(【前編】から続く)新型コロナウイルス感染症(以下「新型コロナ」)のパンデミックを経て、医師に対する製薬企業の情報提供のあり方が大きく変わった。従来はMR(製薬企業の医薬情報担当者)が医師と直接面会して情報提供をしていたが、新型コロナの影響で厳しい面会規制を課す医療機関が増えた。そのような環境で、より適切なタイミングで適切な情報を提供するためにオムニチャネルマーケティングが有効と考えられている。このほど東京都内で開かれた第16回ITヘルスケア学会年次学術大会のシンポジウム「新時代の医療におけるマーケティング―患者さんに最速で最適な医療を届けるために」では、実際にオムニチャネルマーケティングに携わるファイザー株式会社 希少疾病部門 ビンダケル・ビンマック マーケティング部 部長、南波秀洋さんが同社の取り組みなどを講演した。
南波さんは「Our Purpose 実現に向けたオムニチャネルアプローチの実践」と題して、マーケティングにおけるオムニチャネル活用についての“各論”を説明した。講演の要旨は以下のとおり。
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我々ファイザーのパーパス、企業目的は「患者さんの生活を大きく変えるブレークスルーを生みだす」で、これは全世界共通になっています。込められた意味としては「ペイシェント・セントリシティ」、患者さん中心の医療という考え方が非常に強く、ブレークスルーという言葉に「革新的な薬剤」という意味が含まれています。つまり、「革新的な薬剤をいち早くお届けすることで患者さん、ご家族一人ひとりの生活を変えていく」ために、弊社は一丸となって尽力しています。
私のチームは、難病指定されているATTR-CM(トランスサイレチン型心アミロイドーシス)という二次性心筋症の治療薬を扱っています。ATTR-CMは心臓に変異したアミロイドが沈着して心不全の症状が現れ、患者さんの予後が悪くなるという病気です。患者さんが日本のどこに住んでいても、適切な診断治療が受けられる世界を作ることを目指し、チーム一丸となって取り組んでいます。
そのようななかで、医師にどうやって情報を届けるか。新型コロナ以前は、MRが社内の全ての情報を持って先生方へ頻回訪問することにより、しっかりとお伝えするというモデルがうまくいっていました。新型コロナのパンデミック中は、かなりの医療機関で訪問規制がかかって直接頻回訪問ができなくなったため、大手医療系の情報プラットフォームから、ウェブを通じて情報をお届けし、先生方には必要な情報を自ら取りに行っていただくこととなりました。さらに、MRとして先生方にウェブ面談をお願いしたり、多数のメールが先生方に届いたりと、あまりよくない状況になっていました。
新型コロナ前も訪問規制はありましたが、パンデミックによって完全アポイントメント制が増えて頻回訪問が難しい状況になり、それは今もある程度続いています。
情報取得先についての医師の意向としては、インターネットが大きな部分を占めていますが、一方でMRを通じた情報入手の需要もまだあります。そこをうまく活用していくことが重要かと思います。医師のマインドシェアとしては、MRの面談ニーズも高いのですが、接触時間は圧倒的にウェブのほうが長いので、この状況に対応していかなければいけません。ヨーロッパなどは、よりデジタルなプロモーション方法にシフトしており、全世界的に体制が大きく変わっています。
具体的には、マルチチャネルでは、直接面談やウェブサイト、メルマガ、メールなどが別々に医師や顧客、患者さんに届けられていたのですが、オムニチャネルでは、相手のニーズに合わせてシームレスな情報を最適なタイミングで届けることが重要になります。それを進めるうえでは、分析が非常に重要です。最近、データはどんどん取れているのですが、それをどうまとめて実施するかが課題になってくると考えています。
1つの方法として▽ダッシュボード化、自動化して顧客のエンゲージメントやジャーニーを見える化▽AIなどを活用して個別の顧客レベルで処方意向やチャネル指向性を特定・予測▽その結果に基づいて個別の顧客への最適なコミュニケーション方法の提案を出す――というサイクルを作ろうという流れになっています。
このようなプラットフォームや概念に関してはかなり進んでいますが、それだけではなかなか進まないと感じています。企業全体で「アジャイルマインドセット」を醸成することが大事だと思います。
具体的なオムニチャネルのアプローチについては、ある程度のセグメントに分けた顧客に対してステージを設定し、ステージごとに異なるゴールを目指して、どのようなメッセージを作ってどのチャネルで流せばより効果的かをプランニングしていきます。
その評価に関しては▽Brand Performance:医師が当該製品を高く(望ましい形で)評価しているか▽Key Result Index=KRI:設定したゴールそれぞれについて達成したい意識変化が起こせているか▽Channel and Content Performance=KPI:各要素でパフォーマンスが出ているか――の3階層に分けて行います。これだけではスピード感が足りないので、患者さんに我々のブレークスルーをいかに早くお届けするか、日々チャレンジをしています。
そうしたなかで、スリーウェーブのDX成長曲線のフレームワークについて、提唱者の名和高司先生(一橋大学大学院 経営管理研究科 客員教授)にお教えいただく機会がありました。いわゆる社員の意識改革のようなものが最初の段階。UXやオープンイノベーション、パーソナル化、オンデマンド化といったエコシステム変革が2番目の段階。そして最終的には、事業部モデルに昇華していくという段階があるとのことです。先ほどまでご紹介していたのは第1段階で、さらにスピードを上げていくためには第2段階が非常に重要だと思っております。そして、そこでは「コラボレーション」が1つのキーと考えています。
社内では、多様化する顧客のニーズに対応するために、複数のカスタマーフェーシングの部署が新設されており、それら部署とのコラボレーションが、社外に関しては代理店や医療系プラットフォームの皆さんとのコラボレーションが、それぞれ非常に重要と考えます。
実際にやっていることとしては、医療系プラットフォーム各社とコラボレートして、インターネットシンポジウムやデジタルコンテンツを発信しています。もう1つ、ファイザージャパンとして力を入れているのがオープンイノベーションです。「ヘルスケア・ハブ・ジャパン」というイベントでスタートアップ企業と情報交換をしています。
その中から、医療相談プラットフォームを運営するMediiとのコラボレーションを開始しました。我々が扱っている薬の対象疾患、ATTR-CMに関しては相談しにくい環境があるということが市場調査などから見えています。たとえば、(医師間での)患者さんの紹介といった話題について、従来ならば、顔が見える講演会などで聞くことができていたことが、リアルな講演会や懇親会が激減したことで聞く機会がなくなってしまったという話を聞いております。医師同士が気軽に相談できるプラットフォームが“ゲームチェンジャー”になるのではないかとの思いから、一緒に仕事をしています。
(2023年)3月からコラボレーションを実施しており、最近急激に心不全治療の相談グループの登録者数が増えてきました。具体的な患者さんの紹介例も確認されていると聞いており、コラボレーションにより成長が加速していることが実感できています。これらの取り組みを通じて、今後も患者さんやそのご家族に貢献していきたいと考えております。
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