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岩橋清勝・リオン社長に聞く 認知症予防に 補聴器が果たす役割と啓発の必要性

公開日

2024年08月28日

更新日

2024年08月28日

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2024年08月28日

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日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会は2024年7月から1年間、タレントの近藤真彦さんを起用してACジャパンによる難聴啓発の支援広告キャンペーンを展開している。加齢による難聴に対し、補聴器装用で介入することにより認知症のリスクを低減できたとする研究も公表された。補聴器は、これからの高齢化社会で健康寿命を延ばすためのキーデバイスの1つといえる。日本の補聴器と聴力検査機器のトップメーカー、リオン(東京都国分寺市)の岩橋清勝社長に、認知症予防に向けた啓発活動の重要性、“次世代の補聴器の理想形”などについて聞いた。

難聴と認知症の関係

国際的な認知症専門家からなるランセット国際委員会は2020年、「認知症の予防可能な12の要因の中で、難聴はもっとも大きな危険因子である」と報告しました。

健康寿命を延ばすためには聞こえの健康を保つことが重要であるとの認識は、少しずつ広がってきているのではないかと感じています。私たちも難聴と認知症に関する冊子を配布したり、ウェブサイトで情報を公開したり、市民公開講座で専門の先生に講演をお願いしたりといったような認識を広げるための活動もし、手応えを感じているところです。

行政の具体的な動きとしては、東京都の「港区モデル」があります。これは区が「補聴器の購入費を助成することで高齢者の生活支援や社会参加の促進を図る」というものです。現在、全国で200を超える自治体が、程度の差はありますが認知症予防を視野入れて同様の助成金制度を実施しています。

行政に携わる方々の認識が高まり、それを管轄住民に訴える活動をしてもらうことで、難聴と認知症の関連について一般の方にも徐々に理解が広がっているのではないかと思っています。

聞こえにくいと思ったらすべきこと

聞こえの問題は、全て加齢が原因というわけではありません。加齢以外の病気や、外的な要因で一時的に聞こえにくくなることもあります。個人では原因を判別するのは難しいので、聞こえにくいなと思ったらまずは耳鼻咽喉科を受診して検査を受けることが大切です。医学的な治療で治るのであれば治療を受ける、加齢が原因なら補聴器の使用も検討する――そうした聞こえを改善するための道筋を正しく示してもらうことが重要だと思っています。

1952年に商品化された初のオージオメータ(聴力検査機器)を紹介する岩橋社長

あるアンケートによると、難聴を自覚している人でも、医師の診察を受けるのは4割弱で、14%が医師から補聴器を推薦されています。また、補聴器販売店に相談した人も全体の15%です。このような数字も、補聴器所有率が15%と諸外国に比べて低いことの一因かもしれません。

多くの方は、聞こえにくくなっていることを自覚しながらも自分からは訴えないのではないかと思います。「気付いているけれど受容したくない」「まだ大丈夫だ」というお声を聞くことがあります。しかし、他人と話しているときに頻繁に聞き返すと相手に迷惑がかかる。だから聞こえているふりをしていると、あとで話が食い違ってしまう――そうしたことが重なり、人付き合いを避けて孤立してしまうことが、うつ病や認知症の1つの要因になるといわれています。

快適な補聴器の聞こえに必要なプロセス

もし聞こえにくくなったら、耳鼻咽喉科で検査を受け、補聴器が有効と診断されたら聴力検査の結果を基に専門店で調整(フィッティング)をしてもらうことが大切です。補聴器は眼鏡と違って、一度フィッティングをするだけで使えるというものではありません。

人間の脳は、聞こえにくい状態が長期間続くと、音の刺激の少ない状態に慣れていってしまいます。そこに、補聴器で正常な聞こえに近くなる音量を流し込むと脳が“びっくり”して疲労感を覚え、「うるさい」「煩わしい」と感じてしまいます。ですから、まずは目標とする聞こえの7割程度になる音量から始めて段階的に調整し、慣れるよう補聴器装用者の方にトレーニングしてもらう必要があります。補聴器を調整する人はそれに寄り添い、装用者との話し合いの中からヒントを得て、少しずつ調整を変えるなどのプロセスが大切です。逆に、そのプロセスを経ないと「補聴器は使い物にならない」という誤った認識を持たれかねません。

その調整に1~3カ月ほどかかることもあるのですが、それをやるからこそ快適な聞こえを手に入れることができるのです。

耳鼻咽喉科の専門家と一緒にそのような調整とトレーニングの必要性を訴えていくことは、我々メーカーや販売店の1つの使命だと考えています。

補聴器とは似て非なる「集音器」

外見は補聴器に似ている「集音器」という製品があり、補聴器と混同している方も少なくありません。両者の違いについても啓発が必要だと感じています。補聴器は聞こえを補う医療機器であり、認証を受けるために厳しい基準が設けられています。一方、集音器には審査や規制、基準がなく、品質や機能は千差万別です。 

数年前、国民生活センターに集音器についての問い合わせがあったと報道されました。聞こえの調子が悪くなり、広告などを見てある集音器を購入した方が「必要な音も騒音も同じように大きくなり、使えないので調べてほしい」という依頼が寄せられ、調べたところこの集音器には細かい調整機能がなかったそうです。補聴器は一般的に、一人ひとりの聞こえに合わせて専門家が細かく調整しますので、集音器も補聴器も同じだという誤った認識を持たれてしまうことを危惧しています。 

パナソニックとのアライアンス、狙いは

国内メーカーのパナソニックと、2024年4月に補聴器の共同開発アライアンスを締結しました。私たちリオンは日本初の量産型補聴器を発売して以来、長年にわたって培ってきたノウハウがあります。そこにパナソニックが持つワイヤレス通信などの技術を、補聴器の進化に合わせて組み合わせることで、お互いが持っている技術的強みを相互に生かす、という狙いからスタートしています。

グローバルの市場をみると、「世界5大メーカー」といわれる5社があり、それらと伍していくには“オールジャパン”で当たりたいという思いもあります。

国内の補聴器市場は、日本補聴器工業会のまとめで現在(2023年)年間約65万台です。我々は、今後20年ほど市場は徐々に伸び、高齢者人口の増加に加え、聞こえの大切さの周知が進むことや補聴器購入に対する自治体の購入費助成なども後押しになって、ピーク時には100万台程度になると見込んでいます。  

最新の補聴器は、環境に合わせてノイズを低減したり、スマートフォンを使って音量や音質のセルフ調整ができたり、テレビの音声が直接届いたり、充電式で電池交換が不要になったりと、非常に高機能になっています。

しかし、技術の進歩、製品の改良に終わりはありません。私がこれからの補聴器でさらに強化されるとよいと思う機能は2つあります。1つは、使用している環境を補聴器が察知してその場に合った特性に自動的に調整する機能です。たとえば駅の構内とコンサートホール、大自然の中では聞こえ方が変わります。通常は脳が無意識のうちに補正しているのですが、難聴になるとそうした脳の機能も衰えてしまっています。脳の代わりに補聴器が自動で補正することによって、より自然に音が聞こえるようになるとよいと思っています。

もう1つは「情報収集の端末」としての機能です。駅の案内や病院の呼び出しなど騒音に紛れがちな街の中の情報、家の中でインターフォンや家電とじかにつながって来客や調理終了の合図などが直接補聴器に届いたら便利でしょう。

パナソニックはそうしたインフラを組み立てるといったノウハウを持っていますので、この度の補聴器の共同開発を縁に、近い将来にパナソニックとリオンが協力し社会福祉のさらなる高度化を進めることができればいいなと思っています。 

プロフィル

岩橋 清勝(いわはし・きよかつ) リオン代表取締役社長兼イノベーション推進室長

1979年 リオン入社。環境機器事業部長、上海理音科技有限公司董事長兼務、技術開発センター長兼同センターR&D室長などを経て2022年、代表取締役社長就任。2023年より現職。
座右の銘は、売り手よし、買い手よし、世間よしの「三方よし経営」。「売り手であるメーカーや販売していただく補聴器専門店など、さらに買い手のユーザーの皆さま。 その人たちが幸せになれば、社会全体も幸せになると思っています」
 

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