内服することで糖尿病合併症に効果があるとされる「フェノフィブラート(高脂血症治療薬)」をナノ粒子化*して点眼薬として用いることで、糖尿病網膜症の早期に起こる網膜の血流障害を改善することを、糖尿病マウスなどを使った研究から日本大学・近畿大学・明治薬科大学の研究グループが発見したと発表した。世界で初めての糖尿病網膜症に対する治療用点眼薬の開発につながる可能性があるという。
*ナノ粒子化:ナノ粒子とは1~100 nm程度の大きさを有する粒子。同一物質でも、ナノレベルまで小さくすると比表面積や表面エネルギーが増大するため物性が顕著に変化する。
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糖尿病の合併症の1つ「糖尿病網膜症」は、目の中にある網膜という部分で起こる細小血管症(細い血管が傷付いて生じる障害)である。糖尿病網膜症は後天的な失明原因の上位となっており、その克服が課題とされてきた。
PIXTAより加工
糖尿病網膜症の治療法はこれまで網膜光凝固術(レーザー)や手術など、体に負担のかかる外科治療のみだった。これらの治療は視力を脅かすほどに進行した網膜症に対して行われるが、一度低下した視機能を回復させるのは容易ではない。そのため視力が良好な早期の網膜症、あるいは網膜症の発症前からの治療が重要とされてきた。
「フェノフィブラート」は、高脂血症治療薬としてすでに広く用いられている。これまでも、内服することで糖尿病合併症に対して有益な効果を示すという報告が数多くあった。しかし、内服する場合は横紋筋融解症や肝障害など重い副作用のリスクを考える必要がある。同研究では、フェノフィブラートの全身への作用を最小限にしながら眼局所のみに作用を発揮させられるように「点眼薬」として糖尿病網膜症治療に用いることができるかを検討した。
従来の点眼薬では、眼球の後部にある網膜にまで薬剤を有効濃度で浸透させることは困難だった。近畿大学薬学部のグループが開発した方法により、薬剤をナノ粒子レベルまで細かくした点眼薬では角膜での透過性を増大させること、眼内で強膜やぶどう膜を通過して網膜にまで高濃度で到達させることが可能になったという。
今回の研究では、フェノフィブラートナノ粒子点眼を作製し、マウスとウサギを用いた動物実験で、実際に網膜まで有効濃度で到達することを確認したとしている。
同研究では、6週齢の2型糖尿病マウスを無治療対照群とフェノフィブラートナノ点眼をした治療群に分け、毎日朝夕の2回点眼を行い、8週齢から14週齢まで隔週で網膜血流測定を実施した。その結果、治療群では網膜血流障害(高血糖の状態が続くと血管に障害が生じて出血や血流不良などの血管異常が起こり、結果的に深刻な視覚障害をきたす)を8週齢から改善させ、この反応は14週齢まで持続していたという。
また、免疫組織学的に調べたところ、無治療対照群では糖尿病網膜症の病態に関わる細胞の数値が増大し、さらに糖尿病網膜症・糖尿病黄斑浮腫(ものを見る際に重要な黄斑部の毛細血管が障害されて血管から血液中の水分が漏れ出して黄斑部にたまり、むくんでいる状態)に関わる糖タンパクの発現も増強。一方、治療群では両者はいずれも抑制され、網膜組織内の水分調節に重要なタンパク質の発現が無治療対照群では低下していたが、フェノフィブラートナノ点眼により同タンパク質の発現低下が改善されたという。
これらの結果から、フェノフィブラートナノ点眼が網膜まで効率的に浸透し、長期投与によって網膜の機能障害が改善され、マウスの網膜血流反応障害を改善させた可能性があると研究チームは考えている。
フェノフィブラートナノ点眼は糖尿病網膜症のみならず「糖尿病黄斑浮腫」に対する治療への応用も期待される。現在、糖尿病黄斑浮腫に対しては「抗VEGF治療」という硝子体の中に薬剤を注射する治療法が第一選択だが、患者の負担が大きいという課題があった。
フェノフィブラートナノ点眼で体への負担が少ない治療が可能となれば、糖尿病網膜症や糖尿病黄斑浮腫の予防だけでなく、既存の治療法との併用でさらなる効果的治療にも役立つ可能性があるという。
今後、眼球構造や形態が人の目と類似するブタを用いて治療の再現性と安全性の検討を行う予定だ。同研究チームは「将来的には臨床研究で糖尿病網膜症・糖尿病黄斑浮腫の治療薬としての効果の検討を行い、全国で 1000 万人以上いるとされる糖尿病患者の視機能を守りたい」としている。
【参考】
・日本大学、近畿大学、明治薬科大学 プレスリリース 2022/03/04
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