がんになっても安心して働き、暮らすことができる社会、誰もががんを自分の問題ととらえて早期発見のために検診を受けることが当たり前の社会を目指すイベント「ネクストリボン2024~がんとの共生社会を目指して~」(主催:日本対がん協会、朝日新聞社▽支援:メディカルノート)が2月4日の世界対がんデーに合わせて開催された。新型コロナウイルス感染症の影響でオンライン開催が続いていたが、今回は3年ぶりのリアル開催。約360人が会場の浜離宮朝日ホール(東京都中央区築地)に詰めかけ、がんとの共生に対する関心の高さを伺わせた。医療関係者、歌手でタレントの堀ちえみさんなどのがんサバイバー、企業関係者ら多彩なゲストが登壇し、がんと共に生きる社会をどう作っていくかなどについて話し合った。2部構成4.5時間にわたるイベントをダイジェストでお届けする。
第1部の冒頭、大野真司さん(社会医療法人博愛会相良病院院長)が基調講演で、職場のスタッフががんになったときにどう接するべきか、支援のポイントなどについて解説した。
就業年齢が伸びているなか、69歳まで働くとすると5人に1人、59歳までならば10人に1人が退職までにがんになる。ある日、職場のスタッフから「がんと診断された。治療のため入院が必要」などと相談されることがあるかもしれない。必要なことは
――ことだ。組織として準備し、あらかじめ想定しておくことが大事だ。
仮にがんが再発したとしても、ほぼ全員が仕事を継続できる。再発した場合、治療の中心は薬物療法になることが多いが、仕事に支障が出るのはごく一時期。それ以外の時期は普段と変わらず、生活や社会における役割などを考えて働き続けられるとよいだろう。がんになった人が職場に報告する際、伝える相手として一番多いのは所属長(94%)だ。では部下から「がんになった」と言われたとき、上司はどのような姿勢で話を聞けばよいのか。
――のが、上手に聴くコツだ。
さらに、がんになった従業員支援の注意点として、
――といったことが挙げられる。
また、がんになった人が治療と仕事を両立するために求められる支援としては、
――などだ。
スタッフががんになってから考える、ではなく、早めに制度をつくり、がんのことをよく知っておき、コミュニケーションを取ることが大切だ。
病気になった人が元気になるために必要なことは「希望」だ。最後に瀬戸内寂聴さんの言葉を紹介する。
「希望はつらいこと、苦しいことに打ち勝つ力なのです」
続いて行われたパネルディスカッションでは、就労世代のがん患者が増えるなかで企業は患者とどう向き合い、支援すべきかについて実例を交えながら語り合った。発言要旨を紹介する。
*コーディネーター:上野創さん(朝日新聞社会部記者)
テルモの健康経営方針4項目のうち、2番目に「がんの早期発見、早期治療、職場復帰」がある。2017年1月、がんになった社員を応援しようと「がん就労支援制度」をスタート。それまでは在宅や時短勤務など多様な働き方を認める運用で就労をサポートしてきたが、正式な制度とすることで会社が就業と闘病の両立を応援するというメッセージを送ることができた。
法定の定期健康診断の100%受診は当然、有所見者に対する精密検査も100%受診を目指し、就業時間内に健康保険組合の負担で二次健診に行ってもらうなどして重症化予防に取り組んでいる。
患者は周囲に迷惑をかけることが心理的負担になってしまうが、就労支援を制度化したことで「負担に感じる必要はない」という会社の姿勢、さらには患者を仕事面でサポートする職場の同僚への感謝を示すことができた。
がんになりこの制度を利用した社員からは「治療に臨む期間と就業できる期間の繰り返しになるが、働くことがエネルギーになる。職場のメンバーと触れ合うことで気持ちが切り替えられ、励みにもなる。会社が応援してくれる姿勢も伝わり、制度がありがたかった」などの声があった。
「大切なのは、がんになった社員を中心に、会社と職場、上司と社員・家族の精神的距離感を縮めること。それにより本質的なコミュニケーションが取れるのではないか。会社は、がんになった社員への配慮は当然行うべきで、社員を支える人へのサポートまで考えて対応することが、がんになった社員への支援の本質だ」と、まとめた。
多文化共生社会を目指し海外人材の採用や活躍支援を業務としている。従業員は外国籍社員が5カ国64人、60歳代以上が12人で男女比は4対6、管理職の男女比は5対5と多様性に富んでいる。さまざまなライフステージにおける活躍を支援していこうと創業以来、産休、育休、介護休暇、病気療養休職からの復帰率はいずれも100%を継続している。休職しても再び迎え入れるのが当たり前という社内文化を徹底。そうした体制が整っているので、社員はがんになっても安心して治療に臨めたとの声を聞いた。
社員は就業6カ月を過ぎたら全員、社会保険制度に上乗せして医療保険、所得補償保険、業務災害保険に加入してもらう。これによって休職期間中も収入が減ることなく治療に専念できる。
経営者の立場から考えると、どのような理由であれ休職後も働く意欲を支援することは経済合理性が高い。少子高齢化が進み労働力が不足している時代に、新しく志ある人を採用しても業務に必要な知識を身につけてもらうためには2~3年かかる。一方で、どのような理由であれ3年を超えて休職するケースは経験したことがない。そうであれば、働く意欲を支援したほうが“得”ということになる。
「育休を取得した男性社員が『休むことで仕事への渇望が増した』と言い、復職後は非常に集中して仕事に取り組んでいる。ありとあらゆる人を支援することが、企業にとっても業績に直結するのではないか」と、がんになっても働く人を支援することの効用を述べた。
医療従事者は、患者がどのような仕事、働き方をしているか分からない。一方、患者が働く企業は、従業員がどのような病気・治療をし、どういった働きにくさを抱えているか分からない。ブリッジの役割はこの両者をつなぐこと。医療と労働をつなぐだけでなく、回復して日常生活を送れるようになったその先、社会の中で働くうえで必要になるかもしれない、弁護士やリハビリセンターなどのリソースと患者をつなぐことで支援している。
がん患者の就労支援が制度化されている企業も増えている。ところが、親会社にそうした制度があっても、支社レベルでは所長から「戻ってくると1人分のノルマが増えるので、体調が完全に戻るまで復職しないでほしい」との相談もあった。大事なのは制度を作ることではなく、どのように運用するかだ。属人的な非合理性に打ち消されないよう、全国津々浦々まで理解と運用を徹底してもらいたい。
がん患者の立場からは、▽復職して抗がん薬治療を続けながら働いていたところ、半年ほどたったころ上司から呼び出され「周りのフォローも限界なのでそろそろ普通に働いてほしい」と言われて、退職せざるを得なくなった▽人事担当者は職務内容を配慮すると言ったが現場に伝わらず、怠け者扱いされないよう頑張った結果リンパ浮腫を発症した――など、職場の理解が得られなかったという声が寄せられている。
がん患者の復職はゴールではなく、新しい体調を抱えて働き始める新たなスタート。だからこそ周囲との密なコミュニケーションが大切だ。両立支援は医療機関だけでできるものではない。企業と社会がニーズをしっかり受け止め、患者が社会に参画できることが重要だ。
「両立支援は社会的包摂の話だと思う。医療が高度化した新しい社会でがんと共に生きる人が増えるなか、どのような社会を望むのか、共に考え、形作っていく必要がある」と、目指すべき社会の在り方を示した。
ネクストリボン2024
主催:公益財団法人日本対がん協会、株式会社朝日新聞社
後援:厚生労働省、経済産業省
特別協賛:アフラック生命保険株式会社
協力:日本イーライリリー株式会社、大鵬薬品工業株式会社、株式会社ルネサンス
支援:株式会社メディカルノート
取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。