日本では外科医不足が深刻化しており、若手医師の外科志望者も減少傾向にある。外科医療を維持していくための人材確保や外科医のモチベーション向上は喫緊の課題といえるだろう。そうしたなか、2024年11月1~4日に行われた「第77回日本胸部外科学会定期学術集会」では、外科医不足の解決策として、外科手術に伴う金銭的インセンティブである“surgical fee”の可能性を模索するセッションが開かれた。セッションの内容をダイジェストでお伝えする。
【登壇者】
<座長>
飯塚慶先生(東京女子医科大学病院 心臓血管外科)
坂入祐一先生(千葉県がんセンター 呼吸器外科)
野間和広先生(岡山大学病院 消化器外科)
<演者>
野上英次郎先生(福岡徳洲会病院 心臓血管外科)
田中千陽先生(東邦大学医療センター佐倉病院 心臓血管外科)
今村一歩先生(長崎大学大学院 移植・消化器外科学)
松本晴樹さん(厚生労働省医政局地域医療計画課 医療安全推進・医務指導室長)
一戸和成先生(医療法人社団和楽仁芳珠記念病院 副理事長/元厚生労働省保険局医療課 課長補佐)
新川武史先生(東京女子医科大学病院 心臓血管外科)
野上先生:surgical feeの導入について日本胸部外科学会会員を対象に実施したアンケート結果を報告する。反対意見はほとんどなく、回答者の約4分の1の施設ではすでに導入済みであった。導入施設は国立大学病院に多く、公的病院では少ない傾向にあった。また、surgical feeを導入することで、モチベーション向上が期待され、若手医師の確保にもつながるだろうという意見が多く寄せられた。施設集約化に向けて、施設間の競争の活性化につながる可能性があるとの意見もあった。肯定的な意見が多かった一方で、財源の問題や外科医不足の根本的な解決にはならないのではないかとの意見も寄せられた。
田中先生:私からは手術点数*がどのように決められているかをお話ししたい。手術点数は、外科系学会社会保険委員会連合(外保連)が作成している外保連試案**に基づいて改定される。外保連試案において手術点数の割合の多くを占める人件費は、それぞれの術式の技術難易度、必要なスタッフ数、所要時間から算出されている。特に胸部外科の手術は難易度が高く長時間を要するため、人件費が高くなり、他の科の手術と比べて点数が高くなっている。また、高い点数の手術を実施しても、それが手術を担当した外科医の給与に反映される病院が限られていることは課題だと考える。外科医の減少が続くなか、人材確保や医師のモチベーション向上のためにsurgical feeの導入は合理的であると考えている。
*点数:日本では診療行為1つごとに、厚生労働大臣が点数(診療報酬)を定めており、その点数をもとに1点=10円として計算される。
**外保連試案:外保連に加盟する114の外科系学会により調査・検証された全術式のコスト・技術料データ。
今村先生:当院では「休日・深夜・時間外加算1(以下、加算1)」の算定によって得られた報酬を原資として、外科医に対して手術インセンティブを支給している。休日・深夜・時間外加算は、外科医の過重労働に対する待遇改善を目的に、休日・深夜・時間外に行われる緊急手術や処置に対して大幅な点数の加算を行うものだ。加算は1と2に分かれており、加算2は多くの病院で請求されているものの、加算1については要件のハードルの高さなどからあまり請求がなされていない。加算2では、時間外で手術点数に1.4倍の加算、休日・深夜で1.8倍の加算がなされるのに対して、加算1では時間外で1.8倍の加算、休日・深夜で2.6倍の加算がなされる。
当院では加算1の申請を行うにあたり、2021年度の実績を踏まえてシミュレーションを行った。その結果、申請要件は満たせており、もし加算1を算定していた場合、約600万円の収益が見込めていたことが分かったため、2023年4月から算定を開始した。加算1の導入により、医師の連続勤務時間回避への意識が向上したほか、病院収益の向上にも寄与している。
松本さん:現在、厚生労働省(以下、厚労省)では医師の地域・診療科偏在の是正に向けた対策として、医師の確保・育成や実効的な医師配置などの施策に取り組んでいる。医師配置においては経済的インセンティブ支給についても検討している。これまでも厚労省では外保連試案に基づき外科の診療報酬点数の引き上げに尽力してきた。その結果、心臓外科診療報酬(冠動脈バイパス術)については諸外国と比較すると、アメリカには敵わないものの、ヨーロッパとは同じ程度の水準となっている。それがなぜ外科医の処遇に反映されないのかについては、さまざまな要因があると考えられるが、1つには日本における人口当たりの心臓血管外科医の数の多さが挙げられるかもしれない。国全体の心臓外科年収総額*、すなわち「国全体で心臓外科医にいくら払っているか」を算出したところ、もっとも高かったのがアメリカで8.7USドル、次いで日本が5.3USドル、フランスが2.8USドル、ドイツが2.6USドル、イギリスが1.7USドルであるというデータも出ている。
*平均年収(USドル)×心臓外科医数を人口10万人あたりで比較。なお、1人あたり購買力平価GDP(USドル)で除して物価・GDP調整を行っている。
一戸先生:全国的に病院の経営状況が厳しいなか、病院に支払われる診療報酬から医師にインセンティブを支給することは容易ではないだろう。平均在院日数を短縮させて病床稼働率を上げることで何とか経営を維持している病院も少なくない。また、医師の地域・診療科偏在も大きな課題である。これに対し、私は近年拡充が著しい「保険外併用療法費制度*」を活用して、患者が医師を指名できる制度を作るのがよいのではと考えている。医師ごとに手術成績などのアウトカムデータを公表したうえで、「この医師の手術・治療を受けたい」という患者に自己負担で指名料を支払ってもらい、それを医師に直接還元する仕組みだ。特に医師数が減少している外科などを中心にこうした制度を導入することは、医師の診療科偏在への対策として即効性があるのではないかと考えている。
*保険外併用療養費制度:通常、保険が適用されない保険外診療を受けると保険が適用される診療を含めて全てが患者の自己負担となる。ただし、厚労省が保険診療との併用を認めている療法については「保険外併用療養費制度」が適用され、同時に受けた保険診療は通常どおり保険診療として認められる。
新川先生:日本の医師の平均年収水準はここ10年ほど横ばいの状態が続いている。日本と諸外国の診療報酬制度にはどのような違いがあるのだろうか。日本では患者は病院に対して医療費を支払い、医師は勤務先の病院から給与を受け取っている。これに対してアメリカでは、医師は「医療を提供するために病院から場所を借りている」というスタンスであるため、患者は病院と医師それぞれに医療費を支払うことになる。また、医師の給与に関する日本と諸外国の大きな違いは、診療科ごとの給与差だ。アメリカや中国では心臓血管外科が年収トップの診療科であるのに対して、日本では診療科による給与差がほとんどないことが特徴である。また、日本はアメリカに比べて症例数に対する施設数・専門医数が多く、施設集約化も課題といえるだろう。
最後に総合討論が行われた。「surgical feeは外科医不足の解決策となり得るか」という点については、「確実になると思っている」「外科医増加につながるかは何とも言えないが、現世代の外科医の生活を守るという観点では導入すべきだと思う」「金銭的なインセンティブの支給は1つの手法ではあると思うが、同時に外科医の働く環境を見直すことも重要」などの意見が聞かれた。また「surgical feeの導入に向けて現場や行政はどのようなことができるのか」については、「加算1の算定などsurgical feeの財源を得るための努力を各病院が行っていくべき。またそうした努力を行うことで何らかの優遇がされるシステムを国として作ってもらえればよいと思う」「事務部が病院経営に注力していればよいが、そうでない限りは各診療科から経営側に掛け合っていく必要があるだろう」などの意見が挙がった。
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