者に情報が届いていないのだろう――それが当時感じていたことです。

木下氏:浜田さんのように能動的に行動された一部の方々以外は、メディア内部でも情報が2013年時点で止まってしまっていたというのが現実だと思います。

現在まで、いくつか重要なポイントがあると思います。たとえば2015年の名古屋スタディ、HPVワクチンを接種群と未接種群で症状の頻度を比較した調査では「ワクチン接種と症状の因果関係は証明されなかった」という結果が発表され、また、2016年には医師・ジャーナリストの村中璃子さんが厚生労働省の研究の一部の問題点を指摘*しました。このように、科学的な情報提供がまったくされていなかったわけではありません。社会の受け止め方などに問題があったのでしょうか?

*一部の研究班が「HPVワクチンを打ったマウスの脳にだけ異常な抗体が沈着していた」と発表。その結果に対し、村中氏はn=1(サンプル数が1)であり、異常がみられたのはワクチン未接種のマウスであったと指摘した。

イベントキャプチャ

浜田氏:推測になりますが、当然、科学医療部の記者たちは取材をしていたでしょうし、情報を発信したいという思いを持っていた人もいたはずです。側聞したのは、いろいろなメディアの中で医療担当の記者たちが新たに分かった研究結果などを報道したいと言っても「本当に報道して大丈夫か」「実際に症状があった人たちをどう考えるのか」と言われ、そこを突破できなかったと。それに対して部署も超えた勉強会やさらなる議論が行われていたのかは分かりません。

私は、報道の仕方について新型コロナワクチンとの違いを感じます。ワクチンを受けたくない、否定する人たちは同じように一定数いますが、COVID-19に関してはテレビの情報番組なども含めてかなり冷静に情報を伝えているように思います。ワクチンには何らかの副反応が起こり得る、しかし因果関係は明らかではないため、リスクとベネフィットを考えベネフィットが上回れば打ちましょうと。これが今のマスメディアの論調かと思いますが、なぜHPVワクチンでは同じようにできなかったのかと、自分自身も含めて反省しています。そこには実際に症状が現れた10歳代の女性の方たちが現実にいらっしゃったことに加え、子宮頸がんが女性の病気であることが関係していると思います。つまり新型コロナウイルス感染症は分け隔てなく誰でもかかりますよね。マスメディアなどの記者には男性が多いので、わがこととして考える。一方、子宮頸がんは「検診があるのでワクチンを接種しなくても予防できるではないか」という思いがどこかにあったのではないでしょうか。また村中氏の指摘を受け、マスメディア自身も報道姿勢を厳しく批判されました。そこで萎縮してしまった部分もあるのではないでしょうか。社会の批判を受けて「誰が悪かったのか」という犯人探しが始まり、もっとも大事な「当事者にどう情報を届けるのか」が置き去りにされてしまったように思います。

HPVワクチンの「これから」―子と親 世代間のギャップ

木下氏:非常に大事なご指摘をいただきました。医療従事者からメディアの方々にどう伝えるのか今後もよく考えていく必要がありそうです。

松本さんは積極的勧奨が中止されている間にまさに定期接種の年代だったと思いますが、ここまでのお話を受けていかがでしょうか。

松本さん:私はHPVワクチンについてこの間まで知りませんでした。やはり積極的勧奨の中止などの影響があったのかなと思います。

イベントキャプチャ

木下氏:2013年にワクチン接種後の症状について報道があったことは、松本さんの世代だとあまり聞いたことがないですか?

松本さん:そうですね。当時は10歳くらいで、聞いたことがなかったです。もし聞いたとしても名前が難しくて分からなかったと思います。

木下氏:ではあらためて「積極的な接種勧奨の差し控え」によって、具体的にはどんなことが起こったかを説明します。元々、予防接種は実施主体が市区町村で、各自治体が責任を持って行う国の事業です。積極的勧奨が中止されたことで、自治体から各家庭に予防接種のお知らせが届かなくなりました。たとえば子どもが受けるべき日本脳炎や麻疹(はしか)の予防接種は、接種の時期になると自治体から保護者へ通知が送られます。しかしHPVワクチンは自治体からのお知らせが届かない。そうなると、本人や保護者が自分で調べない限り予防接種の情報にアクセスするのが不可能になります。このような状況についてどう感じますか?

松本さん:子どもや若者の情報源は、主に学校や親ですよね。となると、そこに情報が入ってこなくなる=子どもには永遠に情報が届かないと思います。また子どもの意識がどれだけ高くても、親が「だめ」と言ったらHPVワクチンを打てません。そういう意味でも大人への働きかけは重要ですし、自治体からの通知が来ないことの影響力は計り知れないなと感じました。

木下氏:松本さんや周囲の方で「ご両親に相談して接種を止められた」という経験をお持ちの方はおられますか?

松本さん:私はHPVワクチンなどについて親と話すことに割と抵抗感があって、大学生になってから自分の健康に関して自由な選択肢を持てるようになり、HPVワクチンを接種しました。周りにも、ワクチンの話を親とするのは気が乗らない・怖いという子が多かったです。親との会話について、違いを感じたのはアメリカに来てからです。アメリカではHPVワクチンを接種するのが当たり前ですし、話題としてもオープンです。それと比較して日本の場合は特に性に関することを親子間でオープンに話せるわけではなく、HPVワクチンの接種率低下にも関係しているのではないかと思いました。

木下氏:それはよく聞く話です。私としては、HPVワクチン接種について話すとき、無理に性交渉のことを話題に挙げる必要はないと思っています。「将来がんになるリスクがあり、それを防ぐためにワクチンを打つ」という文脈で十分だと思います。自分がいずれ性交渉のパートナーを持つかどうかなんて、10歳代前半のときには分からない人も多いはずです。

浜田氏:うちでは、ワクチンと性交渉を結び付けず「将来がんになる可能性を減らせるから打っておこう」という文脈で娘にも意思確認をしました。木下先生主催の勉強会にも参加するなどして夫とも話をして、「やはり打ったほうがいい」と納得したのですが、母には「大丈夫なの?」と言われました。積極的に情報をアップデートしている人と報道された当時の情報を信じている人との情報格差が大きいと感じましたね。

イベントキャプチャ

木下氏:これも重要なご指摘だと思います。松本さんに伺います。話し合いが難しい家庭や、両親との関係がよくない子もいると思います。そういう子たちも取り残すことなく健康や性教育の情報を伝えたいとき、一体どうしたらよいでしょうか?

松本さん:自分の健康について主導権を握れるようになることは大きいです。私の周りでは大学生になった瞬間ワクチンの接種率が上がりましたし、それまで親に反対されていたことを自分の意思で始める人も多いです。自己決定して行動できるということが、高校生と大学生の違いだと思います。「未成年でも、ある範囲は自己決定できたらいいのに」とは常に思っていますね。ただ高校生のうちはどうしても親が関わりますから、正しい情報提供がとても重要です。ワクチン接種は選択の自由だとしても、今はそれを正しく判断するための情報が少ない不安定な状況です。センセーショナルな報道に直面した世代に対して、ワクチンの意義や安全性をもっと伝えるべきだと思います。そのうえで個人が自分の健康について選択でき、その意思を尊重できるとよいですね。

浜田氏:AERAでは半年に1回ほど、がんの特集を組んでいました。ただ、残念ながらすごく読まれるということはありませんでした。どんなときに読者の関心が高まるかといえば、著名人ががんを公表したときです。日本は検診に対する意識がまだまだ低く、受診率も高くありません。子宮頸がんに関してもHPVワクチンの話だけをしてもなかなか全体像が伝わらないと思います。がん予防・検診を含めて、自分たちの体をどう守るのか、その中の1つとしてHPVワクチンを位置付け、その効果を伝えること。そして実際にがんになったら体や生活にどれだけの影響が出るのか、あるいは最新の知見を交えて総合的に伝える必要があると感じています。

木下氏:公衆衛生学の領域ではよく知られていることですが、将来の健康のことを“自分ごと化”するのは難しいのです。たとえば、著名人ががんを公表することで、初めてそのがんに興味が湧くことはめずらしいことではありません。ただ、そのようなきっかけに乗じて報道することのほかに、継続的な啓発活動や国際的なイベントなどで、きちんと情報提供をしていかなければならないと思いますね。最後に、HPVワクチンの情報発信に関して日本は今後どのようにしたらよいでしょうか。

松本さん:最近は情報発信力においてメディアよりも民間人がアドバンテージを持つことが増えているように思います。新聞よりもSNS上の情報を頼っている人もいます。もう少し情報を正しく整備することが大事かもしれません。

浜田氏:インフルエンサーが間違った情報を発信したときの影響を考えると怖いです。そこは木下先生など医療者に発信してもらうことを考えなくてはいけないし、私たちメディアは松本さんの親世代に対してHPVワクチンの最新のエビデンス、接種のリスクとベネフィットなどをもっと発信しなければいけませんね。

木下氏:今の10~20歳代の方は物心ついたときにはSNSが身近にあり、TwitterやLINEニュースなどから情報を得ている場合も多いでしょう。しかし、私の感覚からすると大手の新聞などのメディアはまだまだ影響力があり、テレビも若い方を含め多くの人々が見ています。どちらがよいというわけではなく、SNSも新聞・テレビも、どちらも情報源とする方がいるので、両方で正確な情報を発信し続けることが重要だと思います。私たち医療従事者もまだまだ頑張らなくてはいけないと思いました。

閉会のあいさつ

  • 江川長靖先生(ケンブリッジ大学病理学部、国際パピローマウイルス学会評議員)

江川先生:HPVの専門家として伝えたいことがあります。がんを引き起こすハイリスクHPVへの感染は非常によくあることで、男女関係なくほとんどの人が感染しています。その結果として、がん全体のうち約5%はHPVが原因で起こっていて、その数は年間70万人に達すると推定されています。しかし人類は今、HPV関連がんを防ぐ方法を持つことができました。それは有効なワクチンと検診です。適切なタイミングでのワクチンの接種と検診を受けることによって、HPV感染やHPVによるがんを減らすことができ、子宮頸がん・HPV関連がんという心配事が1つ少ない世界を作ることができる――そこに向かって世界は今、一歩ずつ進もうとしています。

イベントキャプチャ

毎年3月4日は「国際HPV啓発デー」、世界中みんなでHPV感染症について考え話題にしようという日です。HPV感染症を撲滅・制圧するために、皆さん誰にでもできることがあります。たとえば、中学生・高校生ならHPVについてよく知りワクチン接種を検討すること、大人なら定期的に検診を受けること、親として子どもへのワクチン接種を一緒に考えることなどです。学校や仕事場でHPVの話をすることも1つです。男性も親であることもあるでしょうし、パートナーに検診へ行ってもらうことも子宮頸がんの撲滅に役立ちます。医療従事者、報道機関にとどまらず、子どもも大人も、女性も男性も、私たち一人ひとりにできることがあります。今日この場で何か得たものがあったとしたら、友達や家族、パートナーや職場の方に伝えてくれたらうれしいです。HPV関連がん・子宮頸がんという心配事が1つ少なくなる社会に向けて。本日はどうもありがとうございました。

取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。

特集の連載一覧